じーじーと騒がしく鳴く蝉の声に、うなじに浮かぶ汗の粒がひとつ、またひとつと流れていく。体中の水分がすべて奪い取られてしまうのも時間の問題なんじゃないだろうか。
今年の夏はいつになく暑い。生きるために吸い込んだ酸素さえ生ぬるくて、それが循環するこの体を内側から溶かしてしまいそう。

女中さんが用意してくれた冷茶もいつのまにかこの熱にやられていて、それを含んだ口内がまた生ぬるい。それが無性に心の中をもやもやさせて、湯のみを持ったまま立ち上がる。ああ、立っただけで目眩がする。くらり、くらりと回る世界。本当に嫌な暑さだ。縁側から半分以上残ったお茶を庭へと撒く。一部だけ色の変わったこの土も、太陽の日に照らされて、すぐに何もなかったかのように戻ってしまうんだろう。

「なにをしている」
「あ、三成」
「なにをしているかと聞いているんだ」
「んー、わかんない。ただ、暑くてどうしようもなくてね」

──そのどうしようもないことをどうにかしたかったの。

そう続けた私の言葉を三成は表情も変えずに聞きながら、何も言わずに隣に座った。三成が側にいてくれる、それだけで凄く嬉しくて、土にまいたお茶のことも忘れて同じように三成の横に腰を下ろした。
なんだか久しぶりに三成を見るような気がする。最近はすごく忙しそうだったから。こうして見ると三成は本当に白い。今日の焼き付けるような太陽がこんなにも似合わない人を私は三成以外に知らないだろう。

太陽が雲と重なり、世界に影が落ちる。しばらくすれば、太陽は戻ってくると分かっているのに、少しだけ不安になってしまう。

まるで、この世界から切り取られた場所にいるみたいだ。三成が立っているのは切り取り線の引かれた場所で、何かの弾みでその線が切られてしまったら、そこは世界から抜け落ちて、誰も知らない闇に消えていく。
ひらりひらり、と落ちていくその瞬間を想像して胸がぎゅっと締め付けられるような気がした。

縋るように三成に触れれば、その肌はひんやりと冷たく、私とはまるで違う温度に否定されたような気持ちになる。私という存在が三成に否定されているのか、三成という存在が世界に否定されているのか。そんなことまで考えられないけど、どうしようもないくらい拒絶をイメージする冷たさに泣いてしまいたかった。

「ねえ、何か話してよ」
「なんだ急に。貴様が話せばいいだろう」
「今日は三成の話が聞きたい気分だよ」
「私は特に話すことはない」
「それは困る。私は三成の話をいっぱい聞いて、それを全部持っていきたいんだから」

面倒くさそうに歪んでいた表情が、ふと糾弾するような鋭さに変わる。

「どこに持っていくというんだ」
「……わかるけど、わかんないとこ」

頭ではそれがどこかってことはわかってるけど、三成にそれをどう伝えればいいかわからない。私が私だけど、私ではない場所で。それは多分、生まれ変わりってやつ。
でも、その世界がどこにあるかわからないから、やっぱり上手く言葉にできない。

だけど、とにかく私は三成の言葉を全部持って生まれ変わる。そうしたら、新しい私がひとりぼっちでも寂しくなんかないだろう。
三成と会えればいいなとも思うけど、それはきっと凄く難しい。だって、縁なのだと、前に近くのお寺の和尚さんが言っていた。この世で縁の深い人とまた巡り会うなら、三成にとってのそれはきっと葵の紋の太陽のことだ。私はその中には入れない。

だから、きっと来世はひとりぼっちなんだろうって覚悟はしてる。それでもやっぱり、ひとりぼっちは凄く寂しいから、一字一句逃さず三成が私にくれた言葉を持っていきたい。
一緒に死ねたら、そのままそこにいけるかなとも思うけど、それも難しいんだろう。三成は戦場で死ぬ人で、私はこうして畳の上で死ぬ人だから。

「あー、でも夏はやだな」
「昨日は庭で走り回っていたではないか」
「見てたんだ。川にも行ったんだよ」
「あれだけ騒いでいれば、いやでも目に付く」

咎めるというよりは、許さないとでもいうように私を睨みつけていた瞳が逸らされる。結局、いつもの戯言だと思われたのだろう。
庭の木々の中で姿の見えない蝉は、相も変わらず鳴き声を響かせている。

「でもね、今の夏はやだなーっていうのはそういうことじゃなくてね。夏には死にたくないなって思ったの」
「貴様の思考にはついていけん」
「だって、夏は暑くて息苦しいし、すぐに腐っちゃいそうだもん」

どうせ死ぬなら、綺麗な姿がいい。三成に看取ってもらうことは出来なくても、三成のことを思って死んだ女がみすぼらしいのは嫌だ。眠るように、凍るように、そんなふうに死んでいけたらいい。

「なぜ急にそんなことを思い立った」
「急にじゃないよ。私はずっと最期のことを考えてる」

だって、永遠なんてないんだから。ちゃんと覚悟しておかないと、当然のようにやってくる最期の瞬間を、三成を思い出して迎えることができなくなってしまう。

じーじーと騒ぐ蝉はさっきよりずっとうるさくて、反対に私の心の中は酷く冷静だ。本当はもう死んでいるのかもって錯覚してしまいそうなくらい。

へらりと笑って三成の方を見れば、彼の細くて綺麗な双眸がこちらを見ていた。そこに私が映っているもんだから、なんかどうにも気恥ずかしい。それに、凄く好きだと思ってしまう。
どうしようもないことは好きじゃないのに、どうしようもないくらいに私は三成が好きだ。そう思えばそう思うほど、ゆらりゆらりとひとりぼっちを思い描いた来世の自分が揺れ動く。

ああ、どうかこの瞳に映っていたいなんてわがまま、今度はどこに捨てたらいいんだろう。気がつけば撒いたはずの冷茶はもうすっかり乾いてしまってる。そうだ、夏の日差しがこんな私も燃える炎のように焼き尽くしてはくれないだろうか。







やがて消えゆく温度について




やがて消えゆく温度について


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