あぁ……私は今日もまたこの光景を見なきゃいけないのか。

職員室のよく陽のあたる席で今日も仲睦まじい二人。不死川先生と胡蝶先生。
この二人は学園で噂になるぐらいには仲が良く、不死川先生も優しげだし胡蝶先生だって慈しみのある表情を浮かべている。誰がどう見ても恋人同士だ、噂になるのも頷ける。
頷ける、頷けるんだけど…もう長い間私は不死川先生に恋をしている、だからこそ認めたくない事実でも…ある。

それに加えて、

「いだっ!」
「ぼさっとしてんな、HRの時間だろォ」

考え込んでいたら名簿でバシッと叩かれた、不死川先生に。
叩かれた箇所を自分で撫でて彼をキッと睨みつける、そう…それに加えて私たちは担任と副担任という間柄なのに、憎まれ口を叩き合う犬猿の仲なのだ。

「暴力教師!」
「うるせェ、ぼんやりしてる暇があるなら授業の準備でもするんだな」
「ぐっ…!」

いつから、こなってしまったのかは自分でもわからない。好きだと気付いた時にはもう“時既に遅し”でこの関係性になっていた。今更、好きだなんて言えない…
せめて、胡蝶先生と同じぐらい良好な関係になりたいのに。




「まぁまぁ、不死川君。HRが始まってしまいますよ」
「あァ…行くぞ、苗字」
「…はーい」

胡蝶先生に促されて職員室を出る。
こんな些細なやり取りでさえも胡蝶先生に嫉妬し、私は不死川先生に素直になれなくなっていった。
これがいつもの日常で、今日も今日とて私と不死川先生は些細な事で言い合ってしまう。やれ生意気だ、やれチビだの言われても……不死川先生の本性は情に熱くて優しいのだ。だからどんなに喧嘩しても言い合っても結局は彼の懐の深さに惚れてしまう、悪循環のような沼。

不死川先生のHRは短いのでさくっと終わらせてまた職員室に戻る、先生達は各々自分の授業の準備をし始めるので私もと思いデスクに向かうと私の席に既に人が座っていた。

「あのー、煉獄先生…そこ私のデスクなんですが…?」
「うむ、それは知っている!」
「な、なんで座っているのでしょうか?」
「赤の筆を切らしてしまってな、隣席の君のを借りさせていただいた!」

確かに私の隣の席は煉獄先生だけど……赤ペンだけ借りればいいんじゃ?
煉獄先生の天然ぶりにくすくすと笑みが溢れると、それを見た煉獄先生は少し目を丸くし驚いているようだった。

「よもや、君もそのように笑うのだな」
「なんですかそれ、悪口ですか?」
「存外、可愛らしい笑顔をするものだと思っただけだ」
「へ!?」

あまりにも直球に褒められて顔が真っ赤に染まる。
ど、どういう意味?煉獄先生が言うのだから深い意味はないの?
深い意味が無いとして大人が大人に可愛いだなんて勘違いされてもおかしくないはず!
煉獄先生から目を離せないでいると、誰かにバサッと上から何かを被せられた。

ーーーえ、急に何、誰?
その被せられた布をすぐに取るとそれは誰かの上着のようだった。
ふんわりと香る香水の匂いは、私の好きな人の香りだ。

「煉獄、テメェ…仕事中に口説いてんじゃねぇぞ」
「俺は口説いてないどいないぞ、苗字が可愛らしく笑うな。と言っただけだが」
「それを口説くって言うんだろうがァ!」

一瞬、不死川先生が嫉妬してくれたのかとも思ったけど
これは多分、仕事中に浮かれてる私を見てイラっとしたに違いない。そう思うと少しだけ腹が立った。

「不死川先生、急になんなんですか!」
「……浮かれてんな、授業の準備しろォ」
「浮かれてませんけど!」

相変わらず私は可愛くない、言い方だな。
ここで泣いたり、落ち込んだふりでも出来たらもっと女らしくいられるのに……なんとなくバツが悪くてフイっと顔を背けると煉獄先生が覗き込んできた。
それにびっくりして少しだけ体勢を崩すとすかさず不死川先生が支えてくれる。そういう所が乙女心を擽るんだってば…!

「怒ってばかりじゃもったいないぞ苗字、今夜飯でも行こう!」
「え、お食事ですか?」

煉獄先生は本当に唐突だ、突然の誘いに戸惑っていると支えてくれている不死川先生の手に力が篭ったのがわかった。不思議に思い彼を見上げるとその顔にはおもいっきり不機嫌で、さっき一瞬脳裏に浮かんだ”嫉妬”はもしかして本当に……

「苗字は行かねェよ」
「何故、不死川が答える」
「苗字は俺と先約があんだよ」

手を引っ張られて職員室を出る、まだ授業までは少しだけ時間はあるが授業の準備など何も終わっていない。でも、仕事も大事だけど、今この状況はもしかしなくても……

HRが終わってないクラスがほとんどで廊下には誰も居ない、私は足を止めて不死川先生を引っ張った。

「不死川先生、嫉妬してるの?」
「してねェ、自惚れんなァ」
「じゃあなんで職員室でたの?」

「……毎日毎日煉獄と仲良くしやがって!テメェは俺の前じゃ笑いもしねぇってのによォ」
「不死川先生だって毎日毎日胡蝶先生と仲良くしてるじゃない、私には優しくしてくれないのに!」

私がそう言い返すと不死川先生は表情を停止しこちらをじっと見つめてくる。
万が一ということがあるし浮かれたい気分を我慢して私は掴まれた手をぎゅうっと握って彼を見つめ返した。

「私にだけ優しくしてよ」

私が胡蝶先生に嫉妬している間に不死川先生も煉獄先生に嫉妬してたらいいのに、そんな期待を込めた言葉だ。この台詞に目の前の彼がみるみる赤くなっていく様を私は期待に胸が高鳴りながら見つめた。
繋いでない方の腕で照れた顔を隠す不死川先生が可愛くて、好きで、どうして今まで私は素直になれなかったのだろうか。そんな後悔さえ愛おしく感じてしまう

「この話の続きは仕事が終わってからだ」

始業を告げる鐘の音に被せながらその言葉だけ残し、不死川先生は去っていった。

きっと今日は授業どころじゃないなぁ……。






5:恋する接線


Back

痺莫