幼い頃、ずっとずっと幼い頃だ。まだ何も知らなかった、子供の時。
お袋に教えて貰った 。「お姉ちゃんがいる」「今のパパと一緒になる前に、結婚してた人との子が居る」と。幼かった俺は、深くその言葉の意味を考える事はなかったが、一人っ子で、兄弟が居なかった俺は、素直にその時姉がいる、という事実に喜んでいた。

以前の、お袋の以前の夫と、別れた理由は教えてもらえなかった。というより、当時子供だった俺に話すような内容でもなかったんだろう。
今思えば、本来ならば隠したい筈の過去だった筈だ。それを教えてくれた理由には…"別れたくて別れた訳ではなかった"事、そして"別れた元夫が、娘に会うことを快諾してくれた"という事が理由に上がる。

今まで連絡を取ることを拒んでいたらしい元夫から、突然連絡があったとか。本来ならば、既にそれぞれ別の家庭を築いていたため、その連絡がなければ、会う事は無かっただろう。
「お姉ちゃんが、アドルフに会いたがってる」…お袋はそう言った。
元夫は顔を出さず、その姉だけが、俺とお袋に会うというのを条件に、約束を取り付けた。

だが、俺はその時…クレアに会うことは叶わなかった。
彼女は、俺と会う約束の日を迎える前に、



あいつはーーー




10:Alles auf der Welt ist kein Freund.



ーーー第二班が、脱出機の修理を終わらせ、第一班と合流するために移動する、その約一時間前の事。

「……どうしますか…。俺等は隣の第一班を助けに行くとして…、六班の救助は五班に頼みますか?」
「アネックス本艦にも、早く向かわなければいけませんね。ゴキブリに奪われる前に」
「そっちは、四班とかに任せますか…?」
「……………いやーーー」

通信機の電源をいれ、ある班に連絡をいれた。

「本艦墜落地(集合場所)へ向かってくれ。至急だ、アドルフ!」

通信を受け、簡潔な状況説明を受けた後、アドルフは通信を切った。
アドルフ達第五班の乗る脱出機の周りには、何体ものテラフォーマーの死骸が転がっており、既にテラフォーマーとの戦闘を終わらせた後だった。
脱出機の外で、まじまじとテラフォーマーの死骸の残骸を観察するイザベラに声を掛ける。

「イザベラ、乗れ。アネックスへ向かう」

イザベラが脱出機に乗り込んだのを確認し、移動を開始した。
それから間もなく雨が降りだし、視界が悪くなったのにも関わらず、ゴーグルを付けずにスピードを上げて脱出機を運転するアドルフ。
そこで、エヴァはあることに気付いたーーー

「(え…凄い…どうして?レーダーにゴキブリ(?)が映るより前に避けている…これはーーー班長の特性…?)」

レーダーの隅に反応は映るものの、テラフォーマーとの確実な接触は避けている。レーダーを頻繁に確認しているわけでもなく、前もって探知し意図的に避けているようだ。

「…離陸(と)ぶぞ、掴まーーー…ン!?おいおい…!!」

離陸しようと脱出機の形体を変えようとした時だ。アドルフは驚いた様子で慌ててハンドルを切る。

「何…!!!でだ、よッ!!」
「え!!?」

突然レーダーに、猛スピードでこちらに向かって走ってくる、"脱出機と、それに乗っているらしいテラフォーマーの反応"が映っていた。

次の瞬間には、凄まじい衝撃が第五班の脱出機を遅い、機体が弾き飛ばされた先は、運が悪くも崖だった。
不運にも、雨で滑りが良くなっていた地面に車輪は滑り、崖の斜面を機体は滑り落ちていった。機内に乗組員達の悲鳴が響く。
崖はそこまで高く無かったが、辺りを急な斜面な取り囲む"溝"になっており、地形を把握したアドルフは声を上げる。

