「実弥、大好きだよ」
「実弥っ実弥ぃ〜!」




俺の知る苗字名前は隙あらば俺の側に寄り俺の名前を呼ぶ、そんな女だ。名前で呼ぶことさえ許可してないのに気付いたら呼び捨てで呼ばれて媚びを売ってくる、堅苦しいよりは良いが馴れ馴れしい。親方様が雇った女中だから無碍には出来ねぇし…と、最初こそ鬱陶しくて煩わしいと思っていたはずなのに。
気付いたら、居ることが当たり前の女になっていた。

絆されてるのか絆してやってるのか、懐いてくるから構ってやっているだけ。そう思っていた。







巻藁で抜き打ちをし汗を流す、任務が無いときの日課だ。
そんな日課でさえも名前は傍で見守り熱い視線を向けて「実弥、今日もかっこいいね!」「汗かいたよね、湯でも沸かそうか?」そうやってウロチョロとまとわりついていくる…。が、今日はどうも様子がおかしい。確かにさっきまで気配はあったはずだ、その縁側には手ぬぐいと湯が置いてあってアイツの姿が無ェ。

(どこ行きやがったんだァ、珍しいこともあるもんだ)

その程度の感覚だった。
それでもその日の行動は変で邸に居る間どこにでもくっついて歩く名前の姿が全く見当たらない、気配はあるからあからさまに避けてやがる…。思い当たる節など無い、昨日もいつも通り床までくっついてくる名前を適当にあしらい俺の部屋から締め出したぐらいだ。
突然の対応にイライラする、テメェがその気ならやってらろうじゃねぇかァ…。いつもいつも纏わりついて鬱陶しかったぐらいだ、絶対俺から話しかけてやるもんか。






























あれから三日経った。相変わらず名前は俺に話しかけてこねェ。姿さえ見せない。
せっかくの非番なのに奴の態度に俺のイラつきは最高潮まで登っていた。

……どっかで発散でもするかァ。
今までそんな事はしたこと無かったが鬼の頸を切っても発散出来ない怒りは性欲の方かと思い、いつもの隊服では無い楽な長着に着替えた。黙ったまま邸を出ようとするとアイツの気配は急激に近付いてきて焦ったようにバタバタと音を鳴らし俺の前に立ちはだかった。

「なんだァ、無視すんのはやめたのか」
「……実弥、どこ行くの」
「野暮なこと聞くなァ」

名前がぐっと堪えながら俺の前に立つことで、さっきまで最高潮だったイラつきが収まっていくのがわかる。含ませてニヤリと笑うと名前は大きな瞳からポロポロと涙を零した。

「泣くなよ」
「やだ、実弥…行かないで…」

泣くぐらいなら、なんで近寄ってこなかったんだ。そう言ってやりてェが、今言っても何も答えられなさそうだ、だから…なんとなくだが、優しく頭を撫でてやった。そうするとさっきよりも大きな声を出しながらわんわん泣き始める。
ーーーその泣き顔に、俺の加虐心が煽られていく。

「廓に行くのは男の嗜みだろォ?」
「…なんでっ、さねみ、…ぐすっ、私のことはっ抱いてくれないのに!」
「なんだァ?遊女より楽しませてくれるってのか」
「そんなことっ、出来るわけ…!……うっ、でも、実弥がぁっ抱いてくれるなら特訓するよお…」

………特訓だァ?名前の咄嗟に出たであろう言葉に俺の怒りはまた頂点に登る。
特訓、他の男とするってことかよ…!
離れたり、泣いたり、しまいには遊女のような特訓をするという。この女は何がしてェんだ。

俺は壁をバンっと叩き名前を睨みつけると、彼女は喉をヒュっと鳴らして泣き止んだ。

「特訓だなんて、させるわけねェだろ。抱いてやるからこっちこい」
「さ、実弥っ!」

俺の頭は沸騰していて、名前の細い腕を引っ張る。
んで、こんなにイライラすんだ。誰かに組み敷かれる名前を想像するとゾッとするぐらい怒りが増してきた。

乱暴に布団を敷き、女を横たわらせる。名前は明らかに怯えていて、いつものような俺に恋をしている瞳は見られない。

「やめて、実弥」
「うるせェ」
「…やめてよ、実弥!」

着物の帯を解く、名前は微かに抵抗してくるが俺の力になんて叶うはずがなかった。気合わせが崩れて肌襦袢が空気に晒される。そこに手をかけようとした時に頬に痛みが走った。
名前が俺の頬に平手打ちをしたのだ、俺のことが大好きでいつも甘々に甘やかしてこようとする名前の不意打ちに俺は固まった。

「ねぇ、なんでそんなに怒ってるの…こんなの、実弥らしくない」

俺らしさなんて、なんで手前が知ってるんだと言いそうになったが
先程と同様にぼろぼろと涙を流す名前を見て少しだけ冷静になった。俺は、何をしているんだろうか。

「……悪かったなァ、もうしねェ…」

帯を直そうと手をかけるとその手を名前にぎゅうっと握られた。

「実弥、無視してごめんね…。三日前に隠の人にたまに実弥が廓に顔出してるって聞いちゃって」
「……は?」
「凄く、嫌で…大好きな実弥の顔見るのも嫌になっちゃって…」
「…普通そんなことで、無視するかァ」
「そんなこと、じゃないよ。」

チッと舌打ちが出る、隠の奴ら余計なこと言いやがって。
つまり嫉妬して、近寄らなかっただけかよ。

「鬼殺隊として行ってただけだろ、名前が想像してるような事はしてねェよ」
「え……任務のことだったの…」
「まぁ、今日は行こうとしたけどなァ?」
「だ、だめ!」

必死にしがみついてくる名前にイラついてるのが馬鹿らしくなり肩の力が抜けた。だらりと名前のとなりに横たわると名前は心配そうな顔で俺に顔を覗かせてくる。

「実弥、好き。この邸に来てからずっと、好きなの。…優しくだったら抱かれてもいいよ」

そう言いながら肌けた着物で俺に抱きついてくる。そっと彼女を押し倒して唇を重ねる。

「…覚悟はいいかよ」

コクリと頷く彼女の首筋に顔を寄せた。
やっぱり絆されてるのは、俺の方だなァ…。















7:雄雌を決す


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痺莫