爪先に赤



「換気したらどうだ、ナマエ」

「っうわわ!」

爪先に赤色を塗っていたら、思いがけず後ろから声を掛けられた。
自分の足の指に全神経を注いでいた私はあまりに驚いて持っていた筆を豪快に滑らせてしまった。
乾ききっていない赤色が、爪の上でぐちゃりと歪んだ。
ああ何という!どうしてくれるの!と抗議を浴びせるべく私は後ろに立つ人物、高貴かつ尊大かつ美麗なる御剣怜侍殿を精一杯に睨みつけた。

「怜侍さん!ペディキュアしてたんだから声かけないでよ」

「ム…しかしだな、せめて換気しなければ匂いが充満してむせかえりそうだ」

確かに部屋には、ネイルカラーの強い刺激臭が充満していた。
花の香りや紅茶の香りを好む、高貴かつ尊大かつ美麗なる御剣怜侍殿が顔をしかめるのも仕方ない。
彼は窓を少しだけ開けて、ゆったりとした足取りで私のところまでやって来た。
私の爪先の歪んだ赤を見て、眉間のシワを少しだけゆるめてクッと喉で笑うのが聞こえた。

「不器用だな」

「ちがっ、怜侍さんが声掛けるから…!」

「他の指も、全部はみ出してるしムラだらけだ」

「ぐ………」

返す言葉も無い。
確かに私は器用ではない。慣れないネイルいじりに四苦八苦していたところなのだ。
怜侍さんは笑いながらもネイルカラーの小瓶をつまみあげて、観察するようにまじまじと見た。

「この小筆で塗るのか」

「結構むずかしいんだから」

ふっ、と瞬時に彼の視線が低くなった。
座り込んでいた私と、同じ高さにその視線がくる。
怜侍さんはフローリングの床に私と同じようにぺたんと座り込んだのだ。
彼の座っている姿といえばいつもは、長い背もたれのイスかふかふかのソファの上で、高貴かつ尊大かつ美麗に長い脚を組んでいる姿だ。床に座り込むのは始めてみた。
思わず唖然としてそのようすを見つめる私をよそに、彼は何食わぬ顔で私の足先に触れた。

「ひっ、な、何を」

「動くな」

片方の手で私の足先を支え、もう片方の手で器用に小筆を操り、怜侍さんは私の爪に赤を塗り始めた。
自分で塗っているときはあまり感じない、ひんやりとしてくすぐったい感触が爪を這う。
非常にいかがわしい言い方をすることを許してほしいのだけれど、なんだか足先を舐められているような、そんな異様な感触だ。
ぞくぞくと背筋を走ってゆく電流に、思わず目を閉じてしまった。
いま、もしも彼がふと顔をもたげて私と視線が合おうものなら、顔から火が吹き出るような気がしたから。
しばらくその感触に耐えて、怜侍さんが「できた」と満足げに呟くのを合図にして私はそっと目を開けた。


赤の地に、白で花の模様。
私が自分でするよりも、ずいぶん綺麗に塗られていた。


「どうだね」

「上手いです。とてつもなく上手いです」

「うム。初めての割には中々だろう」

「怜侍さん、私すっごいこと考えちゃった。あのね、これ間違いなく儲かると思うんだけど」

「む?」

「イケメンネイルサロン☆ミッチャンを開業する気は無い?」

次の瞬間、ずびっと怜侍さんのチョップが私の額に直撃した。





そんなの開業したとしても、片っ端からお客さん追い払っちゃうんだけどね。


SHORT
式日