カリム先輩の部屋から見ることのできる大きな空は、今日もどこまでも青く青く突き抜けていく。この青の続く先が宇宙なのだと知りながらも、こうして地上から見上げているだけでは、その果てなんて感じられない。
空と宇宙の境目はどんな色をしているのだろう。黒と青がすぱんと二層に分かれているのだろうか。それとも朝焼けや夕焼けのように様々な色が混ざり合い、その境界を曖昧にしてしまっているのだろうか。

世界の境界のことを想像していると、自分の存在までそこに呑み込まれてしまいそうで不安になる。慌てて隣のカリム先輩の手を握ると、驚いたように真っ赤な瞳が私を見つめた。

「どうかしたか?」
「カリム先輩、好きです」

色の鮮やかな調度品に溢れた部屋のベッドの上、二人で寝転んで過ごしている休日のお昼前。そんな自分のいる場所が明確に形を取り戻す。この世界にいることを幸せだと思えるようになってから、時折こうして自分の存在が不安定になることがある。
そんなとき、私はいつだってカリム先輩のことを好きだと口にする。カリム先輩が近くにいれば、その手を握りながら。ひとりのときは、自分に言い聞かせるように。

「はは、可愛いことを言ってくれるな」

楽しそうに笑ったカリム先輩が、私の髪を撫でた。そんな手に擦りつくように身体をまかせながら、心の奥の方に住むひどく冷静でしたたかな私が目を覚ます。カリム先輩に向けて繰り返す愛の言葉は、とても利己的で自己欺瞞な行為なのだと分かっている。世界の境界から、ぼとりと落っこちてしまった私が、時間の濁流に流されないようにその手を握り、ここが自分いるべき場所ではないことを忘れられるように愛を求める。カリム先輩を通して、この世界に自分の存在を許させようとしている。

「カリム先輩も私のことが好きですか?」
「何言ってるんだ?当たり前だろ」

唇がそっと私の頬を掠める。
ここには今、私たちの愛しかない。だけどそれは、純粋な愛ではないのだとも思う。私は私のためにカリム先輩を愛し、カリム先輩は自分が受け入れるべきもののひとつとして私を愛している。アジーム家、そしてカリム先輩の生きてきた道。そこにはたくさんの愛も憎しみも、恨みも優しさも落ちていて、それらを取捨選択してきたのだろう。

ひとりぼっちで異世界から落ちてきた私の縋った「愛してる」、そして「どうか私の存在を赦して欲しい」という祈りは、その中の拾うもののひとつとして認められた。
だから、私は受け入れられているだけで、愛されているわけではない。でも、そう言ったって、カリム先輩はそんなわけないだろと笑い飛ばすのだろう。

「私ね、ニセモノの宝石が欲しいんです」
「ニセモノ?お前になら本物の宝石をいくらだってやるぞ?」

意外そうに私の顔を覗き込むカリム先輩にクスクスと笑って、ねだるようにその首に腕を絡める。

「違うんです。その美しさにうっとり見惚れながら、だけど所詮それは空っぽだから、雑に扱ったっていいって安心できるようなニセモノが欲しいんです」

そう言って唇の端に触れるだけのキスをする。カリム先輩はよく分からないと首を傾げたけど、すぐにまあいいかと吹っ切れたように「じゃあ、すぐに用意させるな」と笑った。
きっと、そう遠くない未来に、私はカリム先輩のもとで、たくさんの宝石や芸術品のひとつになるのだろう。手をかけてもらわなければ生きることもままならない、美しく脆弱でデカダンスな嗜好品。その手の中でなければ自分の存在を保てず、壊れたように愛を囁き歪んでいく。

「そろそろお腹がすきましたね」
「ああ、そうだな。もうすぐ飯の時間だし、ジャミルのとこに行くか」

カリム先輩がベッドから起き上がり、そっと私に手を差し伸べた。ベッドの上のふたりだけの世界がゆるやかに消えていき、本来あるべきこの世界の賑やかさを取り戻す。
ここにある愛はニセモノだ。だけど、信じてしまえば楽になれることも知っている。この世界にいたいから愛しているのか、愛しているからこの世界にいたいのか。受け入れなければいけないから愛したのか、愛したいから受け入れたのか。
そんなものの境界が全部曖昧に崩れ落ちて、ただ目の前にあるものだけを信じられたら、私は簡単に救われるのだろう。

「カリム先輩、愛してます」
「ああ、オレも愛してる」

握られた手の輪郭から、私の存在が明瞭になっていく。これは愛であって、愛ではないもの。心の奥に住まうすべてを俯瞰し見透かす冷酷な私を、早く殺してしまって、その血も心臓も捧げてしまいたい。そうして、ただこの手を崇拝する供物になれたなら、私はもう自分の存在を不安に思い、苦しむ必要はなくなるのだろう。だけどそのとき、私はまだ私でいられるだろうか。







私の愛は信仰で、あなたの愛は義務





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