※浮気される話なので注意、暗い
中指立てて踊ってないとやってられない夜がある。くたばれ、世界。この気持ちはお酒や煙草なんかじゃ誤魔化せない。
この男が言い訳にもなっていない言葉をぺらぺらと並べて、悪びれもせず別の女と寝てきただなんてわたしに報告するのは、何度目だ。酒の勢いで、というわけでもない。悟は酒が弱くて、そんな状態じゃ使い物にならない。つまり、正常な状態で、わたしという恋人がいるにも関わらず別の女と寝て、報告してくる。その度にわたしはじゃあその女と付き合えばいいじゃん、と諦めと侮蔑と後悔と悲しみを全部言葉にこめて投げつける。そしてその度にやっぱり名前じゃなきゃダメなんだよね、なんて、ふざけている。
「もう悟のこと殺したい」
「僕のこと殺すなんて、名前には無理だよ」
「術式解きなさい」
「今日の目は本気のやつだね」
「殺せないなら、別れる」
「別れる?名前も僕のことを好きで、僕も名前のこと好きなのに?」
そう、だからこんなにずるずると長い間この男のそばにいる。他の女と寝ようがなんだろうが、一番好きなのはわたしという言葉を聞くと、悟のことがなんだか可愛く思えてしまって、わたしは浮気を許すふりをしていた。ずっと、ずっと。
「別の女とキスしてきた口で、よくそんなこと言えるね」
「一番好きなのは名前だよ」
「わたしもう疲れちゃった、あんたとこんな不毛な話するの」
「名前のこと困らせたくて、ごめんね」
「それ、謝ってるつもり?」
相変わらずへらへらとした悟を見ていると、わたしは疲れて、なにも考えたくなくなってしまう。わたしの心はもう、何度も死んでいる。わたしが一番大切だと言うなら、なんで浮気なんかするの。なんで、なんでよ!困らせたいからなんて、理由になるか。なるわけがない。
こんな最低な気持ち、風邪薬をアルコールで飲んでバッドになった以来だ。最低と最悪と最低をぐるぐる繰り返す。
「わたしの副流煙で殺してやる」
「それ、名前の方が先に死なない?」
「言ったでしょ、あんたを殺してやるって、わたしが先に死ぬなんてヘマ、しないから」
泣くつもりなんてさらさらなかったのに、わたしの瞳は涙を落としていく。あんたなんか、あんたなんか大嫌いだわ。こうやって泣いてあげるのも今だけだから。どんなに叫ぼうとしても、言葉にならない。なんでわたしだけこんなに傷ついて、悲しんで、なんであんたはそんなに楽しそうなの。信じられない。
悟がいない場所に行きたい。悟がいない世界で一からやり直したい。なんでこんな男のことを好きになってしまったんだ。わたし、本当に男を見る目ない。
「まいったなあ、僕、名前の泣き顔に弱いんだよね」
ふわりとわたしの鼻をわたしの知らない香りが掠める。最低、最低だ。こんなセンスない香水をつけた女とあんたは寝たの?わたしにするみたいに優しく触れたの?
もっと最低なのは、この男をまだ好きだと思ってしまうわたしだ。何度も何度もこの選択を間違えてきたのに、また間違えてしまう。
泣き止むまで、悟はわたしを抱きしめていた。必死に抵抗したのに、離してもらえず、わたしは疲れて悟に身を預けて泣いていた。涙でぼやけた視界がサングラス越しの彼の瞳を捉える。空や海に喩えられる瞳がゆらゆらと揺れていて、それはまるで滅びの兆しのようだった。
「ねえ名前、僕が死んだら日本終わるんだけど」
「いいわ、わたしブータンにでも行くから、世界一幸せな国」
「薄情な女だねえ」
「あんただけには言われたくない」
「ひとりで僕を殺して逃げるなんて、許すわけないでしょ。僕が死ぬときは名前を一緒に連れてくよ」
「地獄に?」
「地獄でランデヴーなんて、楽しそうでいいね」
「なんでもいいわ、あんたとふたりきりなら」
地獄でも、天国でも、ここじゃないどこかで、朝昼晩ぜんぶふたりきりでいれたらいい。今度は絶対悟から目を離さない。くたばれ、世界。ねえ、はやくわたしを地獄に連れてって。
20200131 20200208 加筆
キルミーダンスフロア
ssに載せていましたが、加筆して短編に移動させました。続きと言えるかわかりませんが、続きを見たいと言ってくださった方、ありがとうございました!