芸術の国【Peschoux pesce】
STAGE 1.
タカオミ「……なるほど。話は分かった」
ヒカル「……」
ペシュー・ペッシェ城、謁見の間。
手元にあるセオさん達の名前が入った紹介状をもう一度確かめたあと……
この国の第一王子・タカオミ殿下は私をまっすぐ見据えた。
泉(に、睨まれてるわけじゃないのに、プレッシャーがすごい……)
タカオミ「つまりお前は、あの城を調査する許可が欲しいと」
タカオミ「そういうことだな」
泉「……はい」
泉「豊かな山々に囲まれた貴国には、滝の名所が複数ありますが」
泉「『最も美しい滝』という描写に相応しいと考えられるのは一カ所だけでした」
泉「ペッシェ山の奥深くに建つ、この国最古の神殿」
泉「その地下にあるとされる神聖な滝――《月の調べ》のことでは、ないかと」
タカオミ「……」
戴冠式や婚礼の儀など、大事な行事以外では王家の人間すら自由に出入りができない特別な場所。
もちろん、一般に向けて開放されたという話は聞いたことがないし
私はその滝はおろか、神殿すら見たことがない。
泉(……そりゃ、伝説レベルの夢の薬の材料が簡単に手に入るとは思ってなかったけど)
泉(ふたつめの国から、いきなり難易度高すぎじゃない……?)
ヒカル「『最も美しい滝に踊る人魚の泡』……」
ヒカル「まさにお伽話って感じだけど」
ヒカル「これって、セオさん達が研究してることでもあるんだよね?」
泉「は、はい」
ヒカル「あらゆる苦しみを癒す夢の薬かあ」
ヒカル「ちょっと興味あるな」
泉「!」
ヒカル「ちょうどいいタイミングだし、いいんじゃないかなって僕は思うけど」
泉(ヒカル王子……これはまさかの、好感触……?)
タカオミ「……ヒカル。何の話をしている」
ヒカル「カナの成人の儀の日に」
ヒカル「彼女も一緒に来たらいいんじゃないかなって話」
泉「……えっ!?」
STAGE 2.
泉「か、カナ……というのは」
泉「もしや、第四王子のカナメ殿下のことでしょうか……?」
ヒカル「そうそう。ちょうどもうすぐ誕生日でね」
ヒカル「皆揃って、あの神殿に行くんだよ〜」
泉「ペシュー王家の成人の儀って……最重要国儀では!?」
タカオミ「王家の神聖な儀に、彼女を参加させると?」
タカオミ「許可できると思うか」
泉(私もそう思います……!)
ヒカル「ううん。それはさすがにできないと思うし」
ヒカル「だから終わるまでは別の部屋で待っててもらって」
ヒカル「全部終わったあとにゆっくり見てもらうってこと」
泉「!」
ヒカル「彼女一人の調査のために神殿を開けるのは難しいけど」
ヒカル「ついで、って形なら可能なんじゃないかなあ?」
ヒカル「タカオミ兄さんから話したら、きっと父上も反対なさらないよ」
タカオミ「……お前がそこまで彼女の肩を持つ理由は何だ?」
ヒカル「彼女の肩を持ってるわけじゃなくて」
ヒカル「お世話になってるセオさんのお願いならできるだけ聞いてあげたいなあって思うだけ」
ヒカル「あそこの国の人、とくにサトルさんは『そういう』ことはちゃんと覚えておいて返してくれる人だし」
タカオミ「……」
ヒカル「彼女の調査を許可する手間を差し引いても……」
ヒカル「これってタカオミ兄さんや僕らが損する話だとは思わないんだよね」
タカオミ「……。わかった」
タカオミ「玲、と言ったな」
泉「! はい!」
タカオミ「6日後の晩。カナメの成人の儀が無事に執り行われた後なら」
タカオミ「《月の調べ》の調査を許可してもいい」
泉「……!」
タカオミ「ただし、二つ約束してもらう」
タカオミ「まず一つ。無用な混乱や憶測が飛び交うことを防ぐためにも、オネイロスに関する一切は伏せること」
タカオミ「他の者には『アンドリーニア王家からの使者』『セオの研究に必要な調査のために神殿へ』」
タカオミ「この2点以外、明かさないように」
泉「はい……! 承知しました」
タカオミ「もう一つは……」
タカオミ「オネイロスが完成したあかつきには、我が国の民にもその恩恵を受ける権利を」
泉「……え」
泉(完成……?)
STAGE 3.
