「プラネタリウムの管理人さん……?」
アルバイトみたいなものだけどね。
そう言って、管理人と名乗る男はニコリと人好きのする笑みを浮かべた。
「そうなんだ」
でもなんかちょっと胡散臭い。
ホストみたい。
それにこの人、唯世に似てる。
いや、それ以前にどこかで見たような…。
どこだっけ。
この喉の奥に引っかかる感じ。
頭を悩ませていると、「それで」と男が声をかけてきた。
「キミは何かに迷っているのかな?」
どきり、とした。何であって間もない人にそんなことがわかるのだろう。
固まったややを放置して彼は続けた。
「ここは、不思議な場所なんだ。
もう誰も訪れないような場所なのに、何かに迷い悩む「迷子」だけが時々訪れる」
迷子。
途方に暮れて。家に帰れない。
それを迷子と呼ぶのなら。
ややは、もうずっと迷子だ。
だってもう家なんてないのだから。
俯いたややに管理人は優しく言った。
「良かったら聞かせてくれないかな。キミの迷っていることを。他人に話すだけでも、何かが見つかるかもしれない」
それはとても真摯な声音で、からかったり、好奇心を満たすことが目的では無いことは明らかだった。
ややは、なにに迷ってるんだろう。
幸せなはずなのに。
家族がいなくても。
リラやぺぺちゃん。おじさんやおばさんや、ガーディアンのみんながいる。
ひとりぼっちじゃない。
なのに、どうして。
こんなに寂しいんだろう。
わからない。自分にだってもうわからない。
こんなぐちゃぐちゃな気持ちを誰かに晒すのは怖い。…こわい。
「……キミは言葉を飲み込んでしまうんだね」
「え…」
静かな声に思考が止まる。
「本当に苦しい時、助けを求められない。誰かに迷惑になるんじゃないかって怯えてる」
「そ、んなこと」
ない、はずだ。
……本当に?
そして続けられた言葉にぎょっとする。
「キミは優しいね」
やさしい?
違う。
違う、そうじゃ無い。
「……私、優しくなんかない。すごく自分勝手で、傷つくことに耐えられないだけ…っ。
誰かに言って拒絶されるのが怖いの。誰のことも信用、できてない」
だって。
世界は脆くて、私が触れるだけで壊れていくから。
"それ"を目の当たりにしたら、きっとみんな恐れて離れていってしまうだろう。
それが、怖くて。
だから明るく、なにも知らないふりして隣に居続けているのだ。
それは、とてつもない罪だと思う。
許されないことだと思う。
引け目があるから、誰にも頼れない。
だからこんなに、寂しい。
知らないうちに涙が溢れてくる。
押し殺してきたのに。
気づかないふりをしてきたのに。
惨めな気持ちが心を支配する。
「ごめんね。嫌なことを言ってしまったかもしれない」
ポンと、頭に手を乗せられた。
そのまま柔らかく撫でられると、少しずつ激情が治まってくる。
「でもね。これだけは覚えていて。
キミが何者でも、たとえこの世界で一番悪い子だったとしても……泣いて苦しんでるキミを誰も助けてくれないなんてそんなことあるはずが無いよ。世界は、キミが思うより残酷じゃ無い…そう思うよ」
「……どうして、そんな言葉が信じられるっていうの。口先だけならなんとでも言える…!」
管理人の言葉に、理不尽な怒りをぶつける。
八つ当たりだ。わかってる。
慰めようとしてくれてるのに。
でも口が止まらなかった。
「僕が証拠だよ」
それに特に気を悪くした風でもなく管理人は撫でていた手を下ろし、ややの俯いていた頭を上げさせた。
蜂蜜色の綺麗な瞳がゆらめく。
「……?」
「僕はたとえ何があっても、キミが何者でもキミの味方だってことさ。呼んでくれたらすぐに助けに行くから」
呆気にとられる。
ものすごく真面目な顔でそんな突拍子もないことを言うから。
「ぷっ…あはは。管理人さん、冗談うまいね」
思わず毒気を抜かれて笑ってしまった。
「いや割と本気なんだけどね。
キミは大事なせいt……いやなんでもない」
口が滑ったね、なんてさわやかに笑う管理人はやっぱり怪しい。
けど、良い人だと思う。
何かが解決したわけじゃないけど、モヤモヤしたものが少しだけ晴れた、気がする。
人工の星空の下で遭った、不思議な人。
ややがその正体を知るまでまだ少し時間がかかるのだった。
ややが去ったあと。
「僕にはキミに希望の光が見えるんだよ」
プラネタリウムに1人残された管理人が取り出したのは一枚のトランプ。
そこに記された柄は、ハートでもスペードでもクローバーでもダイヤでもない。
道化師が笑う、最強の切り札。
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