「ーーーそれでも初めは期待はしていませんでした。
先程申した様に、”彼”がM.O.(モザイク・オーガン)を持って生まれているかも疑問でしたから…」
「初めは、ってことは、今は違うんでしょ?」
「………えぇ」

ゼルクは笑いながら七星に聞いた。彼も膝丸燈の事は知っている。そして、七星の膝丸燈に対しての評価もーーー


「…アレックス、ヴィルヘルムさん、脱出機の上空と遠方を見張っていてくれ。正面の3匹は、俺に任せろ」

目の前にいるテラフォーマーと向き合い、背を向けたまま燈は言った。
アレックスとヴィルヘルムは薬を構え、「あぁ…分かった」「お任せしましたよ燈君」と、燈の背を見守る。

「(………不思議だ…)」

いつも自然に”変異”してしまう時は…、怒りや恐怖で頭がフッ飛んでーーー
自分の中のヒトじゃない部分に振り回される様な感覚なのに…、

薬を使って”変態”すると、まるで蛹。は羽化したかの様に、周りの世界がハッキリと見える

ーーー怖くない

深く深呼吸をし、独特の構えをする燈。一匹のテラフォーマーが、燈に向かって殴り掛かった。
だが、その拳が燈に当たる事は無く、燈の凄まじい蹴りの一撃が、テラフォーマーの両足を砕いた。

そのまま倒れるかと思いきや、ピタリと、地面に倒れる寸前でテラフォーマーの体は浮き、そのまま持ち上げられた。

「今のが宇宙艦で死んだ仲間の分だ。でもってーーー」

ドンッ!! …何故か身動きが取れず、もがくテラフォーマーの鳩尾に、燈の拳がモロに食い込んだ。

「今のが、テメーがクセェ息を吐くせいでミッシェルさんが怒っている。その分だ」

仕留めることはせず、”何か”で拘束したテラフォーマーを弱らせる迄に留めていた。
ずっと片方の手を握り締め、拳に力を込めていたが、パッと手を離すと、同時にテラフォーマーが地面に倒れ込んだ。”何か”で拘束されたまま。

「結果はーーー想像以上でした。彼は人間離れした筋力・脚力に加え、

ミッシェル・K・デイヴス同様、手術の成功率が高かった彼には、20年前では”ベースとなる昆虫自体が希少なため”行えなかった手術を、遠慮無く施す事が出来ました。

膝丸燈が、幹部(オフィサー)の実力に最も近い

彼は戦力になる。火星でも……そしてーーー…この先も」



08:Jetzt schwinge das Schwert hoch.



膝丸燈。見た目、名前は日本人だが、実の両親の素性、国籍ともに不明。
『膝丸神眼流』と呼ばれる古武術の使い手であり、その道場がある神奈川県の児童養護施設出身。

火星探索チームの一員となる前は、A.Eウイルスの病に侵された、燈の幼馴染…『源百合子』を救うため、タイでの非合法な地下闘技場の大会に出場し、手術費用を稼いでいたらしい。
だが、治療が間に合わず源百合子は死亡した。その訃報を知らされた直後、小町小吉からのスカウトを受ける。

そして、これはつい最近彼本人から聞いた話だが、失意の中だった燈は、源百合子と同じ病気の子供、『春風桜人』とU-NASAの病棟で出会い、彼を救うことに生き甲斐を取り戻した、とーーー

「…俺達は、遠い火星を調べて、」
「そこにある地球には無い物質からーーー」

「君の病気の治し方が見つかるかもしれない」



「………任せておけ   …一匹捕獲!!次!」

捕獲したテラフォーマーを離れた場所に放り、残り二匹のテラフォーマーを見据える。
他の乗組員を脱出機の中に入れ、アレックスとヴィルヘルムの二人は、脱出機の上で燈の闘う様子を見ていた。

「強ぇな…(俺の場合…地元の治安が”あんな”だからなーーー)」

強いヤツや、近づいちゃいけないヤツはすぐ識別(わか)る。
別に自慢できる事じゃないが…、日本とかと違って、フツーに人が死にまくってる街だからな…アホでも敏感になる。

ーーー中でも、やっぱり”あの人達”は別格だ。
少ししか見てないが、流石戦闘のプロ。あの6人が今まで会った中で一番強い。

「(だが、それを言ったら…燈もだ)」

棍棒を振り上げ、殴り付けるテラフォーマーの一撃を燈は難なく受け止める。直後、テラフォーマーの棍棒を持つ手が不自然に、後ろに引っ張られるようにいきなり離れた。
その隙を逃がさず、燈はテラフォーマーの鳩尾に肘をめり込ませた。

