膝丸が、悪気は無かったものの、シーラの好きな人が小町艦長だとバラしてしまって一悶着があった、それから少し経った時の事。

「シーラが艦長を好きになってたけどさ…お前は…シーラに気持ちねーの?」

談笑していた時に、ふと膝丸が気になっていたことをマルコスに聞いた。

「『飽くまで只の幼馴染み』?15になっても20になってもずっと?いや違うね、俺には分かるぜ。いつからか…、…俺がそうだったからな」

膝丸からの質問に、首を捻らせ考えるマルコス。

「…まぁ全く無いと言えば嘘になるな」
「ぶははは!!出た、その便利な言い回し!」
「うるせい

けど、本当にそういうんじゃないんだよ。可愛いとか、好きだとか、やりたいとか…そういう“普通“の感情はーーー…全く無いとは言わんけど…
そんなものを大きく超越している…尊敬しているんだ。なんつーか、上手く言えねーけどよ…

『もし自分が女に生まれていたら、こんな女になりたい』、そんな風に思うようなーーー…強いて言うなら…



憧れなんだ」

そう語るマルコスの表情は、とても優しかった。



07:Die Ecke der Welt, die du gesponnen hast.



網は張らない
駆使うのは体毛と、8つの目と、手足の筋繊維

パァンッ 破裂するような音が響く。
テラフォーマーの顎を殴りつけ、そのまま首が千切れ飛んだ。
次々に、テラフォーマーを怒濤の勢いで倒してくマルコスだったが、その眼には涙が滲んでいた。

「あんた等がマルコスとアレックスね!」

互いの両親に連れられ、シーラの家へとやって来たマルコスとアレックスは、その時初めてシーラと出会った。

「良いこと!?ウチの敷地で暮らすなら、今後みだりに外で暴れることを禁じます。家主としての命令よ!」

この時からしっかり者だったシーラは、当時荒れていたマルコスとアレックスに対しても、物怖じすることは無かった。

「「………」」

「オイ何だこのメスガキ、剥いちまうか」
「お前の妹じゃあないの?じゃあ只の肉塊だな」
「わーちょっ!ストップストップ!!」

最初の出会いこそ良いものとは言えなかったものの、三人は少しずつ距離を縮めていった。ーーーそんなある日の事である。

「この人数に勝てると思ったのかよ?」

マルコスとアレックスの二人は、複数人のチンピラ達に絡まれ、多人数には敵わず、殴られ蹴られと路地裏に追い詰められていた。

「早く頭下げろって!ジョニー君はここは仕切ってるギャングのヘッドのいとこの友達の弟なんだよ?」
「他人じゃねーか…、っ!」

その時、二人の間に入ったのがシーラだった。

「何だぁこの女?お前が代わりに責任とってくれんの?」
「そーよ!」
「!?」
「オイしゃしゃり出んじゃねーよシーラ…」
「いや!

逃げなさいあんた達。
従業員助けんのが、家主の務めでしょ」

腕を広げ、二人を庇おうとするシーラの背中は、小刻みに震えていた。………そして、

「あんだ等何で逃げないのよぉ〜〜〜!!ア"ーーーホーーー!!」
「「勝ったんだから良いじゃん…」」
「あれは相手が『殴り飽きた』ってゆーの!!も"〜こんなに怪我して!死んじゃうかと思ったんだから!!」

更に怪我を増やした二人の手当てをしながら大泣きするシーラ。流石にバツが悪いと思った二人は、互いに顔を見合わせる。

「わーったよシーラ…もうヨソの子との喧嘩は控えるわ…」
「控えるじゃなくて!!!」
「………やめます」
「良し!!」



ーーーあの時は…、シーラ… 助けてくれてありがとう

「ーーーッッッ!!!」

言葉になら無い声を上げながら、顎を掴んだテラフォーマーの首を、力任せに引き千切った。そして、その引き千切った首を持った手で、近くにいたテラフォーマーの顔面を潰し、殴り飛ばした。

