旅行/トレケイ
ホームに降り立ってから初めに感じたのは、懐かしさだった。国で最も栄える都市の名がつけられた駅で降りたケイトは、懐かしさの理由を探しつつ歩き出す。駅の案内版を見ながら、人の流れに逆らわないように、でも流されすぎて迷わないように。少しおかしな話だが、ケイトは初めて訪れる場所には慣れていた。初めての場所をどう歩けば良いかを知っているのだ。こんな事は、きっとトレイは知らないだろう。次にトレイが輝石の国に来る時は、自分がきちんと案内しなければ。ケイトは適当に歩き出すトレイを想像して、少し笑った。ケイトは薔薇の王国へ旅行に来ていた。トレイはこの先の広場の、薔薇の迷路の前で待っているらしい。ケイトは頭の中で、先日のトレイとの会話を思い出す。行きたい場所、会いたい人、二人でしたいこと。そんな事を考えながら進めば、メインゲートが見えてきた。外の光に目を細めつつ彼を探すと、ケイトに近付いてくる影が一つ。
「久しぶりだな、ケイト。迷わなかったか?」
「全然!案内版が見やすくてラクショーって感じ?」
「はは、そうか」
トレイの隣に立って、やっとケイトはこの懐かしさの理由に気付いた。
「……てかさ、ここハーツラビュルに似てない?なんか初めて来た気がしないかも」
シャツとジャケットだけでも丁度良い心地の天気で、日差しは柔らかく、風は薔薇の匂いがする。そしてケイトの隣にはトレイが居た。
ケイトが学園生活の殆どを過ごしたハーツラビュル寮。誰かを好きになり、好きな人の為に頑張るのはとても楽しく、とても切ないのだと知った場所だ。そして好きな人と想いが通じ合うなんて、奇跡みたいな事が起こったのも同じ場所だった。この国はあの頃に似ている。
「そうか?」
全く共感していないトレイを見て、ケイトは彼が実家が忙しくてあまり旅行に行かなかったと言っていたのを思い出す。
「絶対そうだよー。卒業してすぐ戻ったトレイくんには分かんないかもしれないけどさっ」
その地に立った瞬間に、今まで自分が居た場所とは違う場所なのだと実感するような経験は、きっとトレイには無いのだろう。それの良し悪しは分からないが、ケイトはやはり羨ましいと感じてしまう。
何となく拗ねた態度を取ってしまったケイトの手を、トレイが自然に掴んだ。
「まあ、確かに、ずっと隣にケイトが居るのは、懐かしいかも、な……」
「……ずっとじゃないよ、1週間だよ」
卒業後、恋人同士の二人は遠距離恋愛をしていた。そして約束通り一緒に住む為の準備として、ケイトは薔薇の王国へ来ている。半分旅行気分のようなものだ。数ヶ月後には毎日一緒に居られるようになるというのに、ケイトはトレイに会えた嬉しさと、1週間での別れに既に寂しさを感じていた。
「でも次来る時は、ずっと一緒だろ?」
「その、つもりだけどさ〜っ」
トレイが悪い顔してケイトの手に指を絡める。ケイトの嬉しさと寂しさを分かっていて、からかっているのだ。
「もう!こんなトコでやめてよ」
「悪い悪い」
恥ずかしがるケイトの手をあっさり離したトレイの顔はいつもの困っていない困り顔だが、ケイトは彼の耳が赤いのを見付けてしまった。それを指摘しようと口を開く前に、トレイが再び手を引いて強引に歩き出してしまう。
「悪い……。俺も久しぶりに顔見れて浮かれてるみたいだ」
この男はいったい、どんな顔してそんな事を言っているのか。らしく無い小さい声は、喜びのせいなのか、少し震えているような気さえする。肩を掴んで覗き込みたい衝動をケイトは抑える。公共の場で騒ぐのは恥ずかしいし、そんな振る舞いができるほど若くない。なによりトレイの色んな表情を見る機会なんて、きっとこの先に沢山あるだろうから。だから今日は、我慢してあげる。
久しぶりに会った二人は滲み出る嬉しさに俯きながら、黙って広場を後にした。
次にケイトがこの駅を訪れる時は、もっと沢山の荷物を抱えているに違いない。さらにその次の時は、どこかへ旅行にでも行く時だ。きっとそこにも、ケイトの隣にはトレイがいる。
ツイッターの企画「トレケイ文字書き当てっこ大会」に提出したお話に少し足したものです。
主催者様、参加者の皆様、とても楽しい企画をありがとうございました。
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