煉獄杏寿郎が殉職した、大きな悲しみの中でも意志を継ぎ立ち上がる者が多い中、徐々に疲弊していく名前の姿を千寿郎は放っておけなかった、それはどこか父の姿と重なるものがあったから



「明日は兄上の四十九日ですね」
「…はい、千寿郎さん」

名前は煉獄家の下女である、家族を鬼に次々と殺され次に自分だと死を覚悟したときに杏寿郎に助けられ拾われ煉獄家にやってきたのだ。最初こそ鬼狩りの道をと言われていたが剣術の才は無く逆に手先は器用で器量もよかった為、そして何より本人の希望もあって下女として迎えられた。
その命の恩人である杏寿郎の死によりかなり痩せてしまった名前は虚げな目で外を眺めていた、きっとこのままでは彼女も死んでしまうだろう。


「どうして鬼は私たちの大切なものを奪って行くのでしょうか」
「兄上が亡くなっても、心を継いで下さる剣士さん達がいらっしゃいます。きっと、鬼は居なくなります!大丈夫です!」

私は杏寿郎さんに助けられたただの下女だ、尊き存在を鬼に奪われた、家族も命の恩人も。こんなに辛い思いをもう一度するならば、家族を襲われたときに私も一緒に殺されれば良かったんだ。

「名前さん、辛くとも歯を喰いしばって前を向いて下さい!貴女は煉獄家の人間です、心を燃やして下さい・・・・どうか、お願いです兄上、名前さんまで連れて行かないで下さい・・」
「千寿郎さん・・・」

・・そうだよね、この子が辛く無い筈がない。物心がつく前に母を亡くし、そして心の支えの兄をも亡くした、槇寿郎様が再起したからと言って傷が癒えるわけがない。私は私が辛いことばかりで全く周りが見えて居なかったんだ…

「千寿郎さん、ごめんなさい・・貴方の優しさに甘えていました。」
目いっぱいに涙を浮かべている千寿郎さんを抱き締める、杏寿郎さんの心を継いでいるのだろうこの子は優しくてとても強い子だ
「共に頑張りましょう、頑張って生きていきましょう。辛くとも寂しくとも」

それは私の十五歳での出来事であった






一年と少しがたった頃この大正の世に鬼が居ない夜が来るようになる、鬼殺隊が鬼舞辻無惨を倒したからだ。杏寿郎さんの想いを受け継いでくれた竈門隊士達も討伐に関わったという。
千寿郎さんと共に仏前に座り1日中、槇寿郎様と竈門隊士、鬼殺隊全員の無事を祈ったのが昨日のことのようだ。鬼は居なくなったことで鬼殺隊は解散し煉獄家はそのまま剣術道場として続けることになる。


そして数年の時が経ち煉獄家は以前のように活気を取り戻して千寿郎さんと毎日忙しく家事業を行う、杏寿郎様が居たらとも思うときもあるが寂しくても千寿郎さんが居る。彼もすっかり身体は大きくなりどこか杏寿郎さんの面影さえも感じるようになった




棚の上の方の本が取れず、背伸びをしていると後ろからスッと影が差しお目当ての本を取ってくれた。お日様の匂い、千寿郎さんだ

「この本で大丈夫ですか?」
「ありがとうございます、千寿郎さん」

この恋心に気づいたのはいつの日だったろう。
千寿郎さんに心も身体も守られていたからか、私はすっかり彼に熱を上げていた。ただ熱をあげているのは私だけではない、優しく正義感があり頭も良く更に剣術道場の息子なので日輪刀の色は変わらなかったものの剣術の腕があるのも確かだ。そして両親譲りと思われる整った容姿、才色兼備な彼を放っておく女性は少ない。
それに比べて私は彼よりも歳上で、ただの女中に過ぎないのだ、彼に恋してるけど結ばれようなどとは思ったことはない。

「千寿郎さんも読書ですか?」
「いいえ、今度炭治郎さんがご子息といらっしゃるのでお渡し出来るよう幼児書を探しに来ました」

竈門隊士と今も文通を続けているのは知っていたが息子さんまでいらっしゃるのは驚いた

「まぁ!そうですか、それはとても楽しみですね!」
「はい、文章からもとても幸せそうな様子が伺えて今から楽しみです!」

ご子息か・・・結婚、出産。杏寿郎様も生前はそろそろ身を固めてはどうかと親戚から言われていたと思う。あと数年もすれば千寿郎さんも結婚をするのだろう、今はまだ若いが彼の愛する人になりたい女性は沢山居る。私よりも先に千寿郎さんが結婚するなど火を見るよりも明らか

「名前さんも子供好きですよね、その日は空けておいて下さい!」
「もちろんです!それにしてもお子さんがいらっしゃるなんて吃驚しました。」
「奥様の安定期に入るまでは周りに黙っていたそうです。それでも産まれてもう1年も経っているなんて俺も驚きました。お子さんと遠征出来るようになったので兄上のお墓に参りたいとのことらしくて」
「ふふ、子が産まれたら何かと大変ですからね。便り無いのは良い便りとよく言いますし・・・杏寿郎様もきっとお喜びになられるでしょう」

千寿郎さんは遠くをみて微笑む、杏寿郎様の喜んでいる姿を想像しているのかな
鬼殺隊のほとんど方達が亡くなってしまったが、残った者はこうして命を継ぐむ大義を成している、聞くところによると栄誉な痣が出来た隊士達は短命らしく子孫を残すために相手のいない者は皆、お館様のご紹介で奥方を貰ったそうだ。