「(生身で熊と闘う戦闘力に加えて、その能力は捕縛向きーーー…)」

バランスを崩したテラフォーマーを転ばせ、一匹目と同様何かで拘束し、捕らえた。

「2匹目捕獲!!次!!」

踏みつけ真っ二つに壊した棍棒の破片を、最後の1匹に向かって投げた。ゴキブリ特有の瞬発力で簡単にかわされたが、破片は突然、空中でピタリと止まった。
勢いを付け、燈が何かを引っ張る動作をすると、破片はテラフォーマーの脚に直撃し、膝を砕いた。

「!(あれは……!め、目を凝らさないと見えないが、あれは…、)」

ーーー糸
テラフォーマーを捕獲し、棍棒の破片を操り攻撃していたのは、非常に細く、そしてとても強靭な”糸”だった。

「(…一部の生物が出す糸は、軍事利用される程強靭だと聞いたことがあるが、燈は…蜘蛛じゃない。”注射”だった。

それにあの触角ーーー、恐らくは、『昆虫型』!)」

蜘蛛以外の生物、そして昆虫の中で、強靭な糸を出すもの。燈の頭から生えた触角の特徴からして、

「………”蛾”、ですね」

破片を糸で掴まえ、振り回しながら勢いをつけ、倒れたテラフォーマーに投げる。攻撃をするのが目的ではなく、破片を掴まえていた糸がテラフォーマーの顔面に食い込み、そのまま身体に巻き付き拘束した。

「『テラフォーマー』サンプル3体、捕獲完了!」

全て殺す事なく、3体のテラフォーマーを糸で拘束し捕獲した。
その様子を見ていたミッシェルは、自分が倒したテラフォーマーの首を持ち上げじっと見つめた後、直ぐに放り捨てた。

「3体程捕獲した様だな。”私の部下が”!!」

無事に誰の犠牲も怪我も無く、集まっていたテラフォーマーを駆除、数匹の捕獲に成功した二人は、捕獲したテラフォーマーを蟲籠に放り込み補完した。

「ふぅ…、俺達の出番無くて良かったッスね」
「そうですね、薬も節約出来ましたし」

一先ず安心し、胸を撫で下ろす。ミッシェルと燈は確保された水場へと近寄っていった。

「『水場』確保!っと」
「しかし、凍土が解けただけで、結構深そうな湖になるんですね…。水も見た感じ綺麗っすね」
「オウ丁度良いや…ゴキブリ共のキタネー汁がついちまった。クソッタレ、襟の中まで…」

襟を外し、首から胸元まで垂れた汁を水で洗い流す。

「………」
「非戦闘員も呼んできていーぞ」
「うす……」
「…何見てんだスケベ」
「ハイっ!!すんません呼んできます!!」
「ミッシェルさーん、タオル持っていきましょうかー?」
「おー、頼むわ」

ざばッ!!
突然、水中から腕が伸び、ミッシェルの服の襟に掴み掛かった。
その腕はテラフォーマーの物であり、水中からミッシェルをじっと見ていた。

「なッ!!」
「えっ!?(す…水中からッ)ミッーーー」

水中に引きずり込まれようとするミッシェルに加勢しようとした燈だったが、その時脱出機の上に何かが落ちてきた。
何かが落ちてきた衝撃で脱出機は揺れ、アレックスとヴィルヘルムは身構える。

「じょうじ」
「…(何だ、あの個体。脚が異様に発達している)」

明らかに他のテラフォーマーの個体とは違い、脚の形態が違っていた。
故に、”落ちてきた”と思われたこのテラフォーマーは、自らその脚で”跳んできた”のだろう。

「(やっ……やりたくねぇ〜…!!けどッ、)」

アレックスが薬を口にくわえ、人為変態を行う。直後、テラフォーマーはその発達した脚でアレックスに蹴り掛かった。
薬の入っていた容器は割られたが、ギリギリ避ける事に成功する。

「ーーーけど、この状況じゃあ、距離を取る訳にはいかねぇわな」
「アレックス君!」
「ヴィルヘルムさんは他の皆の傍に、」
「違う!!ヤツの脚の動きに気を付けーーー!!」

