彼氏に振られた。
十年以上付き合いのある幼馴染みだったけど付き合ったのは二年生になってから。付き合ったたった三ヶ月でその十年間がまるごとぶち壊された気分だ。こんなんなら付き合わなければよかったのにね。そしたらずっと仲の良い幼馴染みでいられたのにね。
恋を失ったことよりも大切な友達を失ったことの方が辛かった。別々の高校に通って、わたしは寮生活で、たまの週末にデートをしても任務が入ったらすぐに帰る。なかなかどうして、人生ってうまくいかない!
新しくできた彼女は年下で同じ部活のマネージャー、らしい。メッセージアプリで別れたい旨を告げられて、電話したら他に好きな人ができたと言って悲しむような、解放されるような声でわたしにごめん、と謝った。あーもう、被害者みたいな声出さないでよ。
こういうのって、どっちかがダメだって思ったらもうダメなんだよね。経験はなかったけど、わかるよ。それで、泣きついたりしたら自分が惨めになるだけだから、わたしはなるべく明るい声で新しい彼女とお幸せに、そう告げた。
真希ちゃん、真希ちゃん。
こんな最悪なわたしの話を聞いて。お願い。黙ってるだけでいいからわたしの話聞いて。
「名前、どうした」
「彼氏と別れた」
「…早すぎないか」
「新しく彼女ができたらしい」
わたしとの十年間を天秤にかけても、それでも傾くような年下の女と、と付け加えるのはやめておいた。泣いてしまう。
真希ちゃんは予想に反してその長い睫毛を伏せて、神妙な面持ちで聞いてくれている。
「そうか」
「こんなんなら、付き合わなければよかった」
「…そうか」
「わたし、何がだめだったのかなあ」
「おまえの悪いところはたくさんあるけど、ダメなところなんてひとつもねえよ」
「待って、悪いところたくさんあるの!?」
「あるある」
例えば、家に着いたらすぐ服を部屋に脱ぎっぱなしにするせいでたまに制服がヨレヨレなところとか、たまに化粧したまま寝るところとか、ファミレスで欲張っていろいろ食べ過ぎてお腹壊すところとか、名前の悪いところはいろいろあるけど、でも、全部ダメなところじゃない。
真希ちゃんはさっきまでの神妙な面持ちとは真逆の笑顔で、普段のわたしを思い出しながらそう言って笑った。
「真希ちゃん、わたしのことめちゃくちゃ見てるじゃん…」
「当たり前だろ、友達なんだから」
「…すき、大好き、世界で一番の友達、やだ、泣きそう」
「泣くなよ、めんどくさいから」
真希ちゃん、ほんとに、真希ちゃんだけだよ。わたしの悪いところ全部ダメじゃないよって肯定してくれるのは、真希ちゃんだけだよ。恋って本当一瞬ね、でも世界で一番の友達はきっと一生だね。真希ちゃんは今にも泣き出しそうなわたしの頭をぽんぽんと撫でる。その瞬間、高専に入ってから初めてぽろぽろと泣いてしまった。
高専にきて、辛いことと楽しいことならきっと辛いことの方が数が多かったと思う。でもわたしは泣かなかった。泣いても何も変わらないと思ってたから。まさか、真希ちゃんの言葉に泣くことになるなんて。人って、嬉しい時の方が泣きやすいんじゃないかなあ。涙で滲んだ真希ちゃんは、めんどくせえな、という言葉とは裏腹に優しい笑顔をしていたように思う。
「真希ちゃんと結婚したい」
「それは、無理だけど、名前のヒーローくらいにはなれるかもな」
「…最高、一生だいすき」
この瞬間だけは、わたしの世界で、一番の友達で、かっこいい王子様で、なんならもはやお婿さんで、最高のヒーローだよ。
「もしも真希ちゃんが恋に傷ついたり疲れたり、そうじゃなくても悲しいことがあったときには、わたしが真希ちゃんのヒーローになるからね」
「まあその甘えきった体じゃ無理だ、まずは腹筋六つに割りな」
お腹が六つに割れてるかっこいい女の子なんて、真希ちゃんだけだと思うけど。こんなこと言ったら、また怒られちゃうかな。今日の訓練はめいっぱい気合いを入れる、次の日もその次の日も、真希ちゃんのヒーローになれるくらいに強くなる。
友達と恋人をいっぺんに失って、でも泣けなかった。ようやく溢れ出た涙が嬉しい涙だなんて、あの時のわたしは想像できたかな。
幸せや悲しみが咲いても枯れても、歓声や悲鳴が満ちても欠けても、どんなに恋に傷ついても、いつかわたしたちに子供がうまれても、一生で一番の友達で、たまにはお互いのヒーローで、わたしたちずっとそんな感じでいれたらいいね。わたしの涙はいつしか止まって、真希ちゃんの顔をちゃんと見る。真希ちゃんは口の端を上げて、訓練するぞ、とわたしの手を引いて歩き出した。
20200219
花を編む