アネックス1号、火星墜落まで 
―――約40分



04: Gib dein traumendes Herz nicht auf.



『こちら小町小吉、"アネックス1号"艦長!

現在、メインのエンジンに支障をきたし、徐々に火星地表へと下降している。本艦での着陸は困難となったため、総員、直ちに脱出機格納エリアへ移動する事!』

小吉からの放送が艦内中に響く。
侵入したテラフォーマーから逃れようと、少しずつ生き残った乗組員達が脱出機格納エリアへと集まっていた。

「もう大丈夫だ」

乗組員の大半が集まっていたAエリアに、ジョセフが現れ、腰を抜かしていたエヴァに手を差し伸べる。

「ここは俺に任せて!皆早く脱出機へ!ヴィルさん、エヴァちゃん頼んだ!」
「エヴァさんこちらに!」

エヴァの手を引き、残っていた乗組員を引き連れAエリアから離れる。

バンッ バンッ、と…何かがAエリアにある天窓を叩いた。
そこには大量のテラフォーマーが貼り付いており、窓を破ろうと叩いていたのだ。既に火星の地表は目視で確認できるほど近くまで墜ちており、地表から飛んできたと思われる。

「うわ、スッゲ…、集まり良すぎでしょ君のお仲間。他に予定ないの?」

あまりの数に冷や汗をかきながら、ジョセフは目の前のテラフォーマーと向き合った。



「皆落ち着いてッ!!脱出機は直ぐそこだから!」
「……!シーラ!」
「マルコス!?良かった無事で…」

「エレナ!」
「!、クラウディア!無事だったか!」

逃げる乗組員を先導していたのは、第三班の『エレナ・ペレペルキナ』。イワン・ペレペルキナの姉である。
脱出機格納エリアの出入り口の前で、クラウディア達は膝丸、マルコス、シーラ達と合流する。続々と乗組員が集まってきており、格納エリアの扉の前では大混雑が起きていた。

「俺等も今来た所だ。開けるぞ…、皆下がってろ」

既に格納エリアにもテラフォーマーが侵入しているかもしれない。
膝丸は警戒しながら、格納エリアの扉に手を伸ばし、扉を開く。

「…ッ、アドーーー」
「アドルフッ!!」
「!」

扉を開いて直ぐ目の前で、アドルフはテラフォーマーと交戦していた。
入ってきた膝丸と、直ぐ後ろに居るクラウディアに気付いたアドルフは振り返る。

「………下がってな」

"薬"を構え、後退するように促すアドルフに、テラフォーマーは背後から掴み掛かった。



「(やはりプランδか…、燈達も脱出機に着いただろうか)」

ミッシェルはシャワールームに侵入したテラフォーマーと交戦していた。
殴り掛かってきたテラフォーマーに対し、無駄の無い動きで交わしながら、テラフォーマーが持ち込んでいた棍棒を、テラフォーマーの脚の間に引っ掛けバランスを崩させる。

ズンッ!!
テラフォーマーの腹部に、ミッシェルの拳がめり込んだ。
まだミッシェルは"薬"を使っていない。生身であるにも関わらず、小柄な女性から放たれた一撃とは思えない威力だった。

それは、ミッシェルが膝丸と"同じ"である事に理由がある。

「ゲスめ」

シャワーのお湯を止め、先程ジョセフから渡された注射タイプの"薬"を取り出し、首に注射の針を打ち込んだ。



「……怪我は無いようだな、クレア」
「どうにか、悪運に恵まれてね」

「……つ……強ぇ……」

目の前で行われた圧倒的な幹部乗組員の闘いに、膝丸だけでなく他の乗組員も圧倒されていた。
その間にも格納エリア前には乗組員が集まり、いつテラフォーマーが来るかもしれない焦りと恐怖からか軽くパニックになっていた。

「おーちーつーけー、一兵卒ども」

焦り喚く乗組員に声を掛けたのは劉だった。その後ろから小吉を始めに他の幹部乗組員が集まってくる。

「内部まで侵入したゴキブリの数はーーー6匹!」
「丁度幹部(僕等)と同じ数でしたね」
「さァみんな!」

「「「脱出(で)るぞ、隊列(なら)べ!!」」」

幹部乗組員達の手には、変わり果てたテラフォーマーの死骸が握られていた。
真っ二つに裂かれたもの。内部から焼かれたのか焦げた臭いと煙を発するもの。原型を留めず破壊されたもの。内部から破裂したような大きな穴を開けたもの。……など、様々な倒し方をされていた。
幹部乗組員全員無傷であり、他の乗組員とは違う圧倒的な実力差が伺える。