タカオミ「何か問題が?」
泉「! いえ、問題ということでは。ただ……」
泉「……信じて、頂けるんですか?」
タカオミ「……」
こんな、まだ何の根拠もない、それこそ夢みたいな話を。
そう思った私の心の中を見透かしたように、
タカオミ王子は毅然として続けた。
タカオミ「その本に綴られている内容の真偽はともかく」
タカオミ「お前がそれを本気で為そうとしているかどうかは、目を見れば分かる」
泉(……タカオミ王子……)
タカオミ「お前の望みを叶えるために俺が求める対価は『決意』だ」
タカオミ「この場で完成を約束できないのなら、この話はなかったことにする」
泉「!」
タカオミ「お前が選べ」
泉「……ッ、お約束します!」
ヒカル「!」
泉(……無責任に約束をするのは怖い)
泉(まだ分からないことが多すぎる)
それでも。その約束を、
私はもう既に交わしているのだ。
――あの人と。
泉「必ず、完成させます」
タカオミ「……」
勢いで言った言葉ではない。
そう示すように、今一度ゆっくりとタカオミ王子の目を見て告げる。
タカオミ「……いいだろう」
タカオミ「お前の決意、受け取った」
泉「……!」
ヒカル「よかったね、玲さん」
泉「はい……! ありがとうございます!」
タカオミ「では、その上で一つ、こちらからも『ついでに』頼み事がある」
泉「え?」
タカオミ「お前は《女神》の弟子なのだろう」
タカオミ「コウの喉を、治せないか」
泉「コウ……王子の、喉?」
??「……“sea glow. moon light"……」
??「“That was all――"」
??「――ッ! ケホッ、コホッ」
コウ(……。やっぱりまだダメか)
STAGE 5.
泉「――……流行り病、ですか?」
コウ「どうやら、そうらしい」
ヒカル「最初に少し高い熱が出るけど、次の日には元気になる」
ヒカル「むしろ、病気にかかる前より調子が良くなっちゃうくらいだけど、声の調子だけが戻らない……」
ヒカル「この喉風邪、今、ペシューでちょっと流行ってるんだよね」
ヒカル「王室では今のところ、かかってるのはコウ兄さんだけなんだけど」
主治医「喉の不調以外に、特にお身体に変わったところはないんです」
王宮付き薬師「ですので、処方すべきは抗炎症薬のみという判断に至ったのですが」
王宮付き薬師「困ったことに、どれも効かず……」
泉「……」
ヒカル「問題は……そのまま声質が変わっちゃったり」
ヒカル「声が出なくなっちゃった人もいるとかいないとかって話が出てることなんだ」
泉「!」
コウ「そうなったらそうなったときだし、別段困ることはないと言っているんだが」
主治医「何をおっしゃいます!!」
王宮付き薬師「コウ王子の声に、もしものことがあったら……あああ……」
王宮付き薬師「私共の命をいくつ並べても償えません!!」
コウ「いつも大袈裟だな、君達は」
コウ「声が出なくても呼吸はできる。死ぬわけじゃあるまいし、少し落ち着け」
主治医&薬師「しッッッ……!!!?」
ヒカル「相変わらず極端だなあ、もう」
泉(……コウ王子。何というか、独特な人だな……)
声が出なくても呼吸はできる。
死ぬわけじゃない。
確かにその通りなのだけれど、彼らが青ざめて取り乱すのも無理はないと思ってしまう。
コウ王子の声――歌は、特別だから。
STAGE 7.
ペシューの民は元来芸術の才に恵まれていて
その中でも王家には、特別な才人が多いと言われている。
タカオミ王子のバイオリンは天上の音楽とされ、
ヒカル王子の絵画には途方もない値がついている。
そしてコウ王子は……優れた作曲家であり、歌の名手だ。
コウ「まあ治るに越したことはないが、手立てがないなら無駄に抗っても仕方がない」
コウ「何事も、なるようにしかならない」
泉(……。気丈に振る舞ってるんじゃなくて心の底から気丈そうというか。コウ王子、心がお強いな……)
泉(でも何にせよ、王子の言うとおり。治るに越したことはないんだ)
泉「すみません。この喉風邪についての資料はありますか?」
主治医「ああ、はい。こちらですよ」
主治医「先程お話ししたことが全てで、ほとんど同じことが書いてあるだけですが」
泉「ありがとうございます」
泉「……」
ヒカル(……あ。顔つきが、ちょっと変わった)
コウ「……」
泉(……1日で下がる熱。残るのは喉の不調)
泉(熱が下がったあとに伝染ったって報告はなし。抗炎症薬は効かない……)
泉(……うん。やっぱりだ。さっきも思ったけど、何か覚えがあるような……?)
