キミの為なら死ねる ver.御剣



「…無用心にも程がある。キミはそれでも一国の姫君か」

 開けっ放しのドアの所に不機嫌そうに佇んでいたのは怜侍さん。



 家庭教師の怜侍さんは、ちょっと口うるさい。
 でもいつもお勉強の後には、甘い紅茶を淹れてくれる。

「だって怜侍さん、家の中よ。家の中」

「王宮の中、だ。鍵はかけること」

「この部屋に来るのはばあやか、お花を持った庭師か、そうでなければ家庭教師の貴方だけよ」

 私がそう言うと、珍しく怜侍さんが笑った。
 とても悲しげに笑った。

「どうしてキミの側にいる数少ない人間が、この私なのだ…」

「え?」

「何でもない。さあ座りなさい、姫。今日は歴史について話そう」

 言われた通りに私は背もたれの高い椅子にちょこんと腰掛けた。
 口うるさいなぁと思いつつも、彼の言うことはなんでだか素直に聞いてしまう自分がいる。
 怜侍さんは声が綺麗でお話し上手。その声を聞きながらいつも私は目を閉じて、不思議の国のアリスを夢想するのだ。
 アリスの姉さんが本を語り聞かせる様子を。
 いつもは本当に夢心地になるのに、今日は少し違ったみたい。
 この国と隣国の成り立ち。繰り返される歴史。そして現状。
 今始まらんとする戦争。
 私は思わず夢想から目を醒ました。怜侍さんが辛そうにして私を覗き込んでいた。
 ああ、どうして?

「どうして、貴方がそんな顔をするの」

「こうしてキミの側でのうのうとしている自分を悔いている」

「意味が、わからないわ」

「私は兵士として戦争に出たいのだ」

 きつく拳を作っていた怜侍さんの手に、血管が浮かんでいた。
 兵士として戦争に出る。
 そんなことを、この国が彼に許すはずがなかった。
 彼は私の家庭教師であるけれども、それ以前にこの国を動かすひとつのブレーンでもある。
 なんていう役職なのだか正しくは知らないけど、平たく言えば国の重要人物なのだ。彼を危険な戦線に立たせるわけにはいかないだろう。

「時々とんでもないこと言うのね、貴方って。…だって国に残れば、少なくとも…」

 少なくとも、命の危険はない。
 そう。貴方はとても大事な人。
 国にとっても、私にとっても、かけがえの無い人。
 怜侍さん。
 前線で血に塗れて剣をふるう貴方を、私はまったく想像できない。
 ゆびさきが、ふるえた。
 でもこんなことを口に出したらこの人はきっと怒るだろう。彼の物だけでなく、命の価値はすべて等しいと。戦線に立つ者皆がそうなのだと。




「姫よ、私の命を惜しんでくれるか?」

 私は、黙って頷いた。

「有難い。でも、私はここでこうしていて大事なものが守れるとは思えない。キミという人を」

 怜侍さんの広い胸で視界が占領されていた。
 抱きしめられていた。
 紅茶と書物の匂いのする、やさしい人。
 こんなにやさしい人の、こんなに張り詰めた想いが、あるなんて。







「私は、キミの為なら死ねる」




SHORT
式日