キミの為なら死ねる ver.成歩堂
コツンコツンといつもと同じノックに、私は嬉々として振り返る。
自然と、口元が緩む。
彼を迎え入れる準備はいつだって出来ているから。
「姫、失礼するよ」
「龍一さん!」
「今日ね、やっと咲いたんだ…えーっと…」
「コスモスね」
「そう、それ」
庭師の龍一さんは、花の名前も知らない。
でもいつも綺麗な花を摘んで、私の部屋に飾ってくれる。
「いつもありがとう」
「姫の為なら、庭の花どころか厨房のデザートでも隣国の機密でもかすめ盗ってくるよ」
「嬉しいけどあんまり物騒なことは言わないでちょうだい」
失礼、と龍一さんは笑いながら、無造作にその花を窓辺にあった花瓶に挿した。
本当のところ、彼が単なる庭師などでないことは薄々解ってる。いくら私が心を許していると言ったって、私の部屋にそう簡単に入ることなど黙認されるはずもない。
隣国の機密を盗む?
ああ、もしかしたら、貴方はそんな仕事をしているのかもね。
でも深く考えるのはやめておこう。龍一さんは龍一さん。私の大好きな、庭師の龍一さん。
「姫…明日からしばらく、花をお届けすることができなくなりそうだ」
「え?」
「こんなしがない庭師でも、どうやら戦争に借り出されることがあるみたいでね」
「…嘘よ、」
「残念ながら」
「龍一さん…!」
思わず彼の腕を掴んでいた。
その胸に飛び込んでいこうとしたのだ。
「ああ駄目だ、庭をいじったばかりで、泥で汚れているから」
そう言って私の手をやんわりと振りほどき、彼は視線を伏せる。
深呼吸のような、ためいきのような呼吸をひとつ吐いた。
戦争があることは解ってた。それなのに、こんなに動揺している自分がいる。自分の身近にいる大事な人が危険にさらされるとなって、今私は、ようやくその事実に触れたところなのだ。
私はもう一度、龍一さんの手を取った。
「姫…」
「帰ってきて。おねがい。私の全身全霊をかけてお願いするわ」
「勿体無いお言葉を。僕なんて、そもそもキミの側に居ることも適わないのに」
「そんなことって、関係ある?私、ただあなたが大事だわ」
「ああ、馬鹿…!なんだって姫君が庭師なんかにそんなことを簡単に言う?参るよ、まったく…」
「姫だって何だって、大事なものは大事だもの」
龍一さん。あなたは庭師のくせに、知らないのね。
コスモスは本当はただの雑草なのよ。
でも、それでも、こんなに綺麗でしょう。
「約束して。この花が朽ちる前に必ず帰ると」
私の吐き捨てた言葉は、形ばかりの威厳をまとって、なんて幼いんだろう。
ただの我侭に過ぎないというのに。
真剣に表情を曇らせる貴方。
「約束はしない。…でも。僕のほうこそ、全身全霊をかけて言うよ」
私の震える手の甲に、彼の唇が触れる。
「僕は、キミの為なら死ねる」
SHORT
式日