バキャッ!!
テラフォーマーはその脚を、脱出機の操縦席を覆う分厚い強化ガラスのカバーに突き刺し、そのまま引き抜いた。
バランスを崩し倒れ掛けるアレックスを、脚を突き刺した状態のまま、片方の脚で思い切り蹴り飛ばした。脱出機の下に蹴り飛ばされたアレックスは地面に激突する。

「が……ッ!!」
「アレックス!!くそッ…!!」

水場に引きずり込まれまいと何とか耐えていたミッシェルだが、少しずつ力負けし引きずられていく。

「(何だ…この個体ーーーゴキブリの力じゃねぇッ…!!く…薬を…!!)」

ポケットの中にある薬に手を伸ばした時、一気に水の中に引きずり込まれた。燈はミッシェルを引き上げようと手を伸ばす…が、その燈の手を取らず、燈の顔面を蹴り付けた。

「…えっ!?」
「バカ野郎ッ!!お前の役目は護衛(あっち)だろうが!!!」

その時、脱出機のエンジンが掛かる音がした。
テラフォーマーは乗っていた非戦闘員を殺す事はせず、そのまま操縦席に乗り込みエンジンを付けたのだ。

「!!」
「な…なんで…」

困惑する乗組員に見向きもせず、脱出機は走りだし、そのまま空へと飛び上がった。

「燈!!!行け!!」
「〜〜〜っ、アレックス!!

”追うぞ”ッ!!」

どうにかアレックスも立ち上がり、二人は飛び立った脱出機を追い駆け出した。

「………(参ったなぁ)」

目の前で操縦席に陣取り、運転しているテラフォーマーを見て内心頭を抱えた。
何故こんなに人間を乗せた脱出機を奪ったのか、皆目検討もつかなかったが、状況が最悪であるのに変わりはない。

「何で俺等を狙わないで運転してんのか知らないけど…、いテラフォーマー今の内に後ろからーーー」
「やめた方がよろしいかと」

小声で話している乗組員に声を掛ける。あのテラフォーマーならば、網を向ける前に乗組員の首を引きちぎる事など造作もないだろう。
すると、何かに反応し、テラフォーマーはヴィルヘルム達の方に振り向いた。話を聞かれたかと思った乗組員は悲鳴を上げ、後ずさる。
その時、拳大の大きさの石が、テラフォーマー目掛けて飛んできた。投げたのは、空を飛ぶ脱出機から遠く離れた位置にいるアレックスだった。

石はテラフォーマーの耳を少し欠けさせる程度に終わり避けられたが、何かがテラフォーマーの顔面に引っ掛かり、食い込んだ。

ーーー『糸』

「紐」を使った「武術」がある
「軍隊」の使う「繊維」がある

他の地球生物も然り、彼等はより強靭な糸を生成するべく進化し、実に様々な戦略でそれを駆使する。その中に於いて、

『最も強靭な糸』を造り出す生物は………
”その生物”は、糸を網状に編んで罠を作ったり、網を投げて獲物を捕獲したりといった事はせず、只、

「二本の切れない糸に」
「生活の全てを預けるーーー」

”その虫”は、そのように進化した。
面妖ながら哀愁漂うその姿を、清少納言は『鬼の子』と呼び、国の秋の風物詩として親しまれていたものの……
21世紀に寄生虫の流行により、その数を急激に減らす事になる。
同じ太さの蜘蛛の糸と比べ、実に2.5倍の荷重に耐える”その糸”を出す”昆虫”はーーー


日本原産『大簑蛾』 絶滅危惧種である


「!!燈君!」

最初にアレックスが投げた石は、テラフォーマーを仕留めるためのものではなく、テラフォーマーに糸を引っ掛けて、地上から膝丸が脱出機に飛び乗るためのものだった。
そしてその糸は、テラフォーマーの身体を拘束し身動きを取れなくした。

「待たせたなみんなーーー…護衛の場を離れてすまなかった。助けに来たぜ!!」

あの距離から此処まで良く飛んでこられたものだ、とヴィルヘルムは驚いたが、同時にアレックスの投擲の正確さにも驚いた。人為変態しているとはいえ、結構な距離を離れていたというのに、テラフォーマーを仕留めずに、カーブを描く球を投げるテクニック。

「格好良すぎですよ燈君」
「ヴィルヘルムさんに言われると照れます」
「それは嬉しい。…さて、どうします?」
「あー、えっと…ところでさ、皆はさ…割と、バンジージャンプとかスカイダイビングとか大丈夫な方…?」