「エヴァ、大丈夫か?」
「クラウディアさん…!」
「クラウディアさんご無事でしたか!」

ヴィルヘルムに連れられていたエヴァを見つけたクラウディアは傍に駆け寄る。
すると、アドルフがエヴァに向かってタオルを投げた。

「エヴァ、拭いとけ。濡れると危ない」
「………っ!!」
「………アドルフ、お前はもう少しデリカシーと、」
「女心を学ばれた方が良いかと」
「何だお前等揃って」

アドルフなりの気遣いだったのだろうが、当のエヴァは相当恥ずかしかったらしく、タオルに顔を埋めて固まっていた。

「全隊ィィーーー、気を付け!!!!!」

アシモフの迫力のある号令が響き、他の乗組員は反射的に肩を強張らせ、背筋を伸ばす。

「先ずは深呼吸ーーー、ハイ、吐いてー吐いてー、肺の下の方まで全部ぅフ〜〜〜…ハイ、吐き切ったら3秒停止!…………はいオッケー、勝手に呼吸が整っただろぉ〜〜?」

あれ程慌てていた乗組員達の呼吸が整い、落ち着きを取り戻していた。

「えー、色々言いたいことはあると思うが…この通りだ。静聴!!!小町艦長より作戦の説明がある…全隊そのまま」

「これより緊急プランδに則りーーー

6機の『高速脱出機』による、火星への着陸を開始する!!!
これより6機の高速脱出機に乗り込み、班毎に分かれて本艦を離脱する!!!

日米合同第一班、班長、小町小吉(俺)!!
日米合同第二班、班長、ミッシェル・K・デイヴス!!
ロシア・北欧第三班、班長、アシモフ!!
中国・アジア第四班、班長、劉!!
ドイツ・南米第五班、班長、アドルフ!!
ヨーロッパ・アフリカ第六班、班長、ジョセフ!!

同時に迎撃されるのを防ぐため、6方向に射出されるが、着陸後は無線で連絡を取り合い、本艦墜落地点へ集合すること!いいな!?」

「「「はい!!」」」
「行くぞ!!」

小吉からの説明を終え、乗組員達はそれぞれの所属する班毎に集まり、離陸準備を始める。
ここで一時離れる事になる膝丸達は、顔を見合わせた。

「シーラちゃん…皆…」
「大丈夫だよエヴァ、別の班だけど…幹部の人達は凄く強いから」

膝丸、シーラ、マルコス、アレックス、エヴァの五人は円陣を作り、拳を突き出す。

「…死ぬなよ、皆…。また、地上で!」

五人は拳をぶつけ合い、それぞれの班に合流するべく離れた。

「………」
「…クラウディアさん?」

膝丸達の様子を眺めていたクラウディアの様子に気付いたヴィルヘルムが声を掛ける。
が、「…何でもない。お前も早く自分の班に行け」と、気に掛けるヴィルヘルムから顔を背け、所属班である日米合同第一班の乗り込む脱出機に向かおうとする。

「………クレ、」
「クラウディアさん!」

クラウディアを呼び止めようとしたアドルフの言葉を遮ったのは、ドイツ・南米第五班の乗組員達だった。

「クラウディアさんお気を付けて」
「他人の心配してないで、自分の事優先しな」
「けど、クラウディアさん、アドルフ隊長と離れてしまうから心配で…」
「「いや、何でだよ」」

本気で心配そうな顔をするドイツの女性乗組員に、思わず言葉を揃えて突っ込むクラウディアとアドルフ。そこで二人の眼が合った。

「…また後でな」
「…あぁ…、気を付けろ」
「そっちもな。………皆を頼んだ、アドルフ」

口元は隠されていて見えなかったが、少し表情が優しくなり、そっと抱き締め、背中を少し強く叩いた。
「アドルフ隊長だけズルい!!」と、ドイツ班のイザベラがクラウディアに飛び付いた。少し驚いたクラウディアだが、そのままイザベラの頭を撫でる。