「子を成す事は大義ですからね、子は宝。夫婦は宝箱。とても羨ましいです」
「・・・・名前さんは、その・・・誰か夫婦になりたい、お慕いしている殿方が居るのですか?」
「っ・・・・・」

無言は肯定になってしまう、何か言わねばと思うが
夫婦になりたいはともかくお慕いしているのは千寿郎さんだ。居ないと答えれば良かったものの突然のことで黙ってしまった。

「・・・それは兄上でしょうか」
「え、杏寿郎様?」
「え?違うんですか?」

お互い顔を見合わせて鏡みたいに首をかしげる
どうして亡き杏寿郎様に恋慕をと考えたのか、たしかに杏寿郎様のことは大好きだったそれは兄や親に向けるような愛だ
千寿郎さんを想うこの気持ちとは違う

「じゃあ、誰ですか!鬼殺隊の方ですか、門下生ですか!?・・あ!詮索したかったわけじゃなく、気になってしまって。。」

優しい顔に焦りが浮かんでるのを見て微笑ましく思ってしまった、そうか恋情に興味を持つ年頃ということか。心のどこかで少し余裕を持っていたのかもしれない、千寿郎さんが誰かに恋情を抱いているところを見たことがなかったからだ。

「そういう千寿郎さんは、いらっしゃるんですか?お慕いしてる方」
「・・・・」

無言は固定、先ほどの自分を思い出す。
この反応はいる・・・な、千寿郎さんは真っ赤な顔をしながら恥ずかしそうに俯く
その様子を眺めながら確実に心が傷ついたのがわかる、そっか・・千寿郎さんは好いている人が居たんだ。全然気づかなかった毎日一緒にいたのに。

「・・・居ます、お慕いしてる方」
「そ、そっか!千寿郎さんももうそんなお年頃ですもんね!」
「・・・俺はその方にまだ子供だと思われてるかもしれません」
「そんな!千寿郎さんは立派な青年ですよ!」

俯いていたかと思えば真っ直ぐな瞳がこちらを捉える、美丈夫というよりは美人という言葉が似合うそのお顔をみて狼狽えてしまう。あぁ、この方は杏寿郎さんの弟だった。
彼の瞳に心に炎が宿されている、なぜ彼は今こんなに燃えているのか、考えても仕方の無いことは考えるなと亡き命の恩人の言葉が蘇る。今この瞬間、視線に捉えられて動けずにいた。

「その方は、とても優しくて器量が良く、誰からも好かれる華のある方です」
耳を塞ぎたくなる、これ以上聞いてしまえばきっと逃げたくなるだろう

「兄上が亡くなってからもずっと俺の側に居てくれ、支えてくれました」

その言葉に大きく目が開く、自惚れになってしまうが千寿郎の側にずっと寄り添っていたのは自分以外居ないはず。目を合わせたまま千寿郎さんにぐっと手を握られた。

「名前さん、好きです。貴女が他の誰かを想おうと必ず振り向かせてみせます・・・!頑張ります!」
「わ・・・私、ですか?」
「はい、その、突然すみません。いい加減に男として見てもらいたくなってしまいました・・。」

握られた手を捉えられた目線を離さないでいると途端にいつもの千寿郎さんのお顔に戻った。そのお顔に安心し、やっとまともな言葉が紡げるようになる。

「私は千寿郎さんよりも歳上ですよ、それに下女ですし・・・。」
「年齢も立場もそんなもの、些末な問題です。」
「そんな・・・千寿郎さま、私の好いてる殿方は貴方です」
「ほ、本当ですか・・嘘みたいです、ずっと名前さんの事を想っていたので!」

真っ直ぐ気持ちを伝えてくれる彼に嘘はつけなかった、私たちは両想いだったが問題は沢山あるように思える。私は千寿郎さんと祝言を挙げたいなどとは思っていない、何故ならば煉獄家のご子息はもう千寿郎さんだけだから繁栄の為にも由緒正しい清く強いご令嬢を奥様にしてもらいたいと考えている、これは杏寿郎様が亡くなってから私がずっと目標に掲げていたことでもある。私では役不足だ。

「冷静になってくださいませ。私達は想い合うべきではないのです、煉獄の血は千寿郎様が守っていかなければならないのですよ!」
「・・・きっと、名前さんが子を産まずとも俺は貴女を選ぶでしょう。」

握られた手離し、ふわっと柔らかく抱き締められた。お日様の匂いが鼻いっぱいに広がる
「兄上からは、自分の心のまま正しいと思う道を進むようにと最期の言葉を頂きました。」
「・・・はい、存じ上げております」
「今、心のままに貴女に想いを伝えています。名前さんと生涯を共にしたいです、それが俺の正しいと思う道なんです」
涙で視界がぼやけてしまう、千寿郎さんの心はお日様のような暖かさだ。この暖かさにずっと包まれていたい、彼と家族になりたい。そう想わずにはいられなかった。













・・・











大観篝のゆらめく炎の前

「ははうえ!」
煉獄の焔色を色濃く継いだ息子が1人お腹に耳をあてている、小さな手が私をぎゅっと抱き締めてくれるとふと季節外れの桜の香りがした気がした
「おととでしょうか!いもとでしょうか!」

輝く瞳はあの亡き恩人を思い出させる






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