厳かな祭壇の前に跪き、じっと祈りを捧げる。
だけど、この祈りの届く先はここではない。
すっと顔を上げる。絢爛なパイプオルガンと十字架、そして壁に描かれた神と呼ばれる人の姿。
あなたは確かに神なのでしょう。
それなら、私のことをどう思われているのか。
異世界よりやって来た異端者。信仰もないくせに毎日こうして祈りを捧げに来る私を憐れだと思っているのだろうか。
それなら救って欲しい。今よりもずっと重たい苦しみを与え、そしてあなたしか信じられないと思わせて欲しい。
だって、そうでなければ私はーー

「随分と熱心な祈りだな」

突然、思考を遮った声に驚いて振り返る。ステンドグラス越しに降り注ぐ極彩色の光を浴びて、眩しそうに瞳を眇める姿に思わず息をのむ。

「ジャミル先輩」

かろうじて呼べたその名前は、射し込んだ光に溶けて消えていく。なんて神聖な光景だろう。思わず跪き、頭をたれたくなる衝動に駆られる。まるで異教の神と邂逅してしまったような焦燥、そして仕えるべき道を見つけたことへの安堵。

「毎週毎週、よくも飽きずに通ってるな」
「…...ジャミル先輩だって、よく飽きずに迎えに来ますね」

毎週、休みの日に街の教会まで出向いて祈りを捧げる私を、ジャミル先輩は必ず迎えに来る。そしていつだって、私の祈りを中途半端に途切れさせてしまう。

「前みたいに、知らないうちに修道女になる算段を進められていたら困るからな」
「でも、悪くないと思いませんか?卒業後に路頭に迷わずに済むし」

仕方ないからもう帰ろうと立ち上がってジャミル先輩のもとに歩み寄る。そんな私に向けて、ジャミル先輩は呆れたように笑った。

「信じてもいないくせに」
「でも、理解しています」

この世界の神が起こした奇跡については、いくつもの文献を読んだ。祈りの言葉を暗唱できるようになった。どのようにして人々を救い、罰し、崇められ、そして、何故その身を捧げたのか。だけど、理解することは出来ても、それを信じることは出来なかった。信仰を伴わない空っぽの祈り。私に理解し得る神は、私の神ではなかった。それなら、私の神はどこにいるのか。

「君は、何をそんなに祈ってるんだ」
「何をって言われると困っちゃうんですけど、祈っている間は救われるから」

重たいを扉を開くと、外の世界の眩しさに思わず目がくらむ。徐々に光に慣れた瞳がとらえたジャミル先輩が、優しく私を見つめている。

「そんなにこれからのことが不安なら素直に俺に任せたらいい。君ひとりくらい何とでもなる」
「ジャミル先輩は本当に私が好きなんですね」
「そう言ってるだろ。あとは君が俺を好きだと認めるだけだ」

それが出来ないから祈っているのだと言ったら、ジャミル先輩は苛立たしげに眉を顰めるのだろう。
神秘的な力を認めた時に宗教が生まれるのだという話を聞いたことがあるけど、それなら出会い方が違えば、私たちはよき恋人同士でいられたのだろうか。同じ世界に生まれ、同じ価値観を持ち、始まりも終わりも恐れずにいられたなら、迷わずにその手を取れたのだろうか。
だけど、現実は違う。生まれ育った世界に捨て去られた絶望の淵で、私はジャミル先輩の中に神を作り出してしまった。救いを、求めてしまった。

「ジャミル先輩は酷いですね」
「何を言ってるんだ。酷いのは君だろ?」

フッと鼻で笑ったジャミル先輩が、また前を向いて歩き出す。置いていかれないように、私もその後を追う。
好きだと認めるわけにはいかない私を好きだというのは、どう考えたって残酷だ。だって、愛されることを受け入れてしまえば、私はジャミル先輩に依存し、この身も命も捧げてしまうことくらい分かりきっている。そうやって、自分のことすら一番にできない彼に、私のすべてを背負わせしまうのだ。そしていつか、そんな多くのものを背負った姿に、妬み嫉む心が、そのほどこしを私だけのものにしてしまいたくなるだろう。

──申し上げます。
──申し上げます。旦那様。

昔読んだ小説の一節。頭の中に響くこの声は、そう遠くない未来の私の声だ。だけど、そんな声には耳を塞ぐ。聞こえない、何も聞こえない。この小説の結末を思い出せ。そんな未来を認めない。
ふと足を止め、振り返った先の教会。そこに神がいるのなら、いつか訪れる裏切りの罪をどうか、今から贖わせてください。そして、どうかあなたを信じさせてください。そうでなければ私は、彼を愛することも出来ない。






私の愛は告解で、あなたの愛は残酷





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