どうして学校が始まると、嫌なことがなくても気怠さに襲われるんだろう。人生で一番死にたくなった瞬間を問われたら、私はとりあえず今だと答える。ああ、しかも私ちょうど屋上でゴロゴロしてるし、勢いで死んでみましたとか言っても神様だか閻魔様だか知らないけれど、そんな人たちも許してくれるんじゃなかろうか。あー、わかるわかる、なんて言いながら。

突然立ち上がって、私があのフェンスを乗り越えて落下していったら、隣にいる明音はとても驚くだろうな。そしてきっと、ひどく悲しんでくれるだろう。
だからつまり、何がいいたいかって悲しむ明音は見たくないから今死ぬのはやめたって話。あくまでそんな気分になっちゃっただけで、私はこれから先も生き抜く気満々だ。

「もしも、突然ここに宇宙人がやってきてお前の望みを叶えてやろうって言ったらどうする?」
「なんで宇宙人なんですか。普通なら魔法使いとか神様とか」
「そんな非科学的なものじゃイメージしにくいでしょ」
「それなら宇宙人だって……」

紙パックのジュースを飲んでいた明音が困ったように眉を下げる。そんな明音を見つめながら、ビシッと人差し指を空に向けて突き上げる。今頃、宇宙の果てで私たちを観察している宇宙人にもちゃんと見えるように。

「いいの!彼らは地球を征服してやろうと目論んでいて、地球人の欲望を調べるためのモニターとして、いかにも暇してますよって感じの私たちが選ばれたって設定」
「とてつもなく嫌な設定ですね」

そう言いつつも考えてくれている明音の横で、私もそんなシチュエーションを想像してみる。青い空、学校の屋上、そしてUFO。アンバランスで実にいい。
明音はきっと、人類にとって少しでも明るい未来へと繋がるような願いを考えているんだろう。ちらりと盗み見みたあまりに真剣な横顔に思わず笑ってしまう。

「明音、決まった?」
「いや……難しいですね」
「私は決めたよ」
「なんですか」

眉間に寄っていた皺が解けて、首を傾げて私を見つめる明音は本当に綺麗な顔をしている。
そんな彼の隣にいることを引け目に感じたことがないとは言わないけど、そんなこと気にしなくてもいいくらいには愛されている自信がある。

「体のどこからでも自由に花が咲くようにしてもらう」
「……それは確かに、こんなよくわからない願いをするような生物は滅ぼすのも嫌だって思って征服を止めてくれるかもしれませんね」

ああ、悲しいかな。明音は自分の言葉が密かに私を傷つけているなんて微塵にも思っていないだろう。あくまで、私も自分と同じように地球の行く末を案じて考え出したと思っているだけなんだ。

だけど、こんなことを願った場合の正しい結末は「そんなことを考えるなんて地球人は我々の手には追えないような進化をしようとしているのかもしれない。急いで侵略に行くぞ」だ。

「でもまあ聞いてよ。それで私は宇宙人に人体改造をしてもらって自由自在に花を咲かせる人間になる」
「人体改造……きっとそれはもう人間とは呼べないですよ」
「いいや、私は人間をやめない。指先からピンクの花が咲いたら明音を呼ぶね」
「そんな花咲かせてるなまえさんを見て、僕はなんて声をかければいいんですか」
「綺麗だね、とか」
「覚えておきます」

こんな会話を誰かに聞かれたら末代までの恥となるだろう。でも、わりとみんなそんなものかもしれないな。高校生なんて馬鹿であって許されるんだから。むしろ馬鹿であれ。人生をより謳歌できるのは愚か者である、みたいな格言があってもおかしくない。

「あ、でも私は代償に声を差し出すから明音とはもうお喋りできない」
「代償が必要なんですか」
「そう。他にも目が見えなくなるか、耳が聞こえなくなるってのがあって私は喋れなくなることを選ぶの」
「どうしてですか」
「だって人魚姫だって声を奪われたでしょ」

別に人魚姫に憧れたわけじゃないけど、まあ一番生活に支障がでないかなって思っただけだ。それに他のを選んだらせっかく手にいれた力を満喫できない。咲いた花は見えないし、明音に綺麗だねとも言ってもらえない。

だから、きっと私は宇宙人企業地球侵略課営業部みたいなとこの他と見分けがつかない宇宙人から上手いこと言いくるめられて、喋れなくなるって選択肢があってよかったなあ、と胸を撫で下ろすんだろう。
ああ、もちろん地球がどうなろうと知ったこっちゃない。私の世界はいつだって明音を中心に回ってるんだから。

「喋れないなまえさんなんて、もうなまえさんじゃないですよね」
「そんな私でも愛してね」
「あまり自信はないですね」

これまた結構酷いことを言っている自覚のない明音が神妙な面持ちで顎に手を当てる。私は仰向けに横になったまま唇を突き出してジタバタと両手足をばたつかせる。

「ひどーい!人魚姫の王子様はそんな彼女でも愛していたのに!」
「え、声は取り戻すんじゃなかったですっけ?」
「あれ、泡になっちゃった気もする」
「あとで誰かに聞いてみましょうか」
「そうだね。でも、明音は王子様になれないから違う役職をあげよう」
「なんですか」
「私の彼氏」
「もう何の話してたかわかってないでしょう」


あと二分で昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。そしたら私たちは当たり前のように教室に行って、今の会話を少しずつ忘れてしまう。だから、いつか本当に私たちのとこに宇宙人が乗ったUFOがやってきたって、こんな話をしたことさえ覚えていないに違いない。それでも、今この瞬間が少なくとも私たちのすべてなのだ。






ラ・カンパネッラは愛を叫びたかったのだろう




ラ・カンパネッラは愛を叫びたかったのだろう


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