なみだがにあうわけ
ナマエに出逢ったのは、学校のともだちに誘われて行ったバー。週に1回、学生だけのパーティが開かれている。
そこに集まっているのはいくつかのサークルやら友達同士の繋がりのあるメンバーだけで、この界隈のある種のコミュニティを成していた。
馬鹿みたいだ、とオレは心の中で吐き捨てた。
こういう馴れ合いは好きじゃない。
だけど、まるで心底楽しんでいるかのように明るく振舞ってみせた。
イイ子を演じるのは得意なんだ。
「ほーすけ君」
さっき自己紹介を交わしたばかりのナマエという女の子がオレの名前を呼んだ。やけに楽しげにケラケラと笑う子だ。
「ねぇ、ここうるさくて会話できない。何処かに行こうよ」
アルコールが回っているのか、舌足らずに言う。
何処かって何処だよ、と訊く必要もなかった。安いホテルに入るくらいの金なら財布に入っていたから。
くだらない遊びだ。頭が良さそうな子には見えない。だけどまぁ、ラッキーな拾い物をしたと思おう。
お互いにホテルに入るのもやぶさかでないという意思を分かったうえで、結局はナマエのリクエストで、近くにあるファミレスに入った。彼女の財布には2千円しか入っていないからという理由だ。
「あそこに来たの、初めて?」
「うん。君は…ナマエは、よく行くの?」
「ううん、あたしも初めてだよ」
「そうなの?随分慣れているように見えた」
「慣れるも何も無いよ。笑っていればいいんだもん」
少し意外な答えだった。それはオレと同じ人種だととらえていいのだろうか。
いや、やっぱり違うと思う。
多分彼女にとってそれは苦ではないことだから。
でも、そういうスタンスは凄いなと素直に思えた。彼女に好感を持てた。
そういう彼女だからこそ、多分、オレがあの場に嫌々いることがすぐに解ったのだろう。
「無理せずに笑う方法があるんだよ」
「へぇ」
「自分が死ぬときのこと考えるの。そうしたらなんだか、可笑しくなってくる。笑えるの」
伏目がちにそう言う。
長い睫毛が影をつくって、彼女の表情を寂し気に見せている。微笑んでいるのに、だ。
「どうして?」
「わかんないけど」
肩をすくめて、ナマエはまたへらっと笑った。
現実に、絶望を目の前にすると人は笑ってしまったりするものだ。
オレにはよく解る。(ああなんだか、君を他人とは思えないな)
オレは彼女のことを、すごく可愛いな、と思った。
それからお互いの当たり障り無いことを少しだけ喋って、ファミレスを出た。
涼しい風が通り過ぎて、オレ達はなんだかふわふわと浮き立ったようだった。
「あたし、ほーすけ君好きだなぁ」
もうとっくに酒なんて抜けているはずなのに、まるで酔っ払ってるみたいにナマエは腕を絡めてきた。
わざとらしいくらいのんびりとした、間延びした口調が空気に融ける。
「ねえ、やっぱり、ホテルに行きたい」
「うん。行こうか」
オレは彼女の表情を真似て、目尻を下げてへらっと笑って見せた。
なんだかとても寂しい気持ちになった。
彼女はいつもこんな気持ちで笑うのだろうか。
そんな事を思いながら、猥雑な通りへと足を踏み入れた。
そうだ寂しいんだ。
オレ達ふたりとも、寂しくてたまらない。
「オレもナマエのこと、好きだな」
安いホテルの湿っぽいベッドに彼女の身体を組み敷きながら、そう言ってやった。
単純な言葉なのに、まるで初めて口にするみたいに頬が震えた。
ナマエは笑ってる。くつくつと小さく声を立てた。
「今、何考えてるの」
きみはこうして男に抱かれるときも、自分の死ぬときのことなんて考える?
「今はね、ほーすけ君のこと。考えてる」
オレは笑えなかった。少し泣きそうだった。
オレと彼女は付き合い始めて、それからあのパーティにはもう行かなかった。
寂しさを埋めるために無理して笑うような場所は、もう要らなくなったから。
どうしてもそれが必要なときは、いっそふたりで泣いていればいいね、
SHORT
式日