まだ残暑の厳しい日はあるものの、それでもむせ返るように密度の濃い夏の気配はどこか遠くへと消えてしまった。空は突き抜けるほど高く、薄い青を伸ばしている。
海から吹き付ける潮風を頬に感じながら砂浜を歩けば、打ち寄せた波が白く泡立つ残滓だけを残してまた引いていった。そこでふと、砂に埋まるようにして何かが光っていることに気づいて足を止めた。拾い上げてみれば、それはピンクの白の混ざった貝殻だった。

「ジャミルせんぱーい!見てください!大きな貝殻!」

少し後ろを歩いているジャミル先輩に向けてそれを持ったまま手を振れば、眩しそうに瞳が細められた。光沢を帯びた貝殻だから、太陽の光を反射して眩しかっただろうか。もしかしたら、休みの日なのに海に連れ出したことを不満に思っている表情かもしれないけど。

「貝殻ひとつでそんなに喜んで、君は一体いくつだ」
「えー、いくつになっても貝殻を拾うのは楽しいじゃないですか」

立ち止まった私の元に追いついたジャミル先輩が手のひらの中の貝殻を覗き込む。綺麗な黒髪が潮風に揺られて靡いていて、私の髪も同じようになっているのだと思ったら、上手く言葉に出来ないけれど嬉しくなる。

「貝って不思議ですよね」
「不思議?」
「だって、この貝はもう死んじゃってるんですよね。だからこれはただの死骸なのに、こんなに綺麗で、このままいつまでも残っていくような気がする」

ジャミル先輩の瞳が一瞬私を見て、それからすぐにまた貝殻へと落とされた。

「時々、私は今とっても長い夢を見てるんじゃないかって思うことがあるんです」

波の音に合わせて、遠くから海鳥の鳴き声が聞こえる。海水浴のシーズンの終わった海岸には私たち以外の姿は見えず、ただ静かに時間が流れている。これからこの海は眠るような季節を越えて、また賑やかな夏を待つのだろう。
戻ることなく流れる時間の中で、この世界の異分子たる私の積み上げた時間はどこへいくのだろう。

「でも夢ってすぐに忘れちゃうから、少しでも何か手がかりになるような思い出が沢山欲しいなって、思ってて」

私が消えたあとに残るものが、この貝殻みたいに綺麗だったらいい。私の立っていた場所を、私の大好きだった人たちを、その想いが凝縮したような綺麗な欠片を残せたら、これはとってもいい夢だったと思えるから。

そのとき急に持っていた貝殻を奪われる。「えっ」と声を上げてジャミル先輩を見上げれば、ひどく不愉快そうに睨まれた。その表情を見る限り、貝殻が欲しかったとかそういうことではなさそうだ。

「君は帰る気がないんじゃないのか」
「もちろん、このままずっと、ジャミル先輩と一緒にいたいです」

ジャミル先輩の手の中にある貝殻は、私のもとにあったときよりもちっぽけで脆弱に見える。あと少し、何かの衝撃が加われば、ぱきり、と割れてしまいそうなくらい。

「でも、夢が覚めるのは止められないじゃないですか」

時々、ジャミル先輩を傷つけてしまう私の言葉。それはいつも意図しないものではあるけれど、今日はちゃんと意志を持って口にした。どうしてそんなことをしたくなったのかは自分でも分からないけれど、その手で貝殻が粉々になるところを見たかったのかもしれない。
いつか、私が落としていった思い出がジャミル先輩を傷つけることになるとしても、それも同じように壊してくれるように。

「俺は、君の思い出になんてなってやるつもりはない」
「えー、ひどーい!

だけど、ジャミル先輩の手の中にあった貝殻はヒビのひとつも入ることなく返された。綺麗なままの貝殻を受け取りながら、残念なような、嬉しいような、そのどちらもが混ざりあった感情がこみ上げる。

指の腹で光沢を帯びて光る貝殻の表面に触れる。本当はわかっているのだ。ジャミル先輩は私の大切なものを同じように大切にしてくれる人だって。だから、それに傷つけられることがあったって壊したりはしないのだって。
だからきっと、本当にひどいのは最後まで私の方になるんだろう。
そんな九月の話。







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