※R15くらい
いい大人ふたりが何をしているんだろうと思う。この部屋には窓がないから時間の感覚が狂いそうになるけれど、まだ日は高い。適当に安いチェーン店でお昼ご飯を食べて、いかにもラブホテルらしい趣味の悪いゴテゴテとした装飾と暖色の照明、ふたりで寝転ぶには大きすぎるベッド。その上に放り投げられた。情緒もなにもあったもんじゃない。
「お風呂はいりたいんですけど」
「後にしとけ」
普段のわたしが決して入らないような安い店で安っぽいランチをまずいと言いながら食べて、昼間からこの男の性欲処理に付き合わされている。どうせここのお金もわたしが払うのだ。甚爾さんがお金を持っている可能性を考えたけれど諦めた。未来は無数にあるとはいえど、この男が楽して金を稼げる世界はたぶん無いんだろうと思う。まともに仕事すればいいのに。孔さんという有能な仲介人がいてもこれだ。
空気が滞っていて、ひどく不健康で不健全。赤い光で照らされるこの部屋は甚爾さんによく似合う。お風呂に入らない理由を聞いたら、時間が勿体無いからだと言っていた。聞かなければよかった。
「最悪…」
「最高の間違いだろ?」
いや、最悪だ。足をぐっと広げられたせいで太腿の付け根が痛い。その上に体重をかけられて、身体が軋んでいる。抵抗する余地もない。身体がかたいのなんとかしろよな、と言われたが、なんとかしようと思ってできるものではない。最悪だ。悲鳴を上げそうなくらいにあちこちが痛いのに、脳みそはこの男の一挙手一投足を待ち望んでいる。ざりざりと音を立てる快楽をわたしは甘んじて受け入れていく。これを最悪と言わずしてなんというんだろう。
下着すら身に付けず疲れてベッドの上に横になっていると風呂場から女の嬌声が聞こえてきた。最近のラブホテルはお風呂にもテレビがついているのか。しばらくぼーっとしたいと思っていたのに、それすらも叶わなかった。お風呂、溜まってるなら入りたい。
「お風呂溜めてないんですか」
「溜めればいい」
「…それもそうですね」
浴室にはシャワーを浴びている甚爾さんの姿があった。このままお湯を溜めて、AVを見ながら湯船につかるなんてやっぱり最悪だ。ラブホテルのお風呂は家のお風呂よりも広いから好き。ジェットバブルが出てくるところもいい。お湯をいれようと思ってかがむと、丸くした背中を指が這った。
まだ時間があるからこのままここでする、耳元で囁かれると同時に首筋に歯が立てられた。たぶんこの男は、わたしではなくどこぞの女の嬌声を聞いて興奮したんだろうな。決定権は初めからわたしにはない。画面の中の女の顔が大きく映る。わたしも抱かれてる時はこんな顔をしているんだろうか。馬鹿みたいだ。
「甚爾さんは、わたしのこと愛してるとか言わないんですね」
「言ってほしいか?」
「たまには」
「お前は、そんなんで満足できんのか。…できねえだろ」
言ってほしいと懇願して紡がれる愛の言葉ほど悲しいものはない。言葉だけで満足できるような歳でもない。
シャワーの雨音と女の嬌声、お風呂にお湯が溜まるごぼごぼというまぬけな音。手を伸ばせばキスできる、身体をよじれば抱き合える、それでもこの浴室にはこの人の愛みたいな感情はひとかけらだって落ちていない。
髪を撫でる指がそのまま唇を経由して鎖骨にたどり着いた。皮膚の上を甚爾さんの黒い髪から滴り落ちた生温いお湯が伝う。
「わたしは、甚爾さんのこと好きですよ」
「だろうな」
「…ばれてましたか」
「平日の昼間に仕事放り出して俺についてきてる時点で、隠す気もないくせに」
あなたの名前が表示された携帯電話のディスプレイも、おいしいとも不味いとも言わずに安い定食を食べる顔も、昼間からはしたない行為に耽る身体も、全部最悪で、全部愛おしいと思っている。今わたしの言葉を終わらせた唇のことだって、こんなにも愛している。甚爾さんがわたしにくれるのは愛ではなくて幸福の形をした最悪。ただ死ぬまでの暇つぶしだと、わりきれないわたしは馬鹿だ。
目を閉じて必死に息継ぎをして、あなたの背中に手を回す。こんな場所、昼間に来るものじゃないな。夜にくれば良かった。このままじゃ湯船に浸かる時間が足りない。
20200329
キルタイム