口を開いたり閉じたりと繰り返す。ぱくぱく、ぱくぱく。別に息が苦しいわけでも、何かを喋りたいわけでもなくて、ただなんとなく、この規則的な動きが気にいっただけ。

目を閉じてみると、こうやって動いているとい事実の方が、心臓の鼓動よりもずっと生きている心地がする。きっと端から見たら、ぱくぱくと口を開く鯉みたいで随分と間抜けな姿なんだろうけど。

「ついに気が狂ったか」
「私はいたって真っ当だよ」
「ならば、なんだその動きは」
「んー、なんか気に入った」

愛しいその声に瞼を開ける。いつの間に部屋に入ってきたのか、怪訝そうに眉を寄せたまま三成を私を見下ろしている。今日も三成は綺麗だ。それが嬉しくって、へらりとした笑いを向けて、もう一度目を閉じる。

一度、鯉のようだと思ったら鯉の真似をしているようにしか思えなくなってきた。もしかしたら前世が鯉だったりするんだろうか。鯉の生まれ変わりとか全然ロマンチックじゃない。まあ、水の中を自由に泳ぎ回れるっていうのは素敵だけど、金魚のほうが可愛らしいし、イルカのほうがカッコイイ。
だけど結局、私は鯉なのだ。鯉にしかなれぬ運命なのだ。

「私の前世は鯉かもしれない。そして水の中を踊るように泳いでたんだよ」
「しかし、貴様は泳げないだろう」
「きっと、泳ぎすぎたせいで今世では嫌になったんだね。なんてったって大海原を股に掛ける偉大な鯉だったんだから」
「鯉ならば池州がいいところだ」

そうか池か、それはまたなんとも言えない。檻に囲われた鳥ならもっと情緒が溢れていたかもしれないのに。羽をもがれた蝶と言えばなんかいい感じだけど、エラをもがれた鯉っていわれてもなんかピンとこない。

「三成に飼われていた鯉ならいいなあ」

池に餌をまく三成はきっと絵になって、私はそんな池になら囲われてもいいって思える。
うっとりと呟いた言葉にも、三成は我関せずとばかりに手元の本に集中してしまっている。文字の羅列を遠めに私も眺めてみるけど、何が書いてあるのかまったくわからない。日本語なのにどうしてこんなに難しいんだろう。もう十数年日本語を扱ってきているはずなのに、未だに間違っていると咎められることがあるのが納得いかない。

私も何かしようかなと思ったけど、他にしたいことも思いつかないし、考えるのも億劫で、結局また目を閉じる。そこにあるのは暗闇で、三成の手がページをめくる音が聞こえた。

もしも、私がこんな闇の中で迷子になってしまったら、この音を頼りに三成の所へ帰ろう。もしかしたら前世の私もそんなふうに暗い暗い闇の中を泳ぎ抜けて、今の私になったのかもしれない。私を世界に導くのはいつだって三成だなんて、やっとロマンチックな気がしてきた。

「三成と私が何度も何度も出会うのは、きっと運命で決められてるんだね」
「なんだそれは」
「神様がふたりを離さないように強い鎖でつないだんだよ」
「貴様はそういう話が好きだな」
「こういう風に考えると安心するんだよ」

この今にも消えてしまいそうな三成とここが永遠のお別れだとしたら、私は不安で眠ることもできないだろう。目を覚ましたら三成が消えちゃってたなんて本当に起こりそうだ。跡も残さず、面影すら守らせてくれずに三成が消えちゃった経験があるんじゃないか、ってくらい私はそんな恐怖に襲われることがある。
そんなときまた次も会えるって約束さえあったとしたら、それだけでまた暖かな気持ちになるんだから不思議だ。

大きく息を吸いこんでから、また瞳を閉じて口を開いたり閉じたりと繰り返す。次に目を覚ましたらこれが全部夢で、私は鯉の姿に戻っているのかもしれない。







おぼれるなら骨のはしっこも一緒に




おぼれるなら骨のはしっこも一緒に


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