アシダカグモはーーー "ゴキブリを主食とし"、日本にはゴキブリ駆除のために輸入されたとされ、その後"ゴキブリを追う形で"各地に分布を広げてきた。
その体毛で空気の微妙な流れを捉え、ゴキブリの動きを先回りし、

刺し、引き裂き、捕食する。

ーーーまた、既に捕食中であっても、他のゴキブリが通り掛かると食事を止めて、直ぐ様襲い掛かる程獰猛であり、
一説によると、アシダカグモ 二、三匹で家に住み着く全てのゴキブリを、半年で全滅させられる程だという。

「ハァッ!!ハァッ!!」


誰より幸せになって欲しかった
金を失うという事は、

その願いすら奪われる事なのか!?


「ハーッ、ハー…ッ!」

ーーー10匹程のテラフォーマーを倒した時、既にマルコスの息は上がっていた。
アシダカグモの狩りは、待ち伏せの様な形が多く、その持久力はゴキブリと比べて高いとは言えないのだ。

バンッ!!
膝を着くマルコスの背後から、襲い掛かろうとしたテラフォーマーを蹴り殺したのは、クラウディアだった。

「ハァ…ッ!クラウディア、さん…ッ!?」

蹴り殺したテラフォーマーは、まるで弾き飛ばされるように躰を飛ばされ、蹴られた首はひしゃげられ、そこからはプスプスと焦げるような音をさせながら絶命していた。

「………すまないマルコス」
「…!?」

「約束を、守ってやれなかった」

マルコスの位置からクラウディアの表情は見えなかったが、その背からは明らかな怒気が含まれており、マルコスは息を呑む。

その蹴りを後方から見ていた慶次は、アネックス1号で侵入してきたテラフォーマーを蹴り飛ばした時のクラウディアを思い出していた。変態しているとはいえ、明らかにあの時の蹴りの威力と比べ物になら無かった。そして、酷く焼け焦げたテラフォーマーの皮膚。

「…(確か、彼女のベースは…)」

そこへ、変態した艦長を含む数名の上位ランク者とがマルコスの元に駆け寄ってきた。

「ハァッ…、艦長…みんな…!!お…俺……ッ」
「…………」

ゴキブリがーーー
培養の出来ない『A.E.ウィルス』を保有している可能性を考えると、サンプルは生け獲りが望ましい。

だが、小吉には、マルコスの怒りと気持ちが、良く分かっていた。
身を持って、同じ経験をしている小吉にとってはーーー

「……マルコス、



この場にいるゴキブリ十数匹は、全員ブッ叩く

後で息のあるヤツを確保するぞ」



ーーーーーーーーーー
ーーーーー
ーーー

本当に運がない。
まさか当初所属する筈だった班を変更されるとは思っていなかったし、よりにもよってクラウディアさんと離れてしまうとは。アドルフ君達第五班の皆さんも心配だが、彼が居る限りは大丈夫だろうと信じている。
幸いなのは、第二班の乗組員のメンバーに恵まれたところだろうか。皆良い方ばかりだ。

そして、私の配属された日米合同第二班が着陸した先は、運が良い事にも水場だった。辺り一面黒い苔が覆っている。

「凍土が解け始めているとは言え、地球に比べると相当少ない筈だ」
「調べますか?安全かどうか」
「おう。一応40日分の飲み水は積んであるが、使える水は多いほど良い。この班には、レディも居ることだしな」

