「……何をしてるんだ」

ため息混じりのそんな声が聞こえて振り返れば、片手で眉間のあたりを押さえるジャミル先輩が少し離れたところに見えた。その姿に嬉しくなったものだから、手に持っていたスコップは放り投げて、ジャミル先輩へ向けて両手を大きく振る。

「何って雪かきですよー!」
「助けてくださいって朝っぱらから送ってきたメッセージは何だったんだ」
「今朝はこんなに積もっちゃって二人じゃ大変だから助けて欲しいなって」

今朝目が覚めてカーテンを開けたら、今シーズン最高の積雪量だった。一面の銀世界。綺麗とか思うよりもまず雪かきの心配をしてしまうようになったあたり、私もすっかり子供心を失ってしまったと少し悲しくなった。
そこでこの憂鬱さを少しでも和らげようとジャミル先輩に連絡をしたのだけど、まさかここまで来てくれるとは思わなかった。確かに助けてとは言ったけど可愛いスタンプ付きだったし。

「君一人にしか見えないが」
「グリムはさっき寒いって逃走しました」

上げっぱなしだった両手をおろして、雪に埋もれた道をざくざくとジャミル先輩の元へと歩く。これだけ積もってるし、降りたての雪なので滑ったりはしにくくていいなって思っていたら見事に転んだ。油断大敵。

「何をしてるんだ」
「……雪につまずきました」

本日二度目の大きなため息。

「本当に君は……ほら」
「わー!ありがとうございます」

いつの間にか倒れた私の元まで来てくれていたジャミル先輩が、呆れたように私を見下ろしている。仕方ないと言った様子で差し出された手に喜んで飛びついたところで、ふと変な悪戯心が芽生えてしまった。その欲望のまま、掴んだ手を引っ張る。こんなことでジャミル先輩が倒れるとも思ってはいないけど。

「えいっ!……って、あれ」

だけど何故か引いた手に抵抗はなくて、私の予想に反してジャミル先輩は私の隣に倒れ込んだ。私みたいな無様な倒れ方じゃないから、倒れ込むという表現はなんか違う気がするけど、とにかくさっきまで私を見下ろしていたジャミル先輩が今は隣に座り込んでいる。

「あー、わざと引っかかりましたね!」
「ナマエのやることなんて分かるに決まってるだろ」
「分かってて引っ張られてくれたんですか?」
「そういう気分だったんだ」

ズボンに付いた雪を払いながら、ぶっきらぼうにそう答えるジャミル先輩。そんな姿に、私の胸の中には何だか温かいものが込み上げてくる。

「助けてってメッセージだけでここまできて、一緒に転んでくれて、ジャミル先輩って私のこと好きですよね」
「好きじゃない」
「えー」
「君は?」
「ジャミル先輩のこと?好きですよ」
「知ってる」

これは私たちがよくやるお決まりのやり取り。私がジャミル先輩のことを好き好きと言い寄って、ジャミル先輩は好きじゃないって面倒くさそうに言う。
それでもやっぱりジャミル先輩は私のことが好きなんじゃないかって思うことはあるんだけど、本人がこうして否定するから本当のところはよく分からない。だけど別に、今はどっちでもいいかなって思ってる。嫌われてたら困るけど、そうではなさそうだし、こうして一緒にいてくれるし。
ジャミル先輩がいるだけで、私の毎日はとっても楽しいのだ。今日だってあんなに嫌だったのに、雪が降ってよかったなぁ、なんて思っちゃってる。
ああ、だけどやっぱり、雪かきは面倒くさい。

「この雪、魔法で一気に消せないんですか」
「気分じゃない」
「さっきから気分気分ってどこの気分屋さんですか!」

頭に思い浮かんでいるのは当然あのウツボの先輩のことで、こんな気分屋が二人になったらバスケ部どうするんだ。エースが可哀想じゃないか。

「なんか火とかでばーっと溶かしてくださいよ」
「それこそグリムの得意分野だろ」
「あっ!そっか!」

なんで思いつかなかったんだろう。朝からの地道な努力を思い返して込み上げる虚しさ。急に色々なやる気がなくなってそのまま身体を倒せば、全身が雪まみれになる。頬にあたる雪が冷たい。

「風邪をひくぞ」
「うーん、ジャミル先輩が看病してくれるならあり」
「なしだ」
「じゃあ仕方ない、寮に戻りましょうか。温かいお茶でも飲んで、それからグリムにお願いしよ」

そう言えば、先に立ち上がったジャミル先輩が手を差し出してくれる。今度こそ素直にその優しさを受け取って、私たちは銀世界の中をゆっくりと歩いていく。
そんな一月の話。






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