膝丸の唐突な質問に怪訝な表情を浮かべる乗組員達だったが、直ぐに膝丸が何をしようとしているのか察したのか、顔をひきつらせる。

「………あ…あぁ…大丈夫だ燈君。何か考えがあ、」
「無理。絶対無理」

膝丸と同じ日本国籍の乗組員『柳瀬川八恵子』は、他の乗組員の言葉を遮り即答した。そして、少し沈黙しーーー…膝丸はにこっ、とぎこちない笑顔を八恵子に向けた。

「多少イケメンでも無理!!!」

八恵子の悲痛な叫びと共に、膝丸は緊急脱出装置を起動させ、乗組員達の居た足場は吹き飛び、遥か後方に吹き飛ばされた。八恵子の悲鳴と共に。

「…後で彼女に謝ってくださいね」
「…謝って許してもらえますかね」
「私が彼女だったら平手はかましてます」
「で、ですよねー…」

ハハハと苦笑いを浮かべる膝丸。吹き飛ばされた乗組員達が心配だったが、何の備えと考えも無しに彼等を吹き飛ばしたりはしないだろう。

「ていうか、ヴィルヘルムさん残って大丈夫なんですか?」
「まぁ正直相手にはしたくないんで燈君にお任せしたいところなんですけれども」
「(見た目にそぐわず結構言うよなこの人)」

「脚力の強さなら負けられませんので」

ヴィルヘルムは薬を口にくわえ、人為変態する。
顔の頬の一部に青い羽毛が生え、目元には薄い緑色の隈取りが出来た。そして、後頭部には特徴的な鶏冠が生えて、両腕には黒い羽根が生える。
膝丸は直ぐにヴィルヘルムの手術ベースが”鳥類型”だと分かったが、一際目を引いたのは、

目の前にいるテラフォーマー同様、異様に発達した両脚だった。ズボンの膝から下は、人為変態し発達した脚のせいで破け、靴を裂いて出てきた脚は顔より倍は大きく、3本の鋭い爪が生えていた。

「…鳥ですよね…?ダチョウ…?」
「あ、飛べない鳥だという点は合ってますが、ダチョウではないですよ」

にこりと笑うヴィルヘルム。良く見れば、人為変態したアレックス同様、身体の筋肉が少し成長し、体格が大きくなっていた。


『世界一危険な鳥』という肩書きを持つ鳥がいる。

ニューギニア島とその周辺の島々や、オーストラリアのヨーク岬周辺に生息しているというその鳥は、普段は用心深く臆病な性格で、率先して攻撃を仕掛けてくることは先ず無い。
だが、身の危険を感じると攻撃的になり、気性の荒い一面を見せる。2007年に『世界で最も危険な鳥』として、ギネスブックに登録された。

大きい個体では、体長が1.5〜1.7メートルにもなり、体重もおよそ90kg程になる。ダチョウに次いで重い鳥とされている。
そのため飛ぶ事は出来ないが、生まれながらに持つ強力な武器こそ、その“脚“である。
鋭く堅い、スパイクのような長さ12cmにもなる爪を持ち、その脚は鱗で覆われ強く、頑丈である。

蹴られれば骨は砕かれ
鋭い爪は肉を切り裂く

第二次世界大戦中においても、日本軍と戦闘していたオーストラリア兵士が、その“鳥“に襲われ、何人もの兵士が犠牲になったという。
現在は生息地である熱帯雨林の減少と、移入動物の影響により、年々その数を減らしていき、オーストラリアでの野生の個体はほんの僅かしか残されていない。

その鳥もまた、絶滅危惧種。
喉から垂れる肉垂が、火を食べている様に名付けられたというその鳥は、

ーーー『火食鳥』、と呼ばれている。


「あまり時間は掛けていられません。相手は一匹ですが、普通の個体ではない。二人で掛かりましょう」
「はい!!」



『膝丸燈』
出身国・日本
20歳 ♂ 177cm 96 kg

『マーズ・ランキング』6位
M.O.手術 "昆虫型"
ーオオミノガー

『ヴィルヘルム・バッツドルフ』
出身国・アメリカ合衆国、現ドイツ
33歳 ♂ 188cm 93kg

『マーズ・ランキング』16位
M.O.手術 "鳥類型"
ーヒクイドリー





08:いま、振り上げた剣を