「――元の声が出なくなるなんて、まるで人魚姫みたいね」
「あなたの声が素敵だから、魔女が持って行っちゃったのかも」
「わたしのこえ……なおる?」
「もちろん!」
「あなたの声はきっと――あの貝殻が覚えてるから」
泉「……!」
泉「治せるかもしれません!」
コウ「!」
主治医&薬師「本当に!?」
泉「前に一度、師匠が似た症状を完治させた薬があるんです」
泉「ただ……それには『アコヤ』の貝殻が必要なのですが」
王宮付き薬師「アコヤ……! また珍しいものを……」
主治医「うちには、ないのか?」
王宮付き薬師「長期保存ができないので、常備しておけるものではないんですよ」
王宮付き薬師「滅多に使うものでもないのでそこらでは買えませんし、すぐに手に入るかどうか……」
ヒカル「大丈夫」
ヒカル「この七国のどこかにあるものならタカオミ兄さんが何でも手に入れてくれると思うよ」
ヒカル「ね、コウ兄さん」
コウ「まあ、それはそうだろうな」
ヒカル「だから心配しないで」
ヒカル「僕から、頼んでおいてあげる」
泉「……!」
ヒカル「……それじゃ、僕はこれで」
泉「はい……」
泉「……っ。あの、ヒカル王子!」
ヒカル「うん? なあに」
泉「神殿の件も、アコヤのことも。本当に……助けていただいてありがとうございます」
ヒカル「どういたしまして〜」
泉「……あの……」
ヒカル「……。どうしてそんなに親切にしてくれるんですかって?」
泉「!」
ヒカル「あはは。当たりだ」
泉「い、いえ」
泉(心を読まれた……!?)
ヒカル「言ったでしょ? 僕は《あの薬》に興味があるって」
ヒカル「玲さんには頑張って、完成させてほしいんだ」
ヒカル「僕も、飲んでみたいから」
泉「……え?」
STAGE 9.
泉(オネイロスを、飲んでみたい……って)
泉「ヒカル王子、どこかお辛いところが……?」
ヒカル「ああ、違う違う。身体は健康だよ、とっても」
泉「では……?」
ヒカル「……。玲さんは、僕の絵を見たことある?」
泉「え?」
泉「ええと、はい。一度、この国の美術館で」
泉「大きな滝の絵が、とても印象に残っています」
ヒカル「どういう印象だった?」
泉「どう、いう……?」
ヒカル「僕の絵、こわくなかった?」
泉「!」
泉「と、とんでもないです。とても、綺麗な絵だと」
ヒカル「ふふ。玲さん、正直な人だね」
ヒカル「顔に全部出る」
泉「……!」
ヒカル王子の絵は、どれも白と黒の2色だけで描かれる。
その濃淡で表現される世界は、とても美しい。
本当に、美しいけれど……。
泉(……確かに、あの時。少しだけ……)
ヒカル「こわい、って言う人、けっこういるんだよ」
ヒカル「それは、絵の中に心がないからだって」
泉「え……」
ヒカル「きっと、本当にそうなんだと思う」
ヒカル「僕は、心っていうのがどういうものなのかよく分からないし」
ヒカル「絵の中どころか、僕の中にももしかしたらないのかも」
泉「……ヒカル王子」
ヒカル「だからね、もしオネイロスが何でも治す万能薬なんだとしたら」
ヒカル「それを飲んだら治るかもしれないなって」
ヒカル「そしたら、こわくない絵が描けるようになるかもって思ったんだよ」
泉「……」
そうしてニッコリ笑ったヒカル王子に、私が何も言えずいるうちに
彼は『じゃあね』と去ってしまった。
泉(……心が分からない、王子様……)
STAGE 11.
――儀式当日。
泉(……すごい。月並みな言葉しか出てこないけど)
泉(綺麗すぎて、この世のものじゃないみたい……)
ヒカル「玲さん」
泉「! はいっ?」
ヒカル「あはは、そんなに勢いよく振り返らなくても」
ヒカル「カナが禊の間から出てきたから、儀式の前に紹介しようと思って」
泉「……!」
カナメ「……」
泉(……うわ、あ……)
色素の薄いその髪や瞳に、神殿の淡い蒼の光が灯っているように見える。
『綺麗すぎて、この世のものじゃないみたい』。
その言葉が、再び頭を過った。
カナメ「……何?」
泉「! た、大変失礼いたしました」
泉(あまりのことに、凝視してしまった……!)