「"ここ"はマズイ!!!押し返すぞッ!!」

ハンドルを切り、崖の斜面を登ろうと車輪を回すが、上に居る脱出機の方向とは逆の方角から銃が撃たれ、車輪を破損させられた。

「くそッ…!!」

悪態をつき、撃たれた方を見ると、一匹のテラフォーマーが銃を持ち、立っていた。
そして、脱出機に書かれているナンバーは、"4"ーーー…中国、第四班の脱出機だった。

「………まさか"第四班の裏切り"じゃあ…ないよな?」

先程の、ミッシェルとの通信での会話を思い出す。

「本艦墜落地(集合場所)へ向かってくれ。至急だ、アドルフーーー

中国や、ロシアよりも早くだ」
「……!了解…」


ミッシェルからの指示を受け、集合場所である本艦墜落地に向かっていたアドルフは、道中あるものを見付けていた。

「さっき言ってた中国なんですが…全滅しています」
「!?」
「…多分ね。判別不明の焼死体が17体。バッジとIDタグは第四班の物です」
「…焼死体だと?」


アドルフ達が見つけた死体は、全て性別や顔が分からないほどに焼け爛れていた。

「えぇ…ただのゴキブリの仕業じゃない。"人間の裏切り者"か……若しくはーーー

"火器を得たゴキブリ"か」



「………じょうじょ」

第四班の脱出機から出てきたのは、異様に身体の筋肉が発達した、立派な体躯のテラフォーマーだった。そして、ゾロゾロと第五班の脱出機の周りに、テラフォーマー達が集まってくる。
顔面を蒼白させるエヴァの頭をイザベラがくしゃっと撫でる。

「待ってな、イイコで」
「……さて、」

脱出機の外に出たのは、戦闘員であるイザベラ、そしてアドルフの二人。

「やる事は一つだイザベラ。四班(中国)の脱出機を奪え。あの無灯火運転のデブからな」
「ウス」

首に注射型の薬を打ちながらイザベラは応える。

「向こうのどう見ても300匹近くいるのは、俺が相手しよう」

銃を手にしたテラフォーマーが、銃口をアドルフに向けた。ーーーだが、発砲される前に、銃口に不思議な形をした、手裏剣のようなものが突き刺さる。
瞬間、ビリッと放電したその手裏剣は、銃を破壊した。銃を持っていたテラフォーマーも感電したのか、身体が痺れその場に倒れ込む。

「………あんまりよォ…、寄って集って、虐めるもんじゃないぜ…?」

ジジ…ッと、コートのチャックを下ろし、隠していた口元を露にしていく。アドルフの顔は、口元から頬にかけて酷い火傷を負っており、特に口元の火傷が酷く、左頬からは歯茎が剥き出しになっていた。


「…信じるしかない…アドルフの強さとーーー…人間の強さを」

帰りを待つ人のためなら、人間(私達)は、どこまでも強くなれる……



「人間はな、弱いんだよ」

その『雷のようなもの』を、人が自在に生み出せる様になったのは、実に19世紀に入ってからの事。1831年、マイケル・ファラデーによる、『電磁誘導の法則』の発見が、後の"発電"の原理となる。

その後、『高電圧による処刑』
1890年、アメリカ、ニューヨーク州にて初執行。
『電波による索敵』
1940年、イギリス空軍により、初の実戦投入。ーーーしかし、

この『科学技術』を、生まれつき操る生物がいる。

遠く南米アマゾン、大河の食物連鎖の頂点。姿形が似ているために"そう"呼ばれているがーーー
実際には『アンギラ(ウナギ)』とは全く異なる進化を果たした種………、


『電気鰻』 一属一種の"電撃生物"である。


「テラフォーマーに対して銃火器は」ーーー
「効果よりも奪われた際のリスクの方が圧倒的に大きい」…

そのため、徒手で"銃を持ったゴキブリ"に、対抗し得るよう『M.O.手術』が施された訳であるが、一部の者は、より確実に効率よくゴキブリを制圧する為ーーー

『己の技術』か、『己の特性を最大限に活かすもの』という条件付きで、『マーズ・ランキング』の15位以内に限り、武器の携帯が許可されている。
ゴキブリが、この『妙な形状の手裏剣』を、もし奪ってもーーー『手裏剣』としてしか扱えない。

「……じょ…」

銃口に突き刺さった手裏剣を抜こうとしたが、未だ電気を持つ手裏剣感電するのみで引き抜くことが出来ない。
「ジョウジ!!!」という、四班の脱出機を奪ったテラフォーマーの掛け声と同時に、周りのテラフォーマー達は動き出した。

