りゅうちゃんのうわさ
「なぁ噂、聞いたぜ」
「、は?」
主語の無い唐突な振りに、僕はぽかんを口を開けるというマヌケなリアクションしか取れなかった。
なぁうわさきいたぜ。
察するに、話しかけてきた友人は僕に関するなんらかの噂を耳にしたらしい。
珍しい会話ではない。大学というこの場所は終始そんな話題で飽和しきっているのだ。
噂とやらに特に思い当たることは無かった僕は、一応は興味を示すポーズを見せて「何が?」と返す。
「ナマエと付き合ってんの、お前」
「はぁ?」
「ゼミの奴らが言ってた」
「付き合って、ないよ」
「えーっ、マジ」
「マジ」
なんだぁつまんねぇ、と笑う友人。
おそらく、僕とナマエに関する噂の真偽を確かめて来いという罰ゲームか何かの貧乏くじを引いたのだろうな、彼は。
くだらないけれど、それで楽しいのなら勝手に言っていればいい。
彼女と僕は、そんなんじゃあないのだ。
そりゃあ、噂を立てられる理由なら無いことは無い。
図書館のデスクを共用したりするし、食事だって一緒に摂ることもある。
そして何より。
彼女は僕のことが好きだ。
「だよなー。お前は“ちいちゃん”一筋だったもんな」
「……」
「…あ、悪ィ。蒸し返すわけじゃねーけどさ、あんなに人を好きになれんのってスゲェって思うし」
バツ悪そうに友人は苦笑いして、変なこと言って悪かったな、と一応は律儀に謝る。
以前のカノジョのことに触れられて、僕は一瞬ムッとしたのだけど、その友人の言うことは不思議と胸にすとんと落ちた。
つまり僕は、“ちいちゃん”を忘れられないフリをしながらも、“ちいちゃん”を越えるほど好きになれる誰かの出現を待っているのかもしれない。
たとえば、ナマエが。
いつかそういう存在に変貌するのかもしれなかった。
「成歩堂ーっ」
「っと、噂をすれば」
ナマエがレポートの資料を抱えながら気だるそうにこちらへ歩いてくる。
「なぁに、噂って?」
「僕とキミが付き合ってるんだってさ」
「……誰がそんなこと言ってんの」
「お、俺じゃねーよ、ははっ。じゃーな!」
ナマエに睨みをきかされた友人は逃げるように去って、その後姿が見えなくなったところで僕らは同時にため息を吐いた。
僕は、でも、ナマエとそんな噂を立てられることが全然嫌じゃない。
彼女は僕のことが好きで。
僕も実のところ急速に彼女のことを好きになっていっているわけで。
でも、彼女はそれを知らない。
だから片思いだと思ってる。
僕もある意味は、片思い。
「もし噂が本当になったらどうする?」
「くだらないこと言ってないで、資料運ぶの手伝ってよ」
「くだらないって、」
「重いんだってばー、なるほどうー!」
「あーはいはい。よっこいせ、っと」
ずっしりと重たい資料の束を受け取る瞬間、彼女のしびれかけた指先と僕の指先が触れる。
ハッと彼女が僕を見て、すぐ逸らす。頬を緩ます。
噂なんてくだらないと言った彼女。
そう、たぶん噂なんてどうでも良くて。
ふたりの間にあるこの距離がすべてのこと。
ねぇ僕もキミが好きだよ。
恋とか愛とかそういうことじゃあなくって、なんだか、漠然と。
この微妙な距離がどうにも甘く心地良いのだ。
・・・・・
3万打記念、アンケ2位のりゅうちゃんでした。
SHORT
式日