「無茶するなよイザベラ」
「大丈夫大丈夫!」
「クラウディアさん…」

まだ不安気な表情を浮かべるエヴァに対し、優しく頭を撫でて互いの額を
コツンと合わせた。

「エヴァ、アドルフを頼むな」
「えっ?」
「お前も知ってるだろうが、アイツ優しいくせに不器用だから、無茶しがちでな。任務中、無理をする事もあるだろう

お前達の隊長は強い。有事の際は、非戦闘員のお前は隊長に頼れば良い。
だけど…もし、アイツが…無理をしそうになったら、その時は、エヴァ達に頼みたいんだ」

「私は、直ぐ傍にはいられないから」と、エヴァの頭を撫でるクラウディア。その撫でる手が優しく、傍にいられない自分の代わりに、自分達に頼ってくれているのだと分かり、エヴァは堪らずクラウディアを抱き締めた。

「うううう…ッッ」
「エ、エヴァ?」
「…元気付けてるんじゃなかったのか?泣かしてどうする」
「待て誤解だ」

慌てて今にも大泣きしそうなエヴァの頭を撫でる。だが、二人のやり取りを見てか、第五班のメンバーは少しだけ緊張で強張っていた表情を緩ませていた。

地上に降りれば任務が始まる。全員無事で帰れる確証などない。それでもーーー

「イザベラ、ワック、サンドラ、エンリケ、フリッツ、アントニオ、ジョハン、レイシェル、ミラピクス、エヴァ………アドルフ、また後で」
「……あぁ、…また後で」

ーーー必ず、合流地点でまた会おう。

第五班のメンバーの元を離れ、日米合同第一班のメンバーと合流する。全員が高速脱出機へと乗り込み、アネックス1号からの射出準備を始める。
準備が終え、射出口を開けると何匹ものテラフォーマーが集まっており、開いた射出口から入り込もうとしていた。
が、テラフォーマーが入り込む前に、高速脱出機は6機同時に、乗組員を乗せて射出された。その時の衝撃に巻き込まれたのか、何匹かのテラフォーマーはバラバラに砕け散る。

暫く射出された際の重力に耐えていたが、高速脱出機からパラシュートが開き、スピードを軽減させながら火星地表に着陸した。

「良いぞ、マスク外して」

幸運な事に、日米合同第一班の脱出機が着陸した辺り周辺に、テラフォーマーの姿は無く、いきなりテラフォーマーに囲まれるという事態にはならなかった。
辺りは一面黒い苔で覆われ、害虫がいるという点を除けば、綺麗な星と言える光景だった。

「おぉ…」
「息苦しく……ない。確か今、火星(此処)ってアンデスのてっぺん位の酸素量なんですよね」
「すげーな、"手術"にはこういう効果もあるのか」

感嘆するマルコスだったが、小吉は焦っていた。
高速脱出機にも、プランδを実行する際に必要な"薬"は詰まれているが、その数はあまりに少なく、緊急時の予備程の量だった。
本来はアネックス1号本艦を拠点とする予定だったため、多くは積まれていなかったのだ。

「大丈夫かな…他の隊の皆は。ちゃんと着陸出来たのかな…」

その時、脱出機に通信が入る。
通信機から声がしたのはミッシェル、日米合同第二班からだった。

『こちら日米合同第二班、ミッシェル・K・デイヴス!各班着陸成功の旨連絡せよ』
「…第二班も無事に着陸したようだな」
「良かった…」

一先ずほっと胸を撫で降ろすシーラ。
テラフォーマーを探知するレーダーを確認すると、この近くにテラフォーマーはいないようだ。

「………良し、移動するぞ」
「乗り物とかは?どうやって…」
「脱出機(これ)がそのまま車に変形する。先ずはミッシェル達第二班と合流する。ランキング上位で信頼出来る仲間が揃い次第ーーー

アネックス1号のウィルス研究設備を、奪還する」

西暦2620年4月12日
火星探索チーム95名。地表に6手に分かれて不時着。

『A・E(エイリアン・エンジン)ウィルスサンプル獲取任務』及び、『ゴキブリとの戦闘』 開始



ーーー地球からの救助艦到着まで、40日ーーー





04: 夢見る鼓動を諦めないで