脱出機から飛び降りたアドルフは、コートの下に携帯していた手裏剣を使い、先ず目の前にいた一匹のテラフォーマーの胸に手裏剣を突き刺す。そして、その両脇にいたテラフォーマーにも同様に、近付いてきた5体のテラフォーマーに手裏剣が突き刺さった。
手裏剣を刺しただけではテラフォーマーを止めるには至らない。

棍棒を手にしていたまだ手裏剣を受けていない一匹が、アドルフ目掛けて振りかぶる。それを避け、人差し指を挙げた状態の右手を掲げ、そのテラフォーマーの胸にトン…ッと触れる。

その瞬間、棍棒を持つ一匹を伝うように電気が流れ、6匹全てが感電した。
先程の銃を持っていた一匹が、感電したときの比でない威力の電気が流れ込み、テラフォーマー達は同時に倒れた。


所謂発電魚の"発電"の仕組みはーーー

神経繊維と接触する筋肉の一部分が『発電板』という細胞に変化しており、他の生物と同様に神経から生ずる僅かな電流(シナプス電位)を、完璧に計算されたかの如く整列した『発電器官』によって、極限まで増幅している事に依る。
『発電板』一つに生ずる電位は、150mV(ミリボルト)。それが直列に5千〜1万並んだ物が『電気柱』。更にそれが並列に数十本並んだ物が『発電器官』である。
中でも、強電魚と呼ばれるデンキウナギの放電は、一線を画しており、その威力は20kg級の個体で860V以上とも言われている。これは、定位やせいぜい威嚇を主な用途とする他の発電魚と違いーーー

獲物や、敵(ワニ)や、人体を、"殺傷する"ために進化したものである。

88kgのアドルフの全身の筋肉が、全て"発電器官(electric organ)"を具えていたならーーー

『表皮』に軽度の感電。
『気道』T度熱傷。
『食道』U度熱傷。
『食道下神経筋』 破壊。
ーーー『テラフォーマー』サンプル6体

「捕獲」

戦うアドルフの様子を、脱出機の巨漢のテラフォーマーは腕を組み、見下ろし観察していた。

「オイ、よそ見してんなよ」

薬を打ったイザベラは、そのテラフォーマーの前に出た。巨漢のテラフォーマーはイザベラを一瞥し、近付いてくる。

「残念だなその筋肉…、ゴキブリ野郎じゃなきゃあ、タイプなんだけど」

イザベラは不敵に笑い、その体は人為変態を始めた。
第五班の脱出機の中で、非戦闘員のエヴァを含む他の乗組員達は、アドルフの戦いを見て息を飲む。

「こ…こりゃあ車から出るなって言われる訳だ…。俺等出ていっても、足手まといどころか巻き添え食らうだけだもんな…」

雨が降っているこの状況で、人為変態しているアドルフに安易に近付けば、テラフォーマーだけでなく仲間も感電してしまう恐れがあった。

「…クラウディアさんなら、班長と一緒に戦えたかもしれないのにな…」

一人の乗組員の呟いた言葉に、エヴァは俯く。そして不安気に再度顔を上げ、戦うアドルフを見つめる。

「………(あぁ……、)」


ーーー悲しい


ーーー因みにだが……、
デンキウナギは、電撃を放つ際に、当然、自分自身も感電している。
しかし、分厚い脂肪の層が、絶縁体の役目を果たすことで、致命傷を免れているのだと言う。

そしてそれは、全身に安全装置を埋め込んだアドルフも同様である。


最初の感電は、確か 8つの時

親父とお袋は、『バグズ手術』に失敗して死んだ。
その次に、俺が標的にされた。
当時、実験段階だった『M.O.手術』のモルモットとして。

既に、人に買われた人生。
将来就く軍役(仕事)も、実験に協力する事も、全てが決められた人生……
監視の目を掻い潜ってーーーどうやって死のうか……それだけが目標だった。

ーーーヤツと出会うまでは。




インドネシア原産。コロギス上科。
超大型昆虫ーーー『リオック』
それが、イザベラの手術ベースの生き物である。

食性、肉食。
脚力、バッタ目に特有。非常に強い。
気性、非常に獰猛。

マーズ・ランキング13位に属するイザベラは、非戦闘員の多い第五班にとって、貴重な戦力である。
触覚が生え、両手両足が変態し、爪が生え強固になった。向かってくる巨漢のテラフォーマーの頭上に、その強い脚力で飛び上がり、襲い掛かる。

