びりびりと紙の破れる音を聞きながら新たな暦を眺める。街の雑貨屋さんでみつけた可愛いイラストのカレンダーは大のお気に入りで、新しい絵柄に変わるこの瞬間が毎月の楽しみのひとつとなっている。

「あ、エイプリルフールか」

四月一日。元の世界のちょっとした変なイベント。嘘をついてもいい日なんて誰が思いついたのだろうと考えながら、気がつけば一日が終わってる。それが毎年のことなのだけど、今年の私はそうはいかない。なんてたって今の私はジャミル先輩を中心に回っているのだから。ふふふっ、とどこかの映画にでも出てきそうな悪役よろしく笑ってから、まだ眠っているグリムを起こさないように部屋を出る。
今日の朝ごはんは何にしようか。キッチンに向かう階段を降りながら見上げた窓ガラス越しの空は春らしい陽気な晴天だった。





***




一日中ずっと浮き足立った気持ちで過ごし、待ちに待った放課後。授業が終わると同時に教室を飛び出してジャミル先輩がいそうな場所を見て回る。「どこにいますか?」と連絡したら済む話なのは分かってるけど、待たれるよりはみつけたい乙女心なのだ。
そうして三箇所目にして見事ジャミル先輩を発見した。

「ジャミル先輩!」

その姿に嬉しくなって大声で名前を呼べば、一瞬うるさそうに眉を顰められた。

「そんなに叫ばなくても聞こえる」
「でも、嬉しくて」
「だからって周囲のことも考えろ」

ジャミル先輩のもとへ駆け寄れば呆れたようにため息をついて少し怒られる。これを言われるのは初めてではなくて、実はもう何度か言われているのだけど、ジャミル先輩を見るとどうしても抑えきれない衝動のようなものが湧き上がってしまうのだ。だけど私はちゃんと反省ができる子なので、この失敗を次に活かそう。毎回そう思ってる。

「何かあったか?これから部活に行くんだが」
「少しお話がしたかっただけなので、途中までお供させてください!」

本当はそのまま体育館を見学しに行きたいところだけど、今日の目的はそれではないので欲張るのはやめておいた。
体育館へ向かう道を歩いているうちに授業後の喧騒も落ち着きはじめたので今度こそ周囲を確認してからジャミル先輩に話しかける。

「ジャミル先輩、私のこと好きですか?」
「好きじゃない」
「じゃあ、好きってことでいいですか!」
「は?」

いよいよ本当に私の頭が大丈夫かと、呆れるのを通り越して心配しているような表情のジャミル先輩。このままじゃ私の威厳に関わるのでさっそくエイプリルフールというものの説明をした。

「へえ、嘘をつく日か」
「だからね、私のことが好きじゃなかったら、好きって言ってください」

別に嘘をつかなきゃいけないわけではないのだけど、そこは上手く濁して説明させてもらった。だってその方が都合がいいから。それに、どうせエイプリルフールなんて私しか知らないんだから問題はない。
そんな言い訳を心の中で言い聞かせながら、ジャミル先輩へと期待の眼差しを向ける。

「……言わない」
「えー、これならジャミル先輩に好きって言って貰えると思ったのに」

がくりと項垂れて、拗ねたように唇を尖らせてみるけど、ジャミル先輩は本当に言ってくれる気がないらしく顔をそむけられてしまった。

「ナマエは、都合のいいときばかり元の世界の話をするな」

私のことを見ないまま、そっと呟かれた言葉に首を傾げる。そうだろうか。うん、そうだったかもしれない。元の世界なんてもう関係ないと言いながら、この間もバレンタインの話をしたことがあった。

「なんだろう、未練みたいなものですかね。忘れたく、ないのかも」

心の中でもやもやと結像しない感情を少しずつ探り当てるように、ぽつりぽつり、と言葉を紡ぐ。喋りながら見上げた空は朝と変わらずよく晴れていて、薄い雲が風に流されていく。
その時ふいに並んで歩いていたジャミル先輩が足を止めたものだからつられて振り返る。すぐには止まりきれずに三歩分ほど離れたその距離と、私を見つめるジャミル先輩。何か言いたくて、でもそれを言うことも出来なくて、ひどくもどかしそうな、だけどそれを押し隠してる、そんな、変な表情。

「──嘘ですよ」

ためらうようにジャミル先輩が口を開く気配がしたから、つい反射的に声を出していた。どうしてかは分からないけど、そうやって言わないといけない気がした。

「ぜんぶ嘘だから、そんな顔しないでください」

困ったように笑えば、ハッと驚いたように目を丸くして、それから今度は照れたように顔をそむけられた。思ってたのとは違ったけど、珍しいジャミル先輩の表情が見られたからエイプリルフールには大満足だ。

「じゃ、私は帰りますね。部活頑張ってください!」
「……どこに行くんだ」
「え?だから、寮に帰るんですけど」

満足したから帰って夕ご飯の準備をしよう。そう思っていたのに予想外に引き止められてしまった。

「見ていきたいなら、見てけばいいだろ」

一体なんのことかとしばらく考えて、ジャミル先輩の部活のことだと気がつく。本当は見ていきたいのがバレていたらしい。

「いいんですか?」
「ああ、終わったらうちの寮で夕食も食べていけ」

怒涛の優しさの連発にぱちぱちと瞬きをしてみるけど、どうも夢でも聞き間違いでもないらしい。だんだんと心の中が温かくなっていく。
春空の下の木々は蕾をふっくらと膨らませているけど、私から発された熱で一気に花開いてしまったりはしないだろうか。ぶわり、と一斉に花々が咲き誇る様子を想像して口元が緩む。

「あれ?もしかして寂しくなっちゃいました?」
「それ以上言うと全部嘘にするぞ」
「わー、ダメです!ごめんなさい!」

開いてしまった三歩分の距離をまた戻ってジャミル先輩の隣に立つ。どこか決まりの悪そうなジャミル先輩を見上げながら、心の中にひっそりと隠した不安が気付かれなかったことに安堵する。
いつもみたいに「君は?」なんて、私がジャミル先輩を好きかどうか聞き返されなくてよかった。ジャミル先輩のことを私は胸を張って大好きだ思ってはいるんだけど、今日は少しだけその返事に困ってしまった気がするから。
そんな四月一日の話。




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