「あんたたち、付き合ってるの?」
「え?」
「虎杖と」
「…付き合ってないよ」
「あ、そうなの」
野薔薇はそれだけ言うと、別の話題、任務のこととか、新しく出た限定の化粧品の話をし始めた。今日はふたりで任務がお休みだったので久しぶりに家でだらだらしようと言って、ラブロマンスをiPadで流しながら着色料満載のソーダを片手に話している。わたしはイチゴの色、野薔薇はオレンジ。ソーダが口の中でじわじわと泡が弾ける。画面の中の男女はくっついたり別れたり第三者が余計なことを言ったり紆余曲折ありながらも、最後には幸せそうに笑っていた。
付き合ってるの?という野薔薇の言葉を反芻する。わたしは付き合うが何かよくわからない。中学の時付き合っていた同級生とはたまに一緒に帰るだけで手も繋がなかった。あれは、付き合っていたと言えるのだろうか。
「野薔薇は彼氏いないの?」
「わたし周りに恵まれないのよね」
「野薔薇の理想が高すぎるんだよ」
あんたも大概でしょ、と笑われてしまった。そうかもなあ。やっぱり、かっこいい人が好き。見惚れちゃうくらいの。
理想の話でいいならいくらでもしてきたんだけど。たとえばあの芸能人みたいにかっこいい人がいいよね、お金持ってる人がいいよね、優しい人がいいよね。もうちょっとリアルな恋愛の話をするのは、初めてかもしれない。
虎杖くんとは確かに仲がいいけど、それは野薔薇だって同じじゃないの。そう言うと野薔薇は、全然違う、と言っていた。
「あんたたち、距離感おかしいわよ」
「おかしい!?」
「…気づいてないわけ?」
野薔薇は呆れた顔をするが、距離感がおかしいだなんて思ったことはない。お互いパーソナルスペースが狭いだけなんじゃないかな。たぶん。
そのあと結末を知っているホラー映画をふたりで笑いながら見て、夕方過ぎに自分の部屋に戻った。四人だけの同級生の中で、どちらかと付き合うことなんて考えたことがない。気まずいでしょ、いろいろ。
ベッドに寝転がってインスタグラムを眺めていると中学の同級生が親しい友人向けのストーリーで彼氏ができた報告を載せているのが目に入った。おめでとうとハートマークをつけてコメントを送る。高校生になって、中学のときに仲良かった友達にはみんな彼氏ができた。自分以外のお付き合いってすごく楽しそうに見えるのに、自分のことはうまく想像出来ない。今スマートフォンを持っているこの手にも、誰かと指を絡める日が来るのだろうか。それを特別だと思う日が来るのだろうか。
だらだらSNSを見るのにも飽きて、近くのコンビニにアイスでも買いに行こうと重たい身体を持ち上げる。歩いて十五分ほどのコンビニに着くと虎杖くんがいた。某少年誌を立ち読みしている。さっき虎杖くんの話をしていたところなので、ちょっとだけ気まずい。
「あ、名前じゃん、どしたの」
「アイス食べたくなって」
あー、わかるわ。俺もなんか買おうかな。
読みかけの漫画雑誌を置いて、わたしの方に歩み寄る。野薔薇に言われたことを思い出して、なんだか恥ずかしくなってきた。距離感が近い?確かに、近いのかも。あと数センチ手を動かしたら触れるくらいの距離に虎杖くんがいる。アイスを選ぶ横顔をこっそり盗み見る。カラフルなパッケージが並ぶワゴンを楽しそうに見ていた。淡い色をした瞳が、ぶどうの色、チョコレートの色、ミルクの色、メロンの色を反射して、おいしい季節を着飾っているようだ。
わたしも虎杖くんも期間限定のガリガリくんを手に熱を含んだ空気の中を歩いていく。わたしはイチゴ、虎杖くんは食べるのを躊躇うようなへんな味のやつ。
「虎杖くん、アイス食べよ、溶けちゃう」
「おー」
「それ本当に食べるの?」
「食べるよ、うまそうじゃん」
「やっぱ宿儺の指食べた男は言うことが違うわ…」
「もしかしてディスられてる!?」
高専までの道のりをのんびり歩いていく。歩道は狭いので自然とふたりの距離も近くなる。あ、でも、伏黒くんとだったら前後に分かれて歩いていたかもしれない。
虎杖くんは結局食べ出したらまずい、と言っていた。そりゃあそうでしょ。ナポリタン味のアイスって、ねえ。
「名前のやつひとくちちょうだい」
「仕方ないな」
手に持っていたアイスを虎杖くんは遠慮なしにがぶっと食べた。やっぱ普通のにすればよかった、と後悔している。そんなにまずいなら、ちょっと気になってきた。
「わたしにもひとくち」
「まずいよ」
「虎杖くんがそういうなら覚悟しないと」
なんか、ピーマンの味がする。アイスなのに、冷凍食品を凍ったままぐちゃぐちゃにしたような味だ。
「うっわ…」
「名前、すごい顔してんな」
「ふつうのにして良かった」
わたしの顔を見て笑う虎杖くんを見て、気づいてしまった。これ、あーんってやつじゃない!?野薔薇と見た映画でもやってた!もしかして間接キスしちゃった!?今日だけじゃない、今まで何回か間接キスしてたかもしれない。付き合ってない、付き合ってないけど、野薔薇にそう聞かれてから変に意識してしまう。顔が赤くなるのがわかった。この顔を見られないように下を向いて無言で早歩きをする。
「名前」
「わ、」
「あぶね、大丈夫?」
狭い歩道で前からくる自転車に気付けなかった。虎杖くんがわたしの身体を引っ張って、わたしは虎杖くんの身体にすっぽり収まった。ちゃんと前見ないと危ないでしょ、と怒られた。なにか話そうと思うのに、うまく話すことができない。ありがとうとか、ごめんなさいとか。それで、心臓が制御できなくなってしまった。
「どっか痛い?」
「…友達に、こんなどきどきしてるのおかしいよね」
「え?」
「今日、野薔薇に、虎杖くんと付き合ってるのか聞かれて、それからなんか、わたしおかしいかも」
「…じゃあ本当に付き合ってみる?」
「からかわないでよ」
「からかってるように見える?」
わかっている。虎杖くんが冗談とか、ふざけてそんなことを言うような人じゃないってことくらい。季節をいくつか一緒に越えてきたんだから、わかってる。
虎杖くんがわたしのこと好きってこと?本当に?わたしの自惚れじゃないのなら、そう聞こえた。嬉しくて、胸が苦しい。
「付き合ったら、わたしたち、何か変わるのかな」
「今よりも、ずっと特別になる」
「…わたしを虎杖くんの特別にしてもらえますか」
無言で頷く好きな人の手に初めて自分から指を絡める。暮れ行くオレンジと淡い紫色の空と虎杖くんに見惚れて、体の中心が痺れるみたいだ。好きだよ、という言葉がわたしの身体からはじけた。
虎杖くん、今だけは寮までの道のりを忘れてくれないかな。少しだけ遠回りして一緒にそこらへんを歩きませんか。今日という日の特別な気持ちをもう少しだけ噛み締めさせて。
20200327
遠回り