ーーーだが、次の瞬間には、イザベラの上半身はバラバラに粉砕されてしまった。巨漢のテラフォーマーによる一撃で、もはやイザベラの元の姿を保ってはいなかった。
イザベラが殺され、顔を青くさせる乗組員達は、脱出機の中からただ見上げる他なかった。バラバラになったイザベラの肉片や血飛沫が、脱出機の上に落ち、雨で洗い流される。

「じょ うじ」

巨漢のテラフォーマーは、今度はアドルフへと標的を変え、大きな巨漢であるにも関わらず、身軽な動きでアドルフのいる場所目掛けて飛び上がった。

「(何故、こんな事を思い出している)」

消えない 悲しみが

「(こんな時に)」

悪夢が消えない
殺せーーー


「(黙れ、1年前の事だ)」

殺せ

「(1年前に発覚し、1年前に終わった事だ)」


殺してくれ



「…誕生日おめでと」

笑いながら、アイツは俺の首にマフラーを巻いた。12月25日…16の誕生日の時だった。

「う〜ん…いかんな、やっぱり似合う。これで他の女の子がアドくんの隠れイケメンぶりに気付いたらいかんな…やっぱ返して」
「いいって、ありがとな。……心配すんな」
「ンフフ、本当に大丈夫〜?」

「にしても、12月25日生まれなんだよね、アドくん。親からのプレゼントと、クリスマスと一緒にして一つしか貰えないでしょ」
「ん?………あぁ……、…皆そうじゃねーの?冬生まれのヤツって」

「あたしはちゃんともう一個あげるけどね、プレゼント」
「えっ、悪ィよそんな…」
「いーからホラ、前向いてなさい」




「!」

飛び掛かって来た巨漢のテラフォーマーはアドルフに殴り掛かる。だが、拳は"アドルフを避けるように"すり抜け、当たることはなかった。

ーーー『より頑丈な子孫を』
『より多く残す』ーーー つまり、『適応する』

そのためには、どうするのが最も適しているのかーーー、一旦"人間としての"尊厳を捨てて考えてみよう。20世紀英国の進化生物学者ヴォークらの調査である。
男性を浮気相手として見る女性の多くは、より"男性的"な顔の男を好む傾向にあるという。

そして、次の問題。

"その男は、体は頑丈だがとても暴力的で浮気性だ"
"つまり、精子としては優秀だが夫には敵さない"
"“さて困ったぞ”……"

心を持たぬ鳥や猿は、この矛盾を簡単に解決する。


ドンッ!!と、指を巨漢のテラフォーマーの左目に突っ込んだ。同時にテラフォーマーもアドルフの身体に腕を回し、力を込める。
メキメキと嫌な音をさせながら、感電しつつも、テラフォーマーはアドルフを締め付ける腕の力を緩めない。

「惚れた弱み」などと言う
生易しい物ではない

あいつは、俺を、人間にしてくれた。


「(ーーーなぁ…、俺さ……俺はさ…)」

俺は、お前みたいになりたかった。
人間になりたかったから。

なぁ…どうしてだよ


そんな、動物みたいなこと するなよ…




アドルフの息子は、モザイクオーガンを持っていなかった。

それ以上ーーー 彼は、聞けなかった。どうしても。

それは、彼が恐れたから。
虐待された子供が、尚も家を失うのを恐れるように、
彼もまた、失うことを恐れたから。

それは、アドルフ自身の弱さか、
それとも、人間の弱さなのか。

ズル…ッと、テラフォーマーの腕の力が抜けた。テラフォーマーとアドルフは、同時に膝をつき体勢を崩す。
テラフォーマーは感電し、絶命していた。アドルフは倒れはしなかったものの、身体を圧迫された際に身体の内側にダメージを負っていた。息が上がり、吐血する。

「ハァ…ハァ…」

あいつに貰った人間のーーー

俺は、すっかり分からなくなってしまった。
もう電極に繋がれた鰻にさえも戻る事が出来ない。
分からないまま火星に飛ばされた。
それは、突如再開した火星計画によって、かつて俺を買った連中が半年前に決めた事だった。


「…どうした…、もっと…もっと…、来い……!!