ヒカル「カナ。この人が玲さん」
ヒカル「《月の調べ》の調査のためにアンドリーニアから来てるんだ」
カナメ「……滝の調査とか俺には関係ないし、説明しなくていいよ」
カナメ「タカオミや父上が許可してるならその範囲で好きにすればいいけど」
カナメ「俺には話しかけないで」
泉「あ……は、はい! 承知しました……」
泉(……あれ?)
カナメ「……」
泉「……。あの、」
カナメ「承知したんじゃないの?」
泉「あっ」
私が再度謝る間もなく、カナメ王子は歩き出してしまい
そのまま大扉の先――地下へと続く階段を降りていった。
泉(……気のせいかな。なんか……)
ヒカル「大きな儀式の前で緊張してるのかも」
ヒカル「ごめんね」
泉「! とんでもないことです。私のことは全くお気になさらず」
泉「それよりも……もし宜しければ、ひとつお聞きしてもよいでしょうか」
ヒカル「なあに?」
泉「……儀式前の『禊』というのは、身体的に負担のかかることも行いますか?」
ヒカル「……」
ヒカル「負担ってことはないんじゃないかな」
ヒカル「最後の数日は1日中禊の間で過ごすからちょっと退屈だけど」
ヒカル「普通に食事もとるし、夜は眠るよ」
泉「……。そうなんですね」
泉「すみません、急に変なことをお聞きして」
ヒカル「……やっぱりカナ、どこかに負担がかかってるように見えた?」
泉「!」
STAGE 13.
泉「『やっぱり』、と言うのは……?」
ヒカル「僕もちょっと気になって、さっき聞いたんだけど別にいつも通りだって言ってて」
ヒカル「確かに、いつもとすごく違うわけじゃないんだけど」
ヒカル「でもやっぱり、変なんだよね」
泉「……私は医師としての勉学も経験も積んでいませんし」
泉「気のせい、という言葉で片付けてしまえる程度の感覚なのですが」
泉「瞳と、呼吸の様子が少し……」
泉「もしかすると、ご気分が優れないのではないかと」
ヒカル「やっぱり、そっか」
ヒカル「うん、分かった。教えてくれてありがとう」
従者「陛下。お時間です」
ヒカル「いま行く」
ヒカル「それじゃ、また後でね」
そうしてヒカル王子も地下へと降りてゆき、大扉はゆっくりと閉まった。
泉(……本当に。ただの、気のせいだといいんだけどな……)
神官「――……において、……の御名を……して……」
カナメ「……」
カナメ(……あと、少し)
神官の声が、さっきからいよいよ遠い。
耐えるこっちを煽るように熱を上げる自分の身体には我ながら苛立って仕方がないけれど
あとはこの祝詞が終わったところで、滝の水をひとすくい飲むだけ。
カナメ(それだけだ。それまで、立ってるだけでいい)
タカオミ&コウ「……」
ヒカル「……」
神官「……《月の調べ》をその身に受け、真の成熟を――」
カナメ(……来た)
滝の傍へ歩み寄って、跪く。
ゆっくりと、手を伸ばす。
カナメ(これを飲めば、終わり――)
なのに。
カナメ「……ッ」
カナメ(……何で……)
タカオミ&コウ「!」
強い眩暈に平衡感覚を失う。
『まずい』と思ったときには、もう遅かった。
ヒカル「――カナ!」
水が冷たいのか、身体が熱いのか、分からない。
カナメ(……重い……)
カナメ「……」
朦朧とする意識の中で、誰かに名前を呼ばれた気がした。
その瞬間――
カナメ(……え?)
強く、腕を引かれた。
薄く開けた目に見えたのは、水に揺れる、桃色の髪。
カナメ(コウ……じゃ、ない)
カナメ(これは――)
STAGE 14.
泉(……そろそろ、終わるころかな)
壁や足元を流れる水の音を聞きながら、どのくらい待っただろうか。
泉(あ。開いた……)
そうして、大扉の向こうから現れた一行の中には――
泉「……!?」
コウ王子に抱えられたずぶ濡れのカナメ王子と
その後ろを歩く、同じくずぶ濡れのヒカル王子の姿があった。
泉(い、一体どんな儀式が? というかカナメ王子、あれ、意識がないんじゃ……!?)
