この恋が僕を殺す


 まるで猫のよう。雨の日は決まって、竹川《たけがわ》先生がこうして気だるげな表情を見せてくる。並んで小学校の廊下を歩いているけれど、しとしとと、窓の外に降っている雨粒が、胸の中に溜まっているみたいに、動きも少しだけいつもより鈍いように思える。

 僕よりも四歳年下の、三十一歳。一年四組を任されている彼は、若いのにとてもしっかりしている。髪を染めてはいないのに、どこか遊んでいる風に見えるのはきっと、その髪型がそうさせているのだろう。クラウドマッシュウルフカット、だっけ? 一見しただけで彼がお洒落だとわかる、流行の髪型。左斜め前に軽く流している前髪が、片方の眉を隠している。

 どこの美容室に通っているのですかとたずねてみたいのにまだ、聞けていない。このシンプルな、ただ切ってあるだけのショートカットを彼のような洒落た感じにしてみたいけれど、わずかに残っているプライドがどうにも邪魔をした。しかも、彼には大変お世話になっているのだ。更に頼るのは年上として少し恥ずかしい。

 僕という人間に寄せられる言葉といえば、おとなしいだの、目立たないだの。それだけならばまだいいけれど、おっちょこちょい、まぬけ、どじ、と……いくら自分で注意をしていても何故か、そう言われても仕方がないような失敗ばかりを繰り返してしまっている。その尻拭いを竹川先生にさせて――申し訳無さと恥ずかしさで地中深くに埋まりたくなる。

「何を考えているのですか?」

 突然顔を覗き込まれ、つばを飲み込んでしまった。

「いえ、あの……雨、止みませんね」

「朝から降っていますからね」


 竹川先生が立ち止まった。それにつられてこちらの歩みも止まる。

 窓の外を眺めているその横顔は格好いい。くっきりとした二重まぶたがうらやましいし、彫りの深さにも憧れてしまう。

「夕日、見られませんでした。上代《かみしろ》先生と二人で眺める時間を楽しみにしていたのですけれど、ね」

 目元をやわらかく緩ませた笑みを見せられて、鼓動が跳ねた。

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