殺して、やる」

頬を伝うのは雨なのか、自分の涙なのか、アドルフ自身、もはや分からなかった。

その時、脱出機とは別の何かのエンジン音が響き渡った。それは徐々にアドルフ達のいる所に近付いてきて、エンジン音が止まると、崖の上に小さな小型の車が現れる。
その車には、5匹のテラフォーマーが乗っており、その内の一匹のだけ、他のテラフォーマーとは何かが違っていた。アドルフ達を取り囲んでいたテラフォーマー達が一斉に背筋を伸ばし、敬意を表すかのような姿勢を示す。

「じじょうじじよじじょおぉじょぎじーーーじぎぎぎ、じょうじ!じょうじょうじじょうじょうじじょ」

そのテラフォーマーだけ、腰に白い布を巻き、額には他の個体にはない模様があった。恐らく、この一匹が、他のテラフォーマーをまとめるリーダー格なのだろう。
ニヤリと、醜悪な笑顔を浮かべるそのテラフォーマーは、アドルフたちに指を差す。すると、車に乗ってきたテラフォーマーの一匹が、白い布を棒に巻いた物を取り出した。

「("は…た…"?)」

それは白い旗だった。旗を掲げると、他のテラフォーマー達は一斉に叫びだす。

「ジョウジ!!」
「ジョウジ!!」
「ジョウジ!!」
「ジョウジ!!」
「ジョウジ!!」

「……じょうじ」

その様子に、満足気に頭(かしら)のテラフォーマーは頷いた。

状況は絶望的だった。
頭のテラフォーマーが現れ、更に統率の取れたテラフォーマー達は、アドルフを徐々に、徐々に追い詰め、消耗させていく。
イザベラが殺された今、幹部乗組員であるアドルフとはいえ、300匹近いテラフォーマー達の相手をし、

遂には、立っていることも出来なくなり、崖下の隅に追い込まれた。

「(ああーーー……)」

ああ……、
……ああ………、

ああ、 利用されるだけの人生だったなぁ……

エヴァ…
イザベラ…
みんな…

ゴメンな…

もう ダメだ…


死ーーー



全てを諦め、目を閉じた。その時だったーーー

「うわぁあ!!!」

叫び声がアドルフの耳を突き、アドルフの目の前に迫っていたテラフォーマーは網に捕らえられた。
声を上げ、駆け付けたのは、人為変態し網を持った非戦闘員の乗組員達だった。

「(え………?)」

状況を理解し切る前に、エヴァがアドルフの身体を抱えて、引きずりながら脱出機の方に必死に運ぶ。88kgあるアドルフの身体を直ぐに運ぶことは、エヴァには無理だった。

「エヴァっ!!!班長を連れて逃げろ!!!」
「ここは俺等が死ん、」

ドスッと、一匹のテラフォーマーがエンリケの胸を貫いた。

「……っ、死んでも…っ!う、う"う"ぅ!!」

胸を貫かれた状態で、人為変態し鋭くなった牙をテラフォーマーに突き立てる。そして、それ以上前に行かせまいと必死に踏ん張った。

「(…………やめろよ……)」

ジョハンは2匹のテラフォーマーの脚に組付き足止めするが、人為変態し背中に出来た甲羅を、棍棒で何度も殴り付けられていた。甲羅に皹が入り、吐血しても、離すまいと腕に力を込める。
アドルフを抱えて逃げるエヴァに近づいたテラフォーマーの前に、アントニオが飛び出し、胸を貫かれた。

「いつも…ッ!!いつも、アドルフ班長に助けてもらった…!!!」
「俺達…ッ、地球でも火星でも…役立たずのゴミクズだけどよぉ……!!」

「(違うんだよ……お前等が逃げろよ……)」

俺は……、俺は、もうーーー

「……だけど、ここでアドルフさんの事見捨てて逃げたら、俺等本当の屑になっちまうよ……!!」
「約束したんだよ俺達は…!絶対、また会おうって…!」


「このままじゃ、クラウディアさんとの約束守れねぇよッ!!!」

「ーーー………………」



………クラウディア…?



