六畳一間、和室の部屋には押し入れと布団一組とテレビ、DVDプレイヤーと小さな机。あとは扇風機。カーテンレールにかけた洗濯物が部屋の湿度をいい感じに保ってくれている。キッチンは玄関のすぐ近くにあってかろうじてお風呂とトイレは別々。その部屋でわたしと甚爾さんは一週間近く何もせず過ごしていた。かたかたと小さな音をたてて扇風機は懸命に回っているが、それを甚爾さんが独り占めしているので、わたしはとても暑い。
布団の上に体育座りをして、ホラー映画を眺めている。甚爾さんが暑いしホラー映画でも見ようと言ったから借りてきたというのに、今じゃ扇風機に夢中だ。それで、たまに思い出したように映画に口を出す。
この女と男、死ぬな。彼がそう言った三分後にその男女のカップルは非日常の中でセックスをしようとして殺された。
「なんでわかるんですか」
「ホラー映画のお約束だろ、こんなのは」
レンタルしてきたホラー映画はあと十本近くある。全部ホラー映画のお約束に則っていたらどうしよう。興ざめじゃないか。
朝日が昇ると薄いカーテンから光が差し込むので目が覚める。狭い布団にふたりで寝ているのでだいたいわたしは起きる頃には畳の上に転がっている。それで、剥き出しの柔らかい腕に畳の跡がついている。甚爾さんはわたしの生活リズムも地球の自転も関係ないように起きて、わたしを抱いて、コンビニに行こうと言う。好きなものを買っていいけど煙草だけはだめ。おかげで禁煙ができた。家に帰って、コンビニの冷たいお弁当を冷たいまま食べる。ご飯を食べたら、また身体を重ねる。暇なのだ。それくらいしかすることがない。この一週間近く、孔さんから仕事の連絡がないし、まとまったお金は甚爾さんが最低限のお金だけ残して全部すってしまった。賭け事、あなたは向いてないんですよ。
六畳のこの部屋でふたり、起きて、寝て、食べて、映画を見る。洗濯物はすぐに乾く。なんて言ったって、暑い。毎日少しずつこの部屋で死んでいくようだ。
「甚爾さん、アイス買いにいきましょう」
「めんどくせえ」
「わたしが買ってきたやつなんて、どうせ文句つけるじゃないですか」
甚爾さんは無言で一万円をわたしに渡した。まだ一万円あるなら、あと一週間は仕事なくても大丈夫だな。ハンガーから昨日干したTシャツワンピースを取り外してざっと被る。
相変わらず上半身に何も身につけずに扇風機を独り占めしているのに腹が立って、腰あたりをかるく足の甲で蹴った。顔色ひとつ変えずに早く行ってこい、とだけ吐き捨てられる。
「わたしがこのお金持って逃げたらどうするんです」
「お前が俺から逃げるわけねえからな」
一万円でいったい、どこに逃げるというのだろう。逃げる方法と理由を探すけれど、あまり意味はなかった。歩いて三分のコンビニに行って、クッキーアンドクリームと抹茶のアイスだけを買った。どちらを甚爾さんが選んでもいいようにふたとつとも好きなアイスを買う。太陽の光を避けながら、甚爾さんの待つ部屋に帰る。日焼け止め塗るのを忘れてしまったし日傘も忘れちゃったな。だらだらと階段を登ったら汗をかいてしまった。
「仕事が入った、明後日から」
クッキーアンドクリームと抹茶だったらどちらがいいですか、と聞く前にそう聞かされた。孔さんから連絡があったらしい。次は馬とか船とか銀の玉とかそういうのにお金とかしちゃ駄目ですよ。わたしは嫌味っぽくそう言う。うるせえと言われたので抹茶のアイスを投げつけた。
「次の仕事から、わたしたち生きて帰ってこれますかね」
「俺は死なねえよ」
「でしょうね」
「お前は、わかんねえけどな」
「死にませんよ。そんな簡単には」
甚爾さんが死ぬことは、怖い。甚爾さんが死んだら、わたしはこの部屋でひとりで生きていかなければならない。明後日までに残り十本近くある映画を見切ることはできないだろう。ぜんぜん趣味じゃない映画と壊れかけの扇風機、あなたのにおいが溶け出したこの部屋で、生きていくのは怖い。考えるだけでぞっとする。いつからこんなふうに考えるようになってしまったんだろう。
小さな十六型のテレビには、死体を見慣れているわたし達からしても作り物か本物かわからない臓器がでかでかと映し出されている。この映画も、わたしが買い物に行ってる間に終盤に差し掛かっている。甚爾さんはお礼のひとつも言わずに扇風機の前でアイスを食べ始めた。
「ホラー映画のお約束、教えてくださいよ」
「まずドラックやってるやつがひどい死に方をする」
「…納得です」
「セックスしようとした男と女がいっぺんに殺される、あと」
「あと?」
「真面目な処女だけは生き残る」
画面の中では利発さと可愛らしさを兼ね備えた女の子が叫びながら森の中を逃げ回っている。
それじゃあ、わたしたち、ホラー映画の登場人物なら死んじゃいますね。布団の上に体育座りをし、アイスを食べながらなんとなしにそう言った。死ぬなら一緒がいいから、非常識に抱き合って死にますか。
「死ぬならお前だけで殺されとけ、俺は死なねえ」
「そうですね、わたしもそれがいいです」
「このアイス、美味いな」
「ハーゲンダッツですからね」
「あっそう」
「わたしは甚爾さんよりも先に死にたいです」
本当はわたし、抹茶のアイスの方が好きだった。出かける時には日焼け止めを塗っていた。クーラーのある部屋に住んでいた。ベッドの上で毎日すやすやと眠っていた。無職の男なんて好きじゃなかった。ひとりで買い物に行かせるような男のことなんて好きじゃなかった。ぞっとするくらい、わたしはあなたのせいで変わってしまった。甚爾さんが死ぬのは怖いです。画面の中で逃げ回る少女の叫び声とわたしの声が重なる。溶けてしまう前にアイスを一息で食べてしまったせいだろうか。耳が痛い。
20200322
耳が痛い