※現パロ


先週までの暑さが嘘みたいに涼しくなって、なんとなく季節の移り変わりってやつにセンチメンタルになってみた。
青い空はどこまでも高くて、ただ青いだけの夏の空とは違う。入道雲なんて何処にもなくて、薄い雲がたまに漂っているだけ。
なんで季節は変わっていくんだろう。何も変わらなければ、私たちは時間に取り残されたような錯覚を見ることだってできるのに。
明日が来ることを否定できないのは、とても幸せなことで、同時にどうしようもなく救われないことの証明でしかない。

「みっつん」
「その呼び方をやめろ」
「みーくん」
「刺すぞ」
「何で!?前髪!?」

確かにその前髪の殺傷力は高そうだよね!と言いかけたら、三成が持っていたシャーペンを頬に突き付けられた。クルトガ痛い。
頬をさすりながら眺めた三成の不服そうな顔に、苦笑いをする。あと何回、私はこの顔を見ることができるだろう。
なーんて、そんなのは少し寒すぎるから頭の中から消してしまおう。だけど、そう簡単にいくものでもないようで、ふわふわと掴めそうで消えそうな思いは不確かにそこに残り続ける。

「ごめんよ、三成」
「……ふん」
「でもさ、周りのお友達はみんな彼氏のことをあだ名で呼ぶんだよ」
「知るか」

一刀両断。三成はさっきまで私の命を狙っていたシャーペンを再び握りなおして英語の課題に取り掛かった。
まあ、三成にみっつんとかみーくんとかはあまり似合うとは思えないけど。それでも何か恋人である証明が欲しかったなんて言ったら、きっとまたシャーペンで刺されそうになって、だけど少しだけ優しく笑ってくれるんだろう。

「この前、現文のテストで『恋』を『変』と書き間違えたせいで赤点だった」
「残念だったな」
「絶対思ってないよね」
「黙れ。私は忙しいのだ」
「おっけー、黙る」

カリカリと三成のシャーペンが文字を生みだす音だけがこの静かな部屋に響く。
私と言えば喋るしか能のないようなもので、それを禁じられた今手持無沙汰になるしかない。仕方ないから、久しぶりでもない三成の部屋を眺めている。
白を基調とした三成の部屋はみんな物が少なそうだというけれど、実際はそうでもない。

去年の誕生日に私があげたよくわからないストラップとか、逆に私がお揃いでとねだったブレスレットとか、二人で撮った写真もちゃんと置いてある。
ああ、なんだかんだ私のこと好きだな!って言いたいけど、案外彼女のいる男の部屋なんてこんなものなのかもしれない。
比較対象が三成しかいない私には分かりかねる問題だ。今度、お市ちゃんとかかすがに聞いてみよう。

「なまえが静かだと気味が悪いな」
「……失敬な」

三成がノートから顔を上げて私を見るものだから何かと思えば。黙れと言われたから素直に黙ったのに、さすがにそれはないと思う。
恨みがましく三成を見ていたらガチャガチャとノートやらをしまい始めた。

「あれ、やっとお終い?」
「英語だけな。次は数学だ」
「……信じられない。なんでそんなにいっぱい課題があるの」
「なまえにもあるはずだが」
「訂正、なんでそんなに課題をやるの?」
「やらないのがおかしいんだ」

そう冷たく言い放って三成は数学の参考書を開いた。
ずらりと並ぶ数字の羅列に眩暈がする。私はどうしても数学ってやつを好きになれる気がしない。
どうしてだかわからないけど、あの数字しかないのに答えを出さなければいけないというのが昔から理解できなかった。なにも伝わらない記号の軍団は、言葉の通じない世界に一人取り残されたみたいに孤独で、わかることのできない自分がひどく惨めになってくる。

「数学なんてやめよーよ」
「何故やめなければいけない」
「だって、彼女がいるんだよ」
「だから何だ」
「そうだよね!三成にはだから何って感じだよね!ゴメン私が間違ってた!」

拝啓、母上様。あなたの娘の恋人は思春期とは疎遠の男のようです。それでも私は精一杯彼を愛すつもりでいます。別に私だってあんなことやこんなことがしたいわけじゃないんですから。そう、むしろまだ学生である私たちは健全なお付き合いをするべきなのです。敬具。

「いやいや!おかしい!何がって私の頭が!」
「黙れ!」
「Yes!」

今度は数学とにらめっこな三成のせいで、私はまたしても暇をもてあまさなきゃいけなくなってしまった。
しょうがないから三成の部屋に置きっぱなしにしてあった雑誌を読むけど、もう何回も目を通したそれは面白くもなんともない。
ちらりと窓の外を見れば雲が風に流されてゆっくりと動いていた。

雲になりたい、と近所の子供が言っているのを聞いたことがあるけど、その気持ちがなんとなくわかった気がする。ゆらゆらと漂うよりも、ふわりふわりと消えていきたい。何も残さず消えることができたなら、それはきっと何にも勝る幸せだ。

「まるで、片想いのようだ」
「……何がだ」
「私と三成」
「恋人じゃなければなまえのような女を部屋にはあげん」
「そういうこと言ってるんじゃないんだよ。あ、でも今ちょっと嬉しかった」
「じゃあ、何だ」
「なんていうのかな……私ばっかり愛されるのに必死っていうか」

こう言葉にしてみると少しばかりすっきりする。
三成に恋をしていた頃と、三成を愛している今。何が変わったのかといえば二人の関係に恋人という名称がついたことくらいだろう。

結局、私は三成に愛されたいままだ。
伸ばした腕はその背中を追うばかりだし、目を閉じてその隣から見える景色を夢想するのが精一杯。そうとわかっていながら手放せないのは今に始まったことではないし、こうして側にいれるのだから悲しくもない。ただ、空しくて、寂しいのだ。

「……馬鹿か、貴様」
「あ、うん、馬鹿です」
「……ふん」
「えっ、それだけ?」
「他に何か言うことがあるか」
「ほら、安心しろちゃんと愛してる……とか!」
「……言ってほしいなら言うが?」
「……やっぱ、いいや。ホントに三成が言ったら私泣くかもしれない」

ただ、少しだけ怖いのは私が三成に愛されてるといつでも感じるようになったとき、私はその幸福に飽きてしまうような気がすることだ。
今でも愛されてると感じるときはちゃんとある。
三成が私のために時間を割いてくれたときとか、私の好きなものを覚えてくれているときとか、私はそれを愛されていると定義して幸せだと享受している。

聞こえるはずのない鈴なような、何かと何かがぶつかる音がして窓の外を見た。さっきまでそこにあった雲はもう姿を消していて、飲み込まれそうに深い青だけが私を眺めている。
蒼穹に孕まれたあの白は、なにを思って漂うのだろう。限りのないその果てが知りたいのなら地上から眺めたほうがいいだろうし、愛されたいのなら海になったほうがずっといい。
ああ、結局あの雲も近づきたい一心なのかもしれない。報われない幸せな片想いだ。

私はきっと、何度も何度も、愛されたいまま不器用な彼に愛され続けるのだろう。


   

世界中の祈りを集めても君の愛は叶わない




世界中の祈りを集めてもきみの愛は叶わない


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