「じょう、じじじょ」

抵抗する人間達の姿を見てから、頭のテラフォーマーは他のテラフォーマーテラフォーマーに指示を出す。

ガシャンッ
テラフォーマーが取り出したのは、四班の脱出機に積み込まれていた物と思われる、テラフォーマー用の捕獲網だった。
それを構え、照準を合わせ、他の乗組員達を捕獲する。

「あぁ"あああ!!」

次々に捕らえられ、残ったのはエヴァと、アドルフだけだった。
テラフォーマーは捕らえた乗組員達を殺さず、ズルズルと引き摺り連れていこうとしている。

「エヴァ…!逃げて……ッ力の限り逃げて…ッ!班長と……他の班と合流して…ッ!ワクチンを造って…!!お願いよ…!私の息子を助けて…」

仲間の悲痛な叫びを聞きながら、アドルフの身体を支えるエヴァは気付いた。少しずつ、アドルフの身体が冷たくなってきていることに。

「……ッ、班長っ…やだ…ッ冷たい……心臓が…ッ!いやだよ班長ぉ…っやだよぉおおお!!」



「ーーー……好きなの?生き物とか」
「えっ?」
「特にお魚」

……何だ、『あの日』か…

「だってフツー知らないよ、デンキウナギの発電の仕組みとか」
「好き…?うーん…(考えたことなかったな……)」

……良く分からない施設だったな。『生き物ふしぎ博物館』的な…
その割には、普通の犬とのふれあいコーナーとかあったし………謎だ。

「ーーーそうだな…、別に望んで"そう"なった訳じゃないし……ただの実験だろうし、何の役にも立たないけど、…けどそうやって、俺の人生と関わったヤツは何であれーーー」
「?」



「…好きだよ、俺は」




バコンッ!!!

冷たくなってきていたアドルフの身体に、強い電気が一気に流れた。流れた、というよりも、電気で何かを"叩いた"かのような音だった。その衝撃で、アドルフの身体が一瞬跳ねる。

「…………え…」


ーA・E・Dー
(電気ショック除細動器)

その使用目的は、不整脈(心室細動)を起こした心臓をーーー 『停止させる』ことにある。一度完全に停止した人の心臓は、

魂が、
生きる意志が、
まだ其処に在れば、

再び熱つく、規しく、鼓動を刻み始める。

それは、持って生まれた筈の感情だった。
アドルフの心臓を叩いたのは、遠い昔にメスで切り取られた"その感情"だったーーー…


"悔しい"ーーー!



「うおおおおおおッッ!!!!!」

空が光り、次の瞬間には、サンプルとして捕らえていたテラフォーマーの胸に刺さった手裏剣目掛け、凄まじい威力の雷が落ちた。
テラフォーマーの体は跡形もなく消し飛び、そしてーーー…アドルフは立ち上がった。

「…………悔しい……、悔しいよなぁ…お前等……」

薬を取りだし、そのケースを強く握り締めた。

「待ってろ…ッ 今助ける…!!」

ーーー何故、一瞬でも、アイツの事を忘れていた。

ずっと、利用されるだけの人生だった。
もう、いつ死んでも良いと。

だが、アイツは違った。アイツだけは、俺に寄り添ってくれた。

1年前の事が分かっても、何も言わずに傍にいたのはクレアだけだった。
俺に子供が出来て、喜んでいたアイツだって、その事実に胸を痛めてくれていた。


「………皆を頼んだ、アドルフ」


いつでも、強気で、弱みを見せないクレアが、あの時僅かに震えていたのは気付いていた。

気付いていたのに、それなのに俺は、

生きることを諦めかけた。



「……じょおおじ……じょおおじ」

立ち上がったアドルフを、じっと頭のテラフォーマーは見下ろしていた。アドルフは、頭のテラフォーマーを一瞥し、睨み、見上げる。



まだ死ねない
死んでなどいられない

ーーー俺は、


俺は、こいつ等と アイツの元に帰る




「道を……、   退けッ!!!」



『アドルフ・ラインハルト』
出身国・ドイツ
27歳 180cm 88kg

M.O.手術 "魚類型"
ーデンキウナギー

『マーズ・ランキング』
2位






10:世界の全てが味方じゃなくても