「そろそろ時間ですよ」
「はい」

満月の夜。月が夜の一番高いところへと昇る時間。私は鏡の前に立っていた。もうすっかり着慣れた制服に身を包み、それ以外のものは何一つ持っていない。
見送りはエース、そしてグリム、デュース、学園長だけでお願いした。もちろん、この世界で出会った多くの人たちにも学園に戻ってからの数日で、何度も何度も別れと感謝の言葉を伝えている。「もう聞いた」と呆れたように笑いながら、それでも決して蔑ろにはせず私の言葉を聞いてくれた同級生や先輩たちの顔を思い出して、ぎゅっと胸が苦しくなる。
それを振り切るように一歩足を踏み出す。

「グリム、デュース、出会えてよかった。大好きだよ」
「オレ様のこと忘れるんじゃないんだゾ」
「身体には気をつけろよ」

その言葉に大きく頷いて最後の抱擁を交わせば、堪えきれなくなったようにグリムがボロボロと涙を流す。慌ててその涙を拭こうとした手を伸ばしきれなかったのは、これからはもう私はこうしてグリムに触れられないのに、というためらいからだった。その意図を察したデュースが代わりにグリムを抱き上げてくれる。
その姿に大丈夫だと頷いて、ゆっくりとエースと向き直る。
いつもと何も変わらぬように装いながら、それでも隠しきれぬほど赤くなった目元。最後に伝える言葉は示し合わすまでもなく、お互い分かりきっていた。

「エース、愛してる」
「オレも愛してる」

初めて使った「愛してる」なんて大人びた愛の言葉はやっぱりどこか稚拙な響きになってしまって、二人して吹き出すように笑った。だけどきっと、私もエースも、この子供時代の最後の足掻きみたいな「愛してる」を一生大事に胸に秘めて生きていくんだろう。

「じゃあ、行くね」
「おう、じゃあな」

鏡のレリーフに触れると鏡面がゆらりと揺らめく。その向こうに確かに懐かしい気配がした。





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