「あ、南天がなってる」

低い梢についた真っ赤な実を見つけて声を上げた。
昨晩から降り続いた雪は、朝にはすっかり積もっていて、一面の銀世界となっていた。真っ白な世界で、生々しいほどの赤色。少しだけ背徳的なその実を指差して、隣を歩くジャミル先輩に見せると、大きなため息が返ってくる。

「この寒いのに、君は本当に……」

どうやら窓の向こうが真っ白だったことが嬉しくて、早朝の散歩に連れ出したことを怒っているらしい。それでも、こうして一緒に歩いてくれていることが嬉しくて、ぎゅっとその手を強く握った。
よく見ると、南天の木の向こうには、ギザギザとした葉の柊も見えている。触るとひりひり痛むから、ひひらく木。だから、柊。南天と合わさって、随分と魔よけの効果でもありそうな場所だとぼんやりと思う。

「寒いですね」
「だから、寮を出るときに言っただろう」

マフラーの隙間から、白い息が零れ出す。真っ白な新雪はまだ誰にも踏み付けられていなくて、寮からここまで歩いてきた道にはふたりだけの足跡が残っている。このまま、ずっと歩いていけたらいいのに。迫りくる春から逃げて、どこかふたりが共に生きることのできる世界へ。

「それで、今はどこに向かってるんだ」
「山茶花が見たいなって思って」
「サザンカ?」
「多分ね、もうすぐそこにあるんです」

微かな胸の痛みを振り払うようにして、繋いだ手を引いて走り出す。危ないぞというジャミル先輩の声には聞こえないフリをする。ぎしぎしと雪を踏み付ける足音、視界の端の南天と柊が遠ざかる。そして、鬱蒼とした茂みの向こうで、その花はちゃんと咲いていてくれた。

「ほら、あった」

大きな桃色の花。緑の濃い葉にも決して負けないその鮮やかさ。走ったせいで、少しだけ上がった息が、白く染まっては消えていく。

「これが山茶花か」
「山茶花はね、とっても強い花なんですよ」

冬の寒さを乗り越えて、こんなにも綺麗な花を咲かせる。
冬だな、と思った。この世界を構成するすべてが、もう冬に染められている。あんなにこなければいいと願った季節。この胸にひしめく感情は複雑すぎて、今の私には名前をつけられそうにはなかった。
それでも、いつかこの景色を思い出して、愛しかったと言えたらいいと思う。あの日があってよかった。繋いだジャミル先輩の手の温もりは、冬の寒さなんて忘れてしまいそうなほどに温かい。
大丈夫、誰にでもなく言い聞かせる。怖くない。ちゃんと、始まりも終わりも、めぐる季節のすべてを愛してみせる。

「春が来ますね。今年の桜もきっと、とっても綺麗ですよ」





(山茶花を見つけた。そして、春が来る)








「あの時の約束です」


桜の花びらが舞う。結局、今年の桜は例年よりも遅くに花を咲かせて、彼女がこの満開の桜吹雪を見ることは叶わなかった。
それでも、あと少しで花開きそうに膨れた蕾を見ながら笑った彼女の声が、今でもまだ、まるで隣にいるかのように耳に残っている。


「桜の花にはね、私を忘れないでって花言葉もあるんですよ」











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