気付いたら、ここに居た。

そういうと少し語弊があるかもしれないが、本当に気がついたら私はこの世界にいた。元の世界で流行っていた異世界転生やタイムトリップという類のものか、はたまた私の脳に異常があるのか。

異常があるにしても私の生きてきた時代の記憶は鮮明でこの時代には考えられないような膨大な知識がある。なんの因果かわからないが、私が目を覚ましたこの時代は大正時代らしく人喰い鬼という恐ろしい怪物のようなものが居るらしい。私はそれを狩っている家主の元に降り立った。最初こそ映画の撮影かなにかと思ったぐらいで…家主の刀から炎が出るまでは信じることが出来なかった。

鬼の元に降り立たなかっただけでも幸いだろう、でも私のラッキーはそれだけじゃなく家主は降り立った私を見つけると大変驚きはしたものの身の内を全て信じてくれて屋敷に置いてくれた。
この人が私のことを信じてくれなければ、私が刀からの炎を見たとしてこの人の話を全て信じることは出来無かったかもしれないしきっと右も左もわかないこの世界で悲惨な目に遭っていたに違いない。

この屋敷に置いてもらえる見返りは家事業だけでいいだなんて、なんとも人徳がある。恩返しが出来るとは到底思えないが私は出来る限りの知識を嘘偽り無く伝え、医療や感染予防に加え食事や掃除にと役立てている。

そんな私は今日も私はこの恩人を鬼狩りに送り出す。



「名前、行って参る!」
「はい…杏寿郎さん。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

優しく頭を撫でてくれるこの人はこの家の現家主、煉獄杏寿郎さん。

忙しいにも関わらず日に何度も私の元に訪れてたわいの無い話をして元気付けてくれる。私からしたら炎…というよりお日様…というよりは真っ赤な太陽のような存在だ。
もうここに来て数年経つが始めこそ黒い隊服に白い羽織であった杏寿郎さんは今、代々炎柱が身に付けていたという焔を象った羽織を背負っている。

その背中を見つめるとこの場所に降り立ったときよりずっと寂しい気持ちになってしまう。

遠い人になってしまったようなそんな気分。
……私は杏寿郎さんに恋をしている、立場も価値観も全く違う彼に抱いて良い想いではないのは確かだけどこの人に出会い共に過ごすうちに流れるように好きになってしまった。これ以上は好きになってはいけないとわかっているがこの気持ちは行き場の無いまま膨らんで行くばかり。

杏寿郎さんが私を気にかけてくれているのは全く知らない世界に降り立った私を心底心配してくれているから、頭では理解はしているけど蕩けそうになるぐらいの甘い対応にいつも絆されてしまう。

「(まだ早いけど、夕餉の準備でもしようかな…)」

寂しさを紛らわすように考えるのをやめた。












夕餉の支度の前に千寿郎君に門前の掃除を頼まれて竹箒を持ちながら外に出た。夕方の秋風で落ち葉が散らばっている。
うんざりするような光景だけど、今は忙しいぐらいが丁度いいかもしれない。




「花を受け取ってもらえませんか?」

掃き掃除を熱心にしているとふと声をかけられて振り返る。この人は誰だろう…?
身に覚えの無い人に一瞬警戒心を覚えるが、目の前のこの男の人はとても恥ずかしそうにしていて首をかしげる。まさか…私に恋慕を抱いているかのようなその瞳をみると、とてもじゃないが拒否しようとは思えなかった。

ーーー私に恋人が出来たら少しは杏寿郎さんも安心してくれるだろうか。

杏寿郎さんに想いを寄せている胸が少し痛むが私はその花を受け取った。

「…有難う、御座います。」

受け取ると男性は逃げるようにこの場を去っていく。綺麗に束ねられた桃色の花を見ながら確かに感じる好意…。受け取った私の頬は赤く染まっていくのはわかった。


「名前さん、お掃除手伝います」
「あ、千寿郎君…」
「…そのお花どうしたんですか?」

掃除を手伝いに出てきてくれた千寿郎君の目線の先には、今し方貰ったばかりの可愛い花束がある。どう説明すればいいかわからなくて口籠ると千寿郎君は少し悲しげな表情をして花束を持っている私の手をそっと握った。

「名前さんに桃色は似合いません、貴女に似合う花は赤い椿です。」

少し否定的ではあったがちっとも嫌な感じがしない。少しだけ苦笑いが漏れてしまったが「お花を部屋に飾ってきます」とだけ残して私は家の中に戻った。

花瓶に花を刺しながらも、まだ心臓はどきどきと音を鳴らしている。現代であってもこんな花を渡されるようなな告白なんてされたことがないし、もしかしたら勘違いかも知れないとも思ったけれど花束に添えられた恋文が全てを物語っていた。

『一目見た時から恋に落ちてしまいました。貴女の良い人になりたい。』

近所の人なんだろうか…正直私は覚えが無いがこの人は私のことを知っていて、私のことが好きなんだ…

私がこの時代で生きる意味を見つければ杏寿郎さんは喜んでくれるだろうか。他の男性に告白されたことを想い人に喜ばれるのは少し寂しいが、杏寿郎さんはそれは過保護に私の心配をしてくれている。
やれ寂しくないか、やれお腹空いて無いか、元の時代に帰る方法は必ず俺が見つけてみせる!と意気込んでくれて…柱で忙しいのに私や千寿郎君を気にかけてくれている。恋人が出来れば杏寿郎さんの不安の種も一つ減るだろう。
もしかしたら、心配もしてくれるだろうけどそこは杏寿郎さんの人よりも優れている”見る目”で判断してもらえば良いかもしれないし
なによりも、私がこれ以上杏寿郎さんを好きでいるのは苦しい。

