今年の夏は近年稀に見る暑い夏だ。外にいるのに温室の中にいると思わせる、自分の周りだけに太陽の光を一身に集めているのではないかと錯覚するような、そんな暑さだ。外に出るのも億劫だというのに、せっかくの夏休みなんだからデートに行こうと名前は言い出した。暑いから嫌だという隙もなく、黙っている間にどんどん話を進めれて、結局渋谷のハチ公前で待ち合わせることになっていた。よりにもよってハチ公前だなんて、東京の人間ならまず選ばないような待ち合わせ場所を指定される。
「高専から一緒に行けばいいだろ」
「デートなんだから、どこかで待ち合わせないと」
「…そういうもんか」
「そういうもんでしょ、知らないけど」
彼女が見るドラマや漫画の中では、そうなんだろうか。めちゃくちゃおしゃれしていくから、わたしのこと見つけられないかもしれないよ、そう言ってピンク色の艶やかに光る唇は笑った。俺がお前を見失うわけないだろ、と呟いた言葉は聞こえていたようで、恵はそういうことなんとも思わず言えちゃうところが本当にずるい、と言われた。ずるい、というのは少し心外だが、デートの話をする彼女が楽しそうにしていたのですぐ忘れてしまった。
「みんながやりつくしたような、手垢にまみれた、そんなべたべたの王道なデートがしたいんだけど」
「わかんねえ…」
「恵が、ちょっと幸せかもって思える感じのデートがしたい」
クーラーはかけている、それでもまだ暑いと感じてしまう。夏は苦手だ。呪いの数は一時的に減るものの、それでもこの暑い中外に出て呪いを祓わなければならないのは、億劫だ。
去年の今ごろは彼女とふたりで夏の日にどこかにいくなんて想像できなかった。スマートフォンで"渋谷 デートスポット"と検索しながらああでもないこうでもないと悩んでいる名前の身体は季節など関係ないかのように白く透きとおっている。去年までとは違う夏が始まる。
だから、高専から一緒に行こうと言ったのに。白いワンピースを着ている名前が知らない男二人に絡まれている。今時、こんなベタなナンパがあるのか、そう感心している間もなく身体が動いていた。
「コイツになんか用ですか?」
「め、めぐみ」
「俺の、彼女なんですけど」
なんだよ、と言い捨てて男達は明後日の方向へ歩いて行く。名前は俺の服の端を握りしめて、怖かった、とこぼした。名前だって、呪術師だ。あんな男二人くらい本来であればなんてことないだろう。それでも彼女は目を伏せて、少しだけ震えている。その手掴んで、人混みの方へ向かう。
「名前、行くぞ」
「わっ」
「どうした」
「…初めて手を繋いだなって、思って」
振り返ると、光にまみれた白い夏のドレス、肌に汗がはねる彼女の姿があった。髪の毛もいつもよりもふわふわとしている気がする。手を繋いでいないとこの世界から剥落してしまいそうだ。髪も服も、似合っている、珍しく彼女の容姿を褒める。髪の毛、野薔薇にしてもらったの、と名前は微笑んだ。
恵、顔真っ赤だよ、と彼女が笑うので、全部夏のうだるような日差しのせいだと答えた。見つけてもらえなかったらどうしようと思った、と街の喧騒の中で彼女の声だけが鮮明に聞こえる。今度ははっきり伝わるように、少しだけ大きな声で、俺がお前を見失うことなんて、ありえない。そう告げた。もう一度名前の手を強くにぎってスクランブル交差点の雑踏の中をふたりで歩いていく。アスファルトが熱を反射して、暑い。王道なデートかはわからないが、手始めにいつか彼女が行きたいと行っていた古い喫茶店でアイスコーヒーでも飲むことにしよう。それで、名前がしたいことをひとつ残さず聞こう。心が焼けるようなまばゆい夏は、ここから始まる。
20200226
幸福な温室
デートしてるか微妙なところですが、、、!!
リクエストいただきありがとうございました!