さようなら。俺は君を捨てる


 自分が満たされていると気づいている人は、世の中にどのくらいいると思いますか。失った瞬間に大切さを知る、そんな話はいくらでも転がっていますよね。

 ああ、ほら、酒が切れてしまった。おかわりをお願いします。そう、バーボンをロックで。ブッカーズ、美味いですね。力強い味わいなのに、アルコールの嫌味な感覚があまりなくて。滑らかで柔らかな舌触りがまた、いい。オークの樽香にフルーティーさが加わっていて、どれだけ呑んでも飽きないな。

 話にも、付き合ってくださいよ。どこまで喋ったかな……そう、彼がね、目の前で自殺したんです。ええ、俺としても、まさか監禁されるとは思っていませんでしたよ。そうされたことで彼からより強い愛を感じたなんて。酔わないと言えないですね。

 何故、彼から逃げようとしたのかと尋ねます? ああ、うん。気になりますよね。そう、ですね……ただ、話しても理解できないかもしれないですよ。だって、自分でも勝手だと思いますからね。

 支え合える関係。いいですよね。憧れます。それなんですよ。ただ、俺は……自分だけが寄りかかりたくなかった。プライドなんて、ズタボロでした。そんな状態で同棲を持ちかけられまして。悩みましたけれど、頷きましたよ。今のこの状態を何とか変えたいと、その時は願っていたのでしょう。

 しかしさっき話した通り、同棲を始めてみても就職活動がうまくいかなくて。そんな自分をただ優しく慰めてくれる彼が、日に日に忌々しく感じるようになりました。金がないと言えば、笑顔で財布を出してくる。叱って欲しかったのでしょうね。俺は……今も昔も、大人にはなれなかった。ただ歳を重ねてゆくだけで、中身が成長できなかったんです。

 甘さに浸っていると、自分から、ぐずぐずに腐ってゆくような匂いが漂ってくるんです。このままではいけない、自分が駄目になる。そう己を叱り付けても――目の前に差し出される砂糖菓子を、つい手に取ってしまう。そんな時に感じる情けなさが、あなたにわかるでしょうか。

 愛とは、何なのでしょうね。執着心を愛と呼ぶならば、俺はこの、アルコールを愛している。ふふっ、愛していますよ。心からね。

 眠りに落ちる瞬間に今日も一日、自分が何も生み出せなかったと悔しく思う。そんな毎日を過ごしているとね、徐々に、感覚が鈍ってくるんだ。駄目な自分を溺愛してくれる男が傍にいて……余計に、ろくでもなくなってゆく。背中を叩いて欲しくてもそこを撫でられて。ええ、自分勝手ですよ。笑ってしまうくらいにね。

 俺には何も、なかったんだ。彼の笑顔にどんどん奪われていった。


- 44 -

*前次#


ページ:



ALICE+