サマーエスケイプ



「おめぇ、まだ居たの?」

 ガチャリと無機質な音を立てて開いたドアから、ヘンテコなライダースーツを纏った男が入ってきた。
 眉月大庵刑事だ。
 つかつかと歩み寄ってきて、私がかじりついているパソコンのディスプレイを覗き込む。

「まだ終わんねーのかよ、それ」

 それ、というのは今私が取り組んでいる証拠品データファイルの整理のことだ。
 今まで忙しさにかこつけて溜めに溜め込んで、とうとう上司にお咎めをくらってこのありさま。

「とっろいなぁ」

「も、もうすぐ終わりますよーだ!なんだったら手伝ってくれてもいいですけど」

「やなこった」

 心底面倒くさそうに吐き捨てて、眉月刑事は私の斜向かいにある自分のデスクについた。が、何をするでもなくボンヤリとして、落ち着きのない子供みたいにイスをぎしぎし言わせたりしている。
 不思議だ。
 何でこの人、ここに居るんだろう。
 彼の仕事はとっくに終わったはずだし、忘れ物を取りに来た様子でもない。
 私の仕事は本当にあと少しで終わりそうなのだけど、これは困った事態だ。
 気が散ってしょうがない。
 なんでよりによって、この人が。
 眉月刑事が。


 いつだってそうなのよ。
 彼が斜向かいのデスクになんているから、私の仕事が進まないんじゃない。
 時々偶然の事故みたいに目が合ったりする。
 きゅうん、ってなる。
 そんな日は本当に仕事にならないってこと、彼自身は知る由もないのだろうけど!

 ああ、兎に角、仕事が。
 仕事が終わらない。

「う、ぐぐぐぐ……」

「おい、どーしたナマエ」

「なんだか今日は帰れそうもない気分でいっぱいです…」

 私がそう言うと眉月刑事は呆れたように深いため息を一つ吐いて、席を立った。
 どきん、と胸が一瞬苦しくなる。
 彼が帰ってしまうのではないかと。
 ムジュンというよりもむしろ我侭なだけなのだけど、居られても困るし、帰られても切ない。
 立ち上がった彼はどうやら帰ろうとしたわけではないらしく、窓を少しだけ開けて、なにやら外の様子を伺っているようだった。
 それから再び私の側までつかつかと歩み寄ってきて、私の顔を覗き込むようにして一言呟いたのだ。



「あんまり無理すんなよ」



(う、わ…!)



 極めて社交辞令的な言葉だけれど、少し心配そうな視線を投げかけられて、私の心臓が跳ねた。
 あんまり無理すんなよ、という、低く掠れた声がいやに耳に残ってしまう。
 これだからこの人はタチが悪い。
 普段クールで人に興味を示さないようなヤツが、不意に優しい言葉をかけたりするのは反則だと思う。

 だって、

 だって、だって!







 すきになっちゃいそう。

 (うそ、もう、なってます)









 なんだかその瞬間しいんと部屋が静まり返ったみたいだった。
 必然的に、さっき彼が開けた窓から外の物音が聞こえてくる。
 それは賑やかなお囃子と、子供たちのはしゃぐ声と。
 熱に浮かれたようなあの独特の空気までもが、一瞬にして部屋の中に忍び込んできたように思えた。

 どうやら外では、お祭りをやっているらしい。



「なー、お前それ終わりそうもねぇし、そんなもん、投げちまえよ」

「え?でも…」

「……ってか。なんつーの。ホラ。祭り、やってるだろ」

「そう、みたいですね」

「かき氷食いてーと思って」

「はあ」

「お、オレが一人でかき氷食ってんのおかしいだろどう考えても」

「それって…」

 彼の意図することがわかりそうなわからなそうなギリギリのところに、私の思考はあった。
 それをお誘いと受け取って良いのか。
 いやいや、もしかしたら「一緒に行こう」ではなく「買って来い」かもしれない。

「パシリですか…!」

「馬鹿野郎」

 ごつん、と彼のコブシが私のつむじのあたりに落ちてきた。
 その指に飾られているゴツイ指輪が直撃して痛い。
 なにもゲンコツしなくてもいいじゃない、と反論したいところだったけど、それ以上に私の胸は熱でいっぱいだった。
 パシリの可能性が否定されたのなら、それはつまり。

「早く支度しろよ、」

「…はいッ、直ちに!眉月刑事殿!」

 捜査の出動みたいにビシッと敬礼してみせたけど、残念なことに表情だけはキマらなかった。
 もう、にやにやが止まらないのだ。
 眉月刑事も少し口元を歪めて、猫みたいに目を細めて笑った。




 夏が暑い理由は、好きな人とかき氷を食べるためだと確信。


・・・・・
thanx 1st anniversary!
しぐれさんのセリフリクエスト
「あんまり無理すんなよ」

SHORT
式日