鮮やかな夕餉

 実家で暮らしてた時の癖で、いつもご飯を多く作りすぎちゃうんだよね。わたしは会話の流れでそう言った。虎杖くんはじゃあ俺が食べようか?と聞くので、わたしはふたつ返事で食べて、と答える。
 一人暮らしは難しい。掃除も洗濯もご飯もぜんぶ自分でやらなきゃいけない。そして、ひとり分のご飯をつくるのは思ったよりも難しかった。実家で暮らしていた時は、最低でも三人分の料理を作っていたので、それが身体に染み付いている。食べきれないと捨てることになってしまう!ごはんは大切にしなさい、そう教えられてきたので心が痛む。昨日はカレーを作りすぎてしまってこの先一体何日カレーをアレンジしたレシピになるか考えていたところだ。まさに、渡りに船。ありがとう虎杖くん。

「本当にいいの?」
「カレー好きだし」
「今日の夜は時間ある?」
「ある、あるよ!」
「じゃあ今日の任務が終わったらわたしの家にお招きしようかなあ」

 虎杖くんは最近よく一緒に任務に行く高専生。わたしよりも四歳歳下。彼の噂は周りから大変よく聞く。宿儺の器、五条さんのお気に入り、東堂くんと仲が良い、そして、超良い子!
 一緒に任務に行くようになってわかる、虎杖くんはめちゃくちゃに優しい。なるほど、皆がいいこですよ、と口を揃えて言うわけがわかる。補助監督のわたしにも気を遣ってくれる、ありがとうとごめんなさいをきちんと言う、人を傷つけることを絶対に言わない、いつも笑顔。ただ、東堂くんと仲が良いんでしょ?と聞いた時は微妙な顔をしていた。

「これ誘拐にならないかな」
「ならないでしょ」

 もし警察に捕まったらちゃんと証言してね。わたしは一応念を押しておく。
 その日虎杖くんに任されたミッションはあっけなく終わった。お腹すいた、とは言わなかったがちょうど良いタイミングで虎杖くんのお腹がぐぅ、となったので笑ってしまった。一回高専に帰って車だけ置いてくるから、門のところでまってて。わたしはそう言い残して一度解散した。
 高専に置いてある自分の車に乗り込み、虎杖くんを助手席に乗せて自分の家に帰る。だいたい高専から十五分くらいのところにあるわたしの家は、狭いながらも趣があって気に入っている。コンクリートの打ちっ放しに対面キッチン。お花やCD、たくさんの好きがわたしの部屋に散らばっている。対面キッチン越しのカウンターは、今まで使う機会はあまりなかったけど。

「カレー温めるから、そこ座っててね」
「…ウス」

 虎杖くんはわたしの家についてから借りてきた猫のようにおとなしい。そういえばテレビよく見るって言ってたな。わたしはテレビをつけ、リモコンを渡す。好きなの見ててね。
 さすがにカレーだけじゃ味気ないので、トマトとレタスで簡単にサラダを作った。

「おまたせ」
「うわ、うまそ」

 さっきまでの無言が嘘のように目を輝かせる。ふたりで手を合わせていただきます、の合掌をして食べ始めた。
 まるで彼の身体に吸い込まれていくようにカレーが消えていく。テレビにも目をやらずにわたしが作ったカレーを食べてくれた。
 おかわりいる?と聞くと無言で頷く。男子高校生の食欲よ、ありがとう。作りすぎたと思ったカレーはその日のうちに綺麗さっぱりなくなった。

「ごちそうさまでした」
「いっぱい食べてくれてありがとう」
「めちゃくちゃ美味しかった!」
「嬉しいなあ、また作りすぎたら食べに来てくれる?」
「え、いいの?」
「来てほしい!」

 それから虎杖くんは週に一回くらいわたしの家に来てご飯を食べてくれるようになった。連絡先も交換して、なんだかんだ仲が良い。可愛げのない自分の弟たちとくらべて、虎杖くんのなんと可愛いことか。
 任務で一緒になれば名前さん、と嬉しそうに笑いかけてくれるし、ご飯を食べるときは美味しいおいしいと言ってぺろりと食べてくれる。作り甲斐があるというものだ。
 わたしが作った料理を、家族以外の誰かが食べてくれる日がくるなんて。家族以外の誰かのためにご飯を作る日がくるなんて。今日は何を作ろうかなあ。最近の専らの楽しみは、虎杖くんに食べてもらうご飯を考えることになっていた。今頃虎杖くん何してるかなあ。

 今日の夜ご飯はオムライス、昨日作りすぎてしまったミネストローネ、デザートにはバニラアイスにリンゴのコンポート。
 オムライスもミネストローネもデザートもぺろりと食べ終えた虎杖くんと一緒に洗い場に立って、わたしが洗った食器やらを彼が拭いてくれている。自ら率先して、なんか手伝う、そう言って簡単な家事を手伝ってくれている。実家の弟なんか、ご飯食べた後には一目散にスマートフォン、友達と通話しながらゲーム、そんな感じなのにね。

「弟が虎杖くんみたいに良い子だったらよかったのになあ」

 皿を拭いてくれていた虎杖くんの手が止まる。あれ、わたし何か失礼なこと言ったかな。褒めたつもりなんだけどな。

「あのさ、俺、名前さんのことが好きなんだけど」
「…え?」
「だから、そういうこと言われると、無理。あと、そんな言うほどいい子じゃないよ」

 好き?悠仁くんが、わたしのことを?驚きのあまり声もだせない。思考が止まって、意味のある言葉を紡ぐことが困難になる。

「…ご飯食べにきてるだけだって思ってた?俺、弟にしかなれない?」

 わたしは反射的に首を横に振る。弟みたいな存在なんかじゃないよ。君はもっと、もっと特別だよ。戦ってる虎杖くん、ご飯を食べる虎杖くん、わたしに笑いかける虎杖くん、君はいつだって、わたしの特別だった。最近のわたしの日常の話を聞いたら、きっと驚くよ。びっくりするくらい君のことを考えて毎日生きてるんだよ。

「あーもう!嫌ならやめるから、本気で抵抗して」

 言い終わると同時に、わたしは彼の身体にすっぽりと収まった。ちょうどわたしの耳は彼の心臓のところにある。どくどくという彼の鼓動、耳から入ってきてわたしの心臓まで旅をして、そして共鳴しだす。胸が高鳴る、それはこんなにも甘やかで嫋やかで、鮮やかなことなのね。

「なんで、抵抗しないの…」
「好き、だから」
「…まじ?」
「あは、未成年に手出すなんて、条例違反かも」
「大丈夫、すぐ結婚できる歳になるから」
「…待ってる」

  虎杖くん、目を閉じて。
 わたしは背伸びをして、彼の唇にキスをする。わたしたち、いい子じゃなくてずっとずっとわるい子でいようね。

  恋なんて甘ったるい言葉は、思春期の少年少女のためにある言葉だと思っていた。好き、好きだよ。わたしはいつから君に恋をしていたんだろう。わたしの心の中で、誰にも、自分自身にすら見つからず大切に育てた感情が綻んでこぼれだす。あれだけ気にしていた年齢差も、キスの前では全てが愛に帰着するようで、理性なんて無力だ。虎杖くんの唇からは、さっき食べたリンゴのコンポートの甘ったるい味がした。


20200217
鮮やかな夕餉