ルーク、待っててね



「ルークってすぐ何処か行っちゃうのね」

「戦車だからな」

「戦車?塔かと思ってた」

「まぁ、塔に車輪を付けたような形だな」

言いながら、怜侍さんは手にしたルークを逃がすように私の手駒から遠ざけた。

「ほうら、また逃げた」

「キミがあまりにルークに執着するから、意地でも討たせたくなくなってくる」

 気まぐれの意地悪。
 にやりと笑う。

 別にチェスなんか好きでもないし正直未だにルールがよく解らない(怜侍さんに親切丁寧に教えてもらったのに)。
 でも、とにかくこのルークという駒だけはヒョイヒョイと身軽に動くもんだから、気に食わないというか鼻持ちならんというか、一度でいいからガツンと討ち取ってやりたいと思った。

「ずるい、ずるい、ずるい」

「何もずるいことはしていないが」

「ちょっとくらい待っててくれたっていいじゃない、ルーク。
ああまるで誰かさんみたい。私がいくら追っかけてもすぐに何処か行っちゃうんだから」

 そうだ。口にしてみて今ようやくわかった。
 ルークは、意地悪なあなたにそっくりなんだ。
 私の言った意図を理解して、やれやれと怜侍さんはため息を吐いた。それから時計を少し気にして、準備万端に整えられたスーツケースにもちらりと目をやった。
 どこで買ったのか知らないけれど、センスの悪いド派手なスーツケースには、数週間海外に滞在するための着替えや仕事道具が詰まっている。
 ようやく帰ってきたと思ったのに、また彼は何処かへ行ってしまう。

「ナマエ。チェスはもうお終いだ」

「もう、時間?」

「ああ」

「待って、」

「誰かさん曰く、私はルークのように落ち着きの無い人間らしいからな」

 怜侍さんは長い指先で私の髪に触れた。抑揚のない声で話しながらも、彼の途方も無いやさしさがその指先に滲む。普段意地悪な人間が時折やさしさを見せることほどタチの悪いことはないなぁと思う。
 泣きそうになるじゃない。
 待ってとは言ったものの、自分が泣き出す前には早く立ち去ってほしくて、私はその手をゆっくりほどいた。
 私に背を向けた怜侍さんはひらりと優雅な動作でジャケットを羽織って、玄関へと向かう。
 革靴に足先を入れようとしたところでふと気づいたように彼は振り返った。

「ああそうだ、ナマエ」

「なあに」

「チェス盤、そのままにしておいてくれないか」

 ゲーム途中になっているチェス盤をちらりと見遣って、もう一度怜侍さんのほうに視線をやると、彼は相変わらずの意地悪そうな顔でにやりと笑った。

「ルークは待たせておこう。次にゲーム再開するときに、キミに捕まるのも悪くない」





 やっぱりずるいなぁ。
 そうして私は彼の思惑通りに必死になって次の手を考える。
 あなたのことしか考えられなくさせられている。
 寂しささえ感じさせてくれないなんて、本当にずるい。




わかった、次は必ず捕まえるよ、ルーク。
だからどうか。あなたに追いつかせてね。



SHORT
式日