強い陽の光が手に持ったアイスを少しずつ溶かしていく。
この町に来てから二日が経った。気になるお店を探して散策したり、ホテルでまったり過ごしたりしているうちにあっという間に過ぎてしまった二日間。
今日は起きたのが二人ともお昼前だったので、簡単に朝ごはん兼お昼ごはんをパン屋のサンドイッチで済ませてからお気に入りのアイス屋へとやって来ていた。ベンチに座って溶けかけのピスタチオのアイスを食べながら、ぼんやりと空を仰ぐ。

「食べんの遅くね?溶けかけてんじゃん」
「だって、アイスって冷たいからさ」

先に食べ終わってゴミを捨てに行っていたエースがそんな私を呆れたように笑う。

「なんか湖があるらしいんだけど行ってみね?」
「え!行きたい!」

そこまで大きいわけではない町は一通り歩き尽くしていて、正直目新しさといものはなくなってきていた。エースにその湖のことを教えてくれたおじさんが言うには、観光客はほとんど知らないし、地元の人たちもこの時期は滅多に行かないからゆっくりできるんじゃないかということらしい。
急いでアイスを口にいれようとする私を「ゆっくりでいいから」と制して隣にエースが座る。その言葉に甘えて、一口、また一口と溶けかけのアイスを口に含む。その甘さと冷たさに思わず顔をしかめれば、エースがバカにするように笑った。



その湖は街の外れの小道からさらに逸れた林の先にあるらしい。手入れのされていない道には雑草が生い茂り、だけど車は通るようで、押しつぶされた轍が続いている。むせ返るような草いきれに包まれ、はあっと息を吐きながら空を見上げると、背の高い針葉樹の葉の隙間からキラキラとした陽射しが降り注いでいた。

「どうした、疲れた?」
「ううん、大丈夫」
「ほら、もーすぐだって。そこで林が途切れてる」

いきなり足を止めた私を気遣うように振り返ったエースが道の続く先を指さす。確かにそこで木々は途切れ、眩い光がその先の景色を覆い隠すように漏れだしている。

ラストスパートは競走しようと返事も聞かずに走り出すと、エースも渋々といった様子を装いながら私を追ってきてくれた。本当ならエースの方が速いのは分かってるけど私の速度に合わせて走ってくれるから、二人で並んで光のトンネルを抜ける。

「……わあ」

目の前の光景に思わず感嘆の声が漏れる。突然開けた林の先は一面の緑で、さっきまでの薄暗い林の雑草とは違い、背丈の揃った草花が惜しみないほどの光を浴びて伸び伸びと広がっている。そんな草花に囲まれた湖は思っていた以上に大きくて、陽の光を反射する水面がそよそよと吹いた風によって少しだけ波立っている。岸辺にボートが一艘繋がれているけど、おそらくあれで湖面に浮かぶ小島へと行けるのだろう。
湖の手前まで歩み寄り、しゃがんで水の中へと手を入れる。

「入る?」
「うーん、冷たいよ」
「じゃ、また今度だなー」

驚くほどに透き通ったその水は、ごろごろと底に転がる苔むした石の存在まで見ることが出来た。振り返るとエースは草むらの上に寝そべっている。冷たい水で濡れた手を軽く払って、私もその隣へと腰を下ろした。
そのまま昼寝でも始めるつもりらしいエースを横目に見ながら、近くに生えていたシロツメグサを一つ、二つと摘んでいく。

「何すんの?」
「花冠、久しぶりに作りたくなって」
「へえ、作れんだ」
「上手だねって評判だったんだよ」

長い茎を編み合わせながらそれを少しずつ太くしていく。小学生の頃、そうして一緒に野原で遊んだ友達たちとは中学で別れてから疎遠になっていた。だからきっと、私がいなくなったことも知らずに今日も向こうの世界で元気に暮らしてる。そして、私が元の世界に帰ることになったことだって彼女たちにとってはどうだっていいことなのだ。

「あと何日かこの町で過ごしたら、もう少し北の町まで行こ。そこ産業の盛んな町だから、何かしらの仕事見つけてさ」
「……うん」
「それでまた金貯めたら、どっか移り住んで」

その瞳を見たらお互いの不安が流れ込んできてしまうような気がして、エースと目が合わないように花冠を作るのに集中しているフリをする。エースはただ大丈夫と言って欲しいのだ。私はいなくならない、二人でもこの世界で生きていけるって、そう言って欲しいのだ。だけど、そんなことは言えない。言えるわけがかなった。
私たちはまだまだ子供で、そんな子供が二人だけで生きていけるほど世界は甘くないと本当は知っているのだから。

「出来た?」
「……もう少し」

学園を逃げ出してから今日までお互いが持っているスマホには誰からも連絡が来ていない。それは決して私たちが上手く逃げきれているからというわけではなくて、探す必要はないと判断されたから。どこまで行こうと数日後には私はこの世界からいなくなる。その運命はもう変えられないのだ。
だからせめて、それでも必死にそんな未来に抗おうとする可哀想な子供たちに二人だけの時間を与えてくれている。許されているだけだと知りながら、それでも必死に逃げ続けていると言い聞かせて、さだめられた未来に抗うのは愚かなことなのだろうか。

「完成!どう?」

出来上がった花冠を頭に乗せれば、寝転がったまま私を見上げたエースが驚いたように目を丸くした。

「エース?」
「……いや、可愛すぎてびっくりしてた」
「なにそれ」
「ちょっとこっち来て」

手招きされるがままエースの方へと顔を近づければ、そっと後頭部を抑えられて唇が重なる。柔らかな風が吹いて、軽やかな草花の匂いが鼻腔をくすぐる。
触れるだけのついばむようなキスはどこか気恥ずかしくて、つい身をよじるように逃げ腰になってしまうけどエースがそれを許さない。

もしも私たちが、自分の未来を好きに選べるような大人だったら何が変わっていたのだろうか。大人だって出来ないことはあるとは分かっているけど、それでもやっぱり、今よりも選べたことがあったんじゃないかって、そんな気がしてしまう。
たとえば、二人だけで世界からいなくなる、駆け落ちじみた心中。そんな未来を一瞬だけ思い描いてしまって、慌ててかき消した。身体の芯には痺れるような背徳の感触が残り続けている。






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