物心ついた頃からある喪失感について何度も悩んだことがある、それは両親が兄ばかり愛すからか、兄が私を虐げているからか。違う、大切な人に巡り会えてないような喪失感。それは家族から愛されるからとて満たされることはないと心ではわかっていた。
家族の元を離れて数年、人並みに恋愛だってしてきたけど満たされない。朝から晩まで働く中に唯一の楽しみは週末の夜中に24時間のジムに行き身体を動かすことになっていた。パソコンの前でガチガチに固まった身体を動かすのは気持ちが良かった。
愛想の欠けた深夜の店員さんで受付を済ますとトレーニングフォームに着替える、まずは有酸素運動からしようかなと思ったときに目に入った人物に目を奪われる。傷だらけの白髪のお兄さん。
ランニングマシーンで汗を流す様子に心を奪われた、堅気とは思えない風貌だけど凄くかっこいい。
「隣失礼します…」
気づいたら声を掛けてた。
深夜では珍しいイヤフォンを付けてないタイプで私のか細い声でも彼の耳に届いたらしく軽く目が合う
直感でわかる、私はこの人に恋をするなって
「あァ、どうぞ…」
先程の店員さんと同じく愛想は無いが不思議と嫌な気がしない。むしろそれを愛しく感じてしまうなんて一目惚れは恐ろしい
「私毎週末この時間に来てるんですけど、初めましてですよね。ご新規さんですか?」
「はァ…まぁ、そうです」
し、塩対応…!そうだよね、トレーニングに来てるんだし邪魔しちゃ駄目か…。
気を取り直してランニングマシーンを起動させ、隣のお兄さんよりもだいぶゆっくりなスピードで走る。それにしてもこの人全然ペースも息も乱れてない、何者なの。
その日はその後もろくに声を掛けられないまま終わってしまった。また来週会えるかな、次会えたらなんて声かけようかなと思いながら帰路に着いた。
♢
一週間、あの人のことばかり考えてた。先週もっと話しかけてれば良かったなんて後悔しながら。
今日は居るんだろうか、居なかったら他の曜日増やして偶然を装って出会うしかない…
いつものように受付を済まし高鳴りよりも不安な気持ちで中に入る、居ますように…!
「いた…」
白髪のお兄さんは先週と全く同じ場所でトレーニングしていた。どきどきする胸を押さえながら、隣のマシンに近づく。
「こんにちは、また会いましたね!」
「……またあんたか、何の用だァ?」
「仲良くなりたいなって思いまして!お兄さん先週も全く息もペースも乱れてなかったですよね!凄いです!」
「別にこれくらい普通だろォ」
先週はなんだこいつみたいな感じだったのに今回は凄い進歩!根は真面目なのか一々返事してくれる!しかも“また”って事は覚えていてくれたんだ!
「お兄さんお名前は?」
「……人に名前尋ねるときは、自分から名乗れェ」
「はい!苗字名前っていいます!名前って呼んで下さい!」
私が名前を言うとお兄さんは驚いたような顔をする。え、何?そんなに驚くほど珍しい名前でもないと思うけど…
「不死川…実弥」
「不死川、は呼び辛いから実弥って呼ぶね」
「勝手にしろォ」
ふいっと目を逸らされながら名乗られた。しなずがわさねみ、私の名前より充分珍しそうだな。
ランニングマシーンを歩くようなスピードに設定しながら出来る限り喋り掛けてたら「随分と甘ったれだなァ?」と呆れられちゃったけど私の唯一の楽しみは今や運動よりも彼を知ることになってるから全然問題無かった。
♢
何週か重ねて実弥についてやっとわかったことは意外にもこのキメツ町にあるキメツ学園の数学教師だということ、兄弟が多いこと、誕生日が11月29日、好きな食べ物はおはぎ、そして案外優しいということだ。
優しい、以外はしつこく聞いて教えてもらったのだけれど嫌そうにしながらも結局は教えてくれるのが実弥の可愛いところ
「実弥、今度呑みに行こうよ!」
「行かねェ」
「なんでよ、いいじゃん奢るよ!」
「奢られる程困ってねぇよ」
ペチンと軽くデコピンされる、その行為がとても甘く感じて頬が熱くなる。自分だけのものになって欲しい、外でも沢山会いたいと思う気持ちはもう止めようもない。
「じゃあ連絡先教えて!」
「090-××××-××××」
「え!今!?待って、もう一回!」
片方の口角を上げて意地悪く笑う彼を追いかけながらやっと連絡先をゲット出来た。それだけでも大収穫なのにこの日はジムのお風呂に入り着替えて帰ろうとしたところで実弥に遭遇できた。
「さーねーみ!」
「……はァ、またお前かよォ…」
「今帰り?帰りも会えるなんて嬉しい、歩きできたの?」
「ちげぇよ、車だ」
「あー、車かぁ…残念!じゃあまたねだね」
ジムの目の前に大きな駐車場がある、せっかく会えたのにすぐお別れは寂しいけど時間が時間だし別れの挨拶をすると肩を掴まれる。
「ちょっと待てェ」
「ん、どうしたの?」
「まさか、テメェこの時間に歩きで帰るとか言わねぇよなァ?」
なんで実弥怒ってるの?面倒そうだったり呆れたり意地悪だったりな顔はよく見てるけど怒った顔は初めてだ。……まさか心配しれてるのかな?ニヤニヤが止まらない、嬉しい、顔には素直にそう出ていた。
「近いから大丈夫だよ、心配してくれてありがとう!実弥」
「にやけるんじゃねぇ、乗れよ」
「……!!」
助手席のドアが開けられる、照れ臭そうにしてる実弥を見てるとこちらまで恥ずかしい気持ちが移ってきてしまう。照れながら素直にありがとうと言って助手席に乗ると綺麗に片付けられた車の中はちょっとだけ実弥の匂いがし酷くどきどきする。
「これからは送ってやるから、こんな時間に歩いて帰るなァ」
「……うん、ありがとう」
どきどき
言ってしまおうか、好きだと。というか彼女いるのかな、居たら女を助手席に乗せないかな。
歩いて来れる距離なのであっというまに着いてしまった。
「上がってく?お茶ぐらい出せるよ」
「この時間に男を家に誘う意味わかって言ってんのかァ?」
「っ、そうだよ!そういう意味で言ってる、私、出会った日から実弥が好き」
一度考えた思考は口から出るまで止まることは無かった。実弥は少し驚くとそれはもう飛びっきりに優しい顔で私の頭に手を乗せる。その表情に期待せざるをえない
「だろうなァ」
「………え、それだけ!?」
「わかりやす過ぎんだろォ、全部顔に出てやがる」
「もっとこう、俺も好きだよとか付き合おうかとか色々あるじゃん!」
「ハハッ、イエス以外の返事がねぇじゃねえか」
実弥の笑った顔に惚けていると
頭に乗せた手がするりと頬を撫でて顎に行く反対の手ではシートベルトを外してそのまま実弥の顔が近づいてくる、頭の中で実況中継なんてしながら何が起きてるか理解出来てなかった。
唇が触れ合っている、ちゅうっと深く口付けすると実弥は離れていった。
「なに惚けた顔してんだよ」
実弥に頬をつねられて現実に戻される。
キスされた、私今キスされた!!
「うそっ……ね!もう一回して!」
「今度な」
ケタケタと笑う実弥を見て、なんだかとても懐かしい気持ちになる。あれだけ満たされなかった人生だったのに実弥と出会えただけで自分の足りなかった部分を取り戻したような、私たちもしかしたら何処かで出会ったことあるのかな?なんて思ってしまう程に
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