「え、実弥?」

ーーー目の前にはつい先日婚約したばかりの実弥が女性と腕を組んでいた。
実弥は私と目が合うと舌打ちをして目を逸らされる、突然の出来事に理解出来ないでいると一緒にいる女性が甘えたような声で実弥の腕にぎゅうっとしがみついた。

「誰ぇ、この人?」
「……知らねェ」



あまりにショックな反応に言葉を無くす、
気が付いたら走ってその場を去っていた。

















どうしよう、どうしよう、どうしよう…
実弥が…浮気?確かに昨日まで普通だったはずだ、それに長い付き合いの中で彼が二股が出来るような器用な男じゃないことは私が良く知っている。

一緒に住んでいる家にはとてもじゃなくても帰れなくて近くの公園のベンチで一人涙を流した。




暫く泣いて、どうしようも無い事実を受け入れなくてはならなくて呆然とする。
実弥はなんで浮気なんか、それとも知らないふりをしたと言うことはあちらが本命だったのだろうか。でも今までだって教師をしている彼が遅く帰ってくる日はあれど泊まってくることは無かったから、衝動的だったと信じたい…でも、それでも…

また止めど無い涙が溢れてきた。私はこれからどうすればいいのだろう。



「名前…!」

薄暗くなった公園で、どうしようも無く蹲っていると焦ったような声で名前を呼ばれる。間違えるはずがない、この声は実弥だ。
顔を上げてその顔を見ると汗を流していて私を必死に探していたのだろうことがわかる。

裏切ったのはそっちなのに、なんで…実弥が悲しい顔をしてるの?

「何しに来たの」
「…すまねェ」
「謝るってことは黒だったってこと?」

私の言葉に珍しく怯んでいるようだ。
その反応に目を伏せ、左手の薬指に着けていた大きく輝いた指輪を乱暴に取り実弥に投げつけた。

「もう、婚約は解消する!」
「まてっ、違ェんだ!いや…違くはねぇんだがっ」
「言い訳は聞かない!」

涙をぼろぼろと流しながら言い返す、今思えばこんな風に実弥に感情をぶつけたのは初めてかもしれない。不誠実そうな見た目だけど、私の事を良くわかってくれて優しくて気遣いが出来て情に熱い彼と喧嘩なんて殆どしたことが無かったからだ。
こんな時でも好きな所ばかりを思い浮かべてしまい、目の前の実弥を嫌いになれないでいた。

ーーー胸が、苦しい
胸が苦しくてまたこの場から逃げようと立ち上がると実弥に引っ張られて痛いぐらい強く抱きしめられた。

「…名前に嫉妬して欲しかったんだァ」
「………は?」
「女々しいことして本当に悪かった、俺が好きなのは名前だけだ」

理解出来なかった頭が少しづつその内容を処理していく。嫉妬して欲しかった?私に?
なんで今更そんなことを…

「なんでって思うかもしれねぇ、それでも…お前がっ…」
「私が…なに」
「俺が誰といようが何をしてようが文句も言わねぇし聞いてこねぇし…不安になった」

実弥の思いがけない言葉に私は心底吃驚して涙が引っ込んでしまった。彼は女々しいタイプではまるで無かったし自分のために周りを試すようなことをする人じゃない。

「俺ばっか…すげェ、好きなんだよ。」
「実弥…」

その弱々しい姿を抱き締め返すことしか出来なかった。実際は実弥が本当に浮気をしたかどうかはわからない、でもこんな彼の姿を見ると信じてあげたいと思ってしまった。

「浮気はしてねぇ、誓う。正直名前の感情を少しでも揺らせられたらそれで良いと思ってたァ」
「もう、二度とこんなやり方しないで」
「あァ…まさか婚約解消まで言われるなんて思ってなかったんだよ。もう名前を苦しめたりしねェ」


今日のトラウマは忘れることなんて出来ないだろう。
でも結局は私も実弥しか居ないのだ、お互いを抱きしめ合いながらそんな切ない気持ちになった。







re: 紗南様
素敵なリクエスト有難う御座いました。
実弥は浮気しなさそうだけど、でも案外不安になったりして裏切ってしまう事があるのかな…と思いながらこのお話を書かせて頂きました!
楽しんで頂けたら幸いです。これからも痺莫を宜しくお願い致します!








2:盲目か瞑目か


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痺莫