わんわん

こんな所に居ると気が狂ってしまうよ、とエンマ様は笑った。地獄を司るエンマ様は、私が幼い頃祖母に聞かされていたエンマ様とは似ても似つかない。細身で色白、それとは対照的にまるで烏の濡れ羽色をした髪の毛と両眼。笑顔でいるはずだというのにその姿はやけに不気味で、しかしそれがどこか官能的に感じた。

「鬼男くんが君のことを血眼で探しているよ。見つかったらあの長い爪で心の臓まで突かれてしまうかも」
「…………」
「ああ、心配しないで、もう死んじゃってるんだからさ……アハハハハ」

エンマ様は面白くも可笑しくもない癖によく笑う。そしてその弦を描いた唇で私の名を呼んだ。みょうじなまえちゃん、可哀相なみょうじなまえちゃん、……私を酷く侮辱するかのようなその声色にふつふつと湧き上がる怒りを抑えて、私は彼から視線を逸らした。

「君は臆病だねえ」
「…………」
「臆病者の癖して反抗的で、本当に手が焼けるよ」
「…………」
「そんなに俺の裁きが怖い?」
「……こわい、です」
「フフ、そうかそうかあ。じゃあ、……そうだなあ、君はなんだか思ったよりも素直で可愛い子のようだし、赦してあげてもいいような……そうだ、罪を軽くしてあげてもいいよ。……まあ、君次第だけど」
「っ、ありがとうございますッ…………ごめんなさい、死にたくなんてなかったんです、……まさか、本当に死ねるだなんて思わなくて、」
「なんてね」

アハハハ、エンマ様はまた笑った。嘲るように、心底愉快な様子で私を見た。私はそんな彼の姿を見た途端全てを察し、悔しくて悔しくて蹲って泣いた。彼の背後には確か鬼男と呼ばれていた鬼がいる。地獄の鬼が、泣いている私を見ている。

「大王、戯れもそこまでに……ほら、ここに閻魔帳も御座いますから、さあ」
「……そう。じゃあ判決を言い渡そうか」
「…………はい」
「君は、」



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