ーーーなんて会話をしていたのがほんの数分前。
脱出機から降り、暫くすると続々とテラフォーマー達が集まってきた。数は大体20数匹といったところだろうか。

「非戦闘員は下がってろ。燈とアレックスとヴィルヘルムの三人でその警護を。水を調べる前に私が此処を片付ける。

”網”はいらねぇ。適当なヤツの手足婉いでサンプルにするわ」

注射器型の薬を口にくわえ、上着を脱ぎ捨てるミッシェルさん。20匹近いゴキブリの集団を目にして全く動じていない。

「そっちは20匹近くいるぞミッシェルさんッ!」
「問題無い。何匹来ようともな」

ミッシェルさんは首に薬を打ち込んだ。注射器…という事は、彼女のベースは昆虫型。頭には触覚が生え、他に目に見て分かる変化は両腕に表れた。

ーーー『M.O.手術(モザイク・オーガン・オペレーション)』とは

ベースに使えるのは現存する生物全種類。そこに昆虫の特徴を加えるため、ベースの生物の形状に合わせられる様、多様性に富んだ”ツノゼミ”類の甲皮・解放血管・筋力を”上乗せ”している。ーーーつまり、

”昆虫型”はより堅く強力に!
それ以外のベースでも、『バグズ手術』の強みを残したままーーー…陸・海・空の地球生物達の奇々怪々な特殊能力を使用出来る。

「…燈、そっちの数匹は任せて良いな。やれる筈だ。だがヤバくなったら私を呼べ」
「………分かりました。ミッシェルさんも危なくなったら呼んで下さい」
「……フッ、危なくなったら……な」

「「さァ、」」
「来るなら来いよ」
「行くぞ、逃げんなよ」

「「ゴキブリ野郎!!」」

…燈君も人為変態した、か。
彼女の”ベース”は存じているが、燈君のベースは”超希少種”。彼の体質から希少の生き物をベースとして使用できた、というのは知っていたが、どんな能力か興味はある。

「(ふ…不謹慎だが興味はある。ミッシェル班長は…あの細い体で、どうやってゴキブリと闘うのか)」
「(…なんて事をアレックス君は考えていそうですね)」

幹部乗組員の中で唯一の女性。
クラウディアさんのように体格に恵まれている訳でもなく、一見普通の(見た目は)可憐な女性…だがーーー

一匹のテラフォーマーがミッシェルさんに向かっていった。ミッシェルさんはテラフォーマーの両手を掴み、押さえる。
自分よりも遥かに大きいテラフォーマーの力に押し負けることなく、踏ん張っている。その光景にアレックス君達は目を丸くした。

日米合同第二班班長。ミッシェル・K・デイヴス。

身長164cm
体重ーーー   85kg

バキッ、と嫌な音がした。ミッシェルさんが掴んでいたテラフォーマーの手を握り潰した音だ。そして、そのままテラフォーマーに頭突きし、顔面を潰す。顔面を潰されたテラフォーマーの目玉は飛び出し、そのまま倒れる。

ーーー筋肉は、脂肪の3倍重いと言われる。
細身の女性が男の軍人並みのウェイトを数える理由は、無論日々のトレーニングの成果だけでは、ない

父親が特別だった。

『バグズ2号』艦長、『ドナテロ・K・デイヴス』
”彼”の『バグズ手術』による能力は…自重の100倍近い物体を持ち上げ、スズメバチと同等の神経毒を持ち、人や動物にまで襲い掛かる、

史上最強の蟻 『弾丸蟻(パラポネラ)』の能力ーーー!!


「ーーーそれが…、まさか遺伝する筈など無かった。当時の科学者の誰もが、神の悪戯だと思いましたよ」

七星の言葉に、本多晃は誰の事かと聞き返す。七星の口元は笑っていた。

ーーーだが、地球の神は、悪戯などはしない。
その意志と能力は、確実に受け継がれる。


蟻の 筋力!!