叶わない恋なのだから新しい恋に逃げてしまうのだって、仕方の無いことだと自分に言い聞かせた。












・・・










「起こしてしまったか」

まだ夜も明けきらない時間に、ふと目を覚ますと目の前には座ったままこちらを見ている杏寿郎さんが居た。
いつも早く帰ってくる時はこうして私の部屋を訪れる。いつものことなのであまり驚くこともなく起きあがろうとすると、軽く制された。

「まだ夜も明けてない、寝てていい」
「お帰りなさいませ。おはよう御座います、杏寿郎さん。」
「ああ、おはよう」

どこか、いつもと違うような雰囲気が漂っている気がする。
何かあったのだろうか、不安になりながら杏寿郎さんを見つめるとその凛とした目は昨日貰った”桃色”の花に目線を移した。

「あの花はどうした、桃色なんて選んだことないだろう」
「えと、昨日知らない殿方から頂きました。存じ上げないだけで近所の方からなんでしょうか」
「……」

それだけ言ってあることに気づく、杏寿郎さんの手にその人から貰った恋文があることに。
確か仕舞ったような気がするんだけど…何故持っているのだろうか…。寝ぼけている頭ではそれがどういう意図で杏寿郎さんの手に渡ったか推理出来なくて首を傾げた。
それでもなんとなく恥ずかしくて、次第に頬が染まっていく



「杏寿郎さん…あの、」

「不愉快だな」

「へ…?」
「君がその花を見て頬を染めるのも、君を想う男がいることも」
「どうして、でしょうか?」

いつもとまるで違う杏寿郎さんの圧に押しつぶされそうになる。どうして怒っているのか、そんな理解も追いつかないままに目の前に杏寿郎さんの顔が迫ってきた。

「君が好きだからだ」

驚きと同時に杏寿郎さんの唇が落ちてくる、何度も啄まれるような口付けに戸惑うが柔らかな唇が心地良くて目を閉じた。
杏寿郎さんが、私を好き。じわじわとその実感が染み渡る頃には唇は離れていて、きつく抱きしめられていた。

「わ、私も、杏寿郎さんが……好きです!」
「そうか!俺達は両想いだな!」

「いつから、ですか?そんな素振り無かったのに」
「いつからかは……わからない!」
「え!」

確かに私もいつから好きなのかを聞かれたら明確に答えられるわけじゃ無いけど、自信満々にわからないと答える杏寿郎さんが愛おしくてクスクスと笑いが漏れる。私が笑っていると少しだけ甘い顔をした杏寿郎さんが私の頬に手を添える。

「いつからかは答えられないが、君は考えたことはないのか?どうしていつまでも自分は手に職を与えられず、鬼殺隊にも携われす、この邸宅から出してもらえないのかと」
「それは…」
「名前をここに閉じ込めておきたかった、誰にも見られず触れさせたく無いからだ」

その言葉を聞いて驚く、そんなこと考えたことも無かった。知らない世界から守ってもらえているのだと信じて疑わなかったから。私が驚いて固まっていると今度は杏寿郎さんがハハハと笑った。

「名前が元の時代に戻らないと決めたら想いを伝えようと考えてはいた、よもや…今更帰せはしないが」
「杏寿郎さんに二度と会えなくなるなら、帰りたくありません。」

それだけ伝えるとまた唇が重なった。だんだんに深くなる口付けは止まることなく、明け方の部屋で愛を確かめ合ったーーー。















すっかり夜が明けてうとうとした意識の中で、ある夢を見た。
『杏寿郎、お前も鬼にならないか?』その台詞だけが嫌に記憶に残っている。列車、黒と緑の市松模様、猪、黄色、鬼の少女。罪人の刺青の入った鬼。致命傷は……
ばくばくと大きな音を立てて、心臓が鳴っている。隣で腕枕をしてくれている杏寿郎さんが私を心配して何か言ってくれているがそんなことも耳には入ってこない。
これは…断片的だけど妙に現実的で世にいう正夢という類のものだ。
現代で”医学生”だった私はこのためにここに来たのかと悟った。幸いにも致命傷を把握している…!身体は不自由になるかも知れないが命だけは助けられるかも知れない。

「杏寿郎さん、鬼狩りで列車に乗る時は必ず私に教えて下さい」
「急にどうした!……わかった、その顔を見るに訳有りなのだろう」

今言って信じてはくれるだろうけど、きっと杏寿郎さんは選択は変えてはくれないだろう。
それ以上何も聞かずに抱きしめてくれる杏寿郎さんを抱きしめ返してから私は布団を出た。

「すみません、先に起きますね。杏寿郎さんは鬼狩りでお疲れでしょうからまだ休んでいてください」
「ああ、名前…身体は大丈夫か?」
「少し、腰が痛いんですが大丈夫です」

痛む腰を押さえながら廊下に出て考える、まずは鬼殺隊の医療チームに協力を得なきゃいけない。
きっと時間は無いはず、今から出来る限りのことを…する!





「千寿郎君、今から言うものを今すぐ一緒に用意してほしいの」


ーーーこの時代に降り立った自分の運命を全うする為に。








18:あなたは私の胸の中で炎のように輝く


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痺莫