国王陛下と王妃殿下もご一緒のところに駆け寄るわけにもいかず
気が気でないまま様子を窺っていると
タカオミ王子がこちらへと歩み寄ってきた。
タカオミ「儀式は終了した」
タカオミ「調査には神官が立ち会う。止められない範囲で自由にしていい」
泉「あ、ありがとうございます」
泉「あの……カナメ王子のご様子なのですが」
タカオミ「……儀式の最中に、湖へ落下した」
泉「えっ!?」
タカオミ「心配はない。ヒカルがすぐに助けに入った」
タカオミ「今は、眠っているだけだ」
泉「……! そうでしたか……」
泉(だから、ヒカル王子もあんなにずぶ濡れで……)
タカオミ「この儀を行った後は、みな眠る。特別なことじゃない」
タカオミ「俺もコウも、ヒカルもそうだったからな」
泉(皆、眠る……?)
そこでふと、本のとある一節を思い出してハッとする。
泉(もしかして、人魚の泡って……)
タカオミ「……ヒカルが、お前に礼を言っていた」
泉「え」
タカオミ「カナメが本調子でないと、助言を受けていたからすぐに動けたと」
泉「!」
タカオミ「それから、カナメがお前に近付かないよう言ったのは」
タカオミ「『もし自分の不調の理由が例の喉風邪だったとしたら』と考えた故のようだから」
タカオミ「悪く思わないでやってほしい、とも」
泉「……ッ」
泉(あ……)
思わず振り返ると、偶然か、気にかけてくれていたのか――
こっちを見ていたヒカル王子と目が合った。
ヒカル「……」
軽く手を振ってくれたヒカル王子。
その笑顔に、とても温かいものを感じる。
泉(……あの人は、心がない王子様なんかじゃない)
あの時は、とっさに伝えられなかったけれど。
『ヒカル王子に、オネイロスは必要ないと思います』。
次に言葉を交わす機会があれば、一番にそう伝えようと。
私はそっと、心に決めたのだった。
STAGE 15.
そうして《月の調べ》の調査を終えて、数日。
私は一度、イニシェントへと戻ってきていた。
泉「……できた!」
例の貝殻が手に入り、調合することができたコウ王子のための薬と交換に
特別に譲って貰った、『最も美しい滝』の水――
そこから抽出に成功したのは、薄桃色の美しい粉だった。
泉(滝の中に踊る、って言うから石とか、植物とか、生物とか)
泉(『水中にある個体』を想像してたんだけど。それらしいものは見つからなかった)
泉(と、いうことは……)
小瓶に詰めたそれを、掌に出して少しずつなめてみる。
泉(……あ)
何となく瞼が重くなる感覚に、頭を振り、そこで私は瓶のふたを閉じた。
机の隅に寄せてあった本に手を伸ばし、ページを捲る。
泉「……《その泡は口にした者を儚く甘やかな夢へと誘いました》……」
泉「……うん。間違いない」
泉(これが、人魚の泡だ……!)
泉「ふああ、あ……」
大きな欠伸を零しながら、物語の続きへと目を走らせる。
泉「……」
人魚の泡を手に入れた旅人が次に向かうのは――
『霧に閉ざされた森』。
泉「……『あの森』、だよね」
コツ、コツ!
泉「?」
聞こえた物音に、締め切った窓の方を見遣ると……
フクロウ「ホー!」
泉「フクロウ……?」
慌てて窓を開けると、その真っ白なフクロウは何かをひらりと落とした。
――それは、アンドリーニアの王家の紋章で封じられた手紙だった。
泉「これ……」
泉(! もしかして、何か分かったら報せるって話をしてくれた時に)
泉(コーヤさんが言っていた『鳥は平気か』って。このこと……?)
急いで開けてみると……
泉「……! やっぱり、セオさんからだ……」
『サトルにも、あの石床を見てもらったけれど』
『やはり護りの魔法がかかっているようだ。あれを解くには――』
泉「……」
泉「『ギフトヴォールの王家の力を、借りる必要がある』……」
ハトリ「――聞いたよ。タカオミが頼み事してきたって?」
イクト「相変わらず地獄耳だな」
イクト「第二王子絡みで借りのできた薬師だそうだ」
ハトリ「へえ……薬師」
ハトリ「何の用だろうね?」
イクト「……さあな」
キョウ「……」
キョウ「――もう少しだから。待っててね」
キョウ「セキ兄さん」
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