それがミッシェルが”生まれつき持つ”、”1つ目”の能力。

4匹のテラフォーマーが四方を取り囲み、同時に襲い掛かってきたテラフォーマーを、ミッシェルは両腕、両足を使い一度に撃退する。
4匹の中3匹は、一撃で仕留めたが、1匹だけ仕留め損ない、背後から棍棒で殴り掛かろうとしていた。だが、ミッシェルは振り返ろうとはしなかった。

更に、『M.O.手術』も、”昆虫型”


「もう一人の青年の手術と訓練を直に見て、それは確信に変わりました。

『ミッシェル・K・デイヴス』と『膝丸燈』。彼等が最も大きな戦力になる。そして…


我々にとっての希望になるでしょう」



ブクッ、と…テラフォーマーの顔の皮膚の一部が膨れた。そしてそのまま次々と膨れ、シャボン玉の様に膨れ上がった箇所が炸裂し、テラフォーマーの頭を吹き飛ばした。

「(……なッ、何をしたんだ今…明らかに殴った後で敵が”炸裂した”!?)」

アレックスは驚く。その1匹だけでなく、先に倒した残り3匹も、次々と膨れ上がり、炸裂した。

「(ど…”毒”じゃないよな……一体ーーー…、)」

一体、あれは何の虫(ベース)だ!?

「燈ィ、アレックス!余所見してんじゃあねーぞ!!ヴィルヘルム!お前までボサッとしてたら容赦しねーぞ」
「大丈夫ですよミッシェルさん」

じろりと睨み付けてきたミッシェルさんに思わず苦笑いする。
クラウディアさんもだが、何故私の周りの女性はこうも頼もしいのか

「(しかし、実際に目にするのは初めてだが…、脅威的な能力だ)」

20世紀のこと。
フランクフルト大学のU(ウルリッヒ).マシュヴィッツと、E(エレオノーレ).マシュヴィッツ両氏はーー!
第二の故郷であるマレーシアにて、”奇妙な蟻”の”奇妙な行動”を目撃する。

およそオオアリの一種と思われるが、見た事の無いアリがいた。
マシュヴィッツ教授がその蟻を観察しようと、ピンセットで摘まんだその時ーーー

”バシッ”という衝撃と、音と臭いを撒き散らし、腹から思いっ切り”自爆した”という。

研究者によれば、この蟻の自爆システムはーーー
恐らく、蟻の体内において、”揮発性の成分”を溜め込む事によって実現している。
無論、『摘まんだら爆発したので驚いた』などという程度の話は、数センチに満たない小さな蟻の話である。

両氏が論文ーーー”Platzende Arbeiterinnen:Eine neue Art der Feindabwehr bei Sozialen Hautfluglern”(『爆発するアリ社会性膜翅目における新しい敵防衛法』)を発表したのが1974年。
650年前、既に”珍種”とされていたこの蟻はーーー

学名を”Camponotus saundersi”
しかしその存在や一般的な英名・和名が知れ渡ることはなく、またーーー保護される事も無かった

”爆弾アリ(Blast Ant)”とミッシェルは呼んでいる。希少種である。

「……チッ、直ぐ死ぬなコイツ等」

何匹目か分からないテラフォーマーの炸裂した死体を放り投げながらミッシェルは言う。

「やっぱこういうのは、燈の方が得意かもな」
「ミッシェルさんの能力は捕獲向きじゃないですからね」
「うるせぇな。つうかお前は直ぐ変態出来るようにしとけ馬鹿」
「はい」

捕獲と駆除に関しては、この程度の数ならお二人で問題ないでしょうが、何かあってはいけませんからね。
自分の薬を取り出して備え、既に人為変態を完了し、数匹のテラフォーマーと向き合う燈君に視線を向けた。



「『膝丸燈』がいるのか……!?今……!火星に?」

膝丸燈の名を出した途端、本多晃は目の色を変え驚いた。
その驚きように、「何か知っていますか?」と七星は聞く。だが本多晃は口を紡ぎ押し黙った。

「………先ずはこちら側の事情を話しましょう。結果的には物事の順序が前後してしまいましたがーーー火星には、戦力が必要でした。

火星で何かが起こるなら、


日本人の上位ランカーが一人でも多く必要だと」





07:君が紡いだ世界の隅っこ