02

電車から降りれば駅の向こうに続く住宅街の明かりが闇夜にいくつも浮かんでいるのが目に入る。帰宅ラッシュからは幾分かズレているせいか、ホームに降り立ったのは私一人で他には誰もいない。意味もなく次の目的地へと規則正しく進んでいく電車を見送ってから改札口へと足を向けた。

ICカードをかざせば、ピッと機械的な音ともに改札が開く。この音を聞くと、やっと一日の労働から解放されたような気持ちになる。社会人二年目に突入し、新入社員の頃と比べればなんとか仕事っぽいことは出来るようにはなったものの、まだまだ肩肘張ることも多い。かといって仕事が嫌いなわけでもないし、些か個性的すぎる社員は多いものの楽しい職場だ。
だからまあ、今日の自分を労わって明日からも頑張ろう、と顔を上げた時、駅の壁にもたれるように立っている人影が目に止まる。

「あれ……?」

ポケットに手を突っ込んで、たいして綺麗に見えるわけでもないであろう夜空を眺める横顔。

「ぺーたん!わー、ぺーたんだ!」
「声がでけぇよ。あと外ではその呼び方やめろって……」
「あ、ごめん。早く会いたいなって思ってたから、嬉しくなっちゃって」

まっすぐ走ってその身体に抱きつけば、私が来ていたことには気づいていなかったのか肩を跳ねさせて驚いたぺーたんが顔をしかめる。ぺーたんのお姉ちゃんであるうるちゃんのマネをして、私もペーたんと彼を呼び始めたのは最初はおふざけだった。それがいつの間にか定着してしまったものの、人前で呼ぶことはしないという約束なのだ。
慌てて手で口を押さえて謝れば、ふっ、とぺーたんの表情が和らいだ。

「……おかえり」
「えへへ、ただいま」

等間隔に街灯が並ぶ閑散とした住宅街へと二人で並んで歩く。駅から少し離れたところで私も空を見上げてみるけど、やっぱり星なんて見えやしない。

「ねえ、さっき何見てたの?」
「さっき?」
「私が抱きつく前。ほら、星なんて出てもないのに」

指さす先を見ようと空を仰いだぺーたんが、そんなこと今気づいたとばかりに「あー」と間の抜けた声を出す。それからちらりと私の方を見て気まずげに目を逸らした。

「ん?」
「……ただ、なまえのこと考えてただけで空がどうとかなんて意識してなかった」

ぼそっと呟かれた言葉は掠れるくらいに小さかったものの、遠くから微かに聞こえる家々のざわめき以外聞こえないこの場所では、その声は何に掻き消されることもなく私まで届く。

「待っていてくれるなんて思わなかった」

自然とニヤつく口元を隠しもせず、隣を歩くぺーたんの手を取れば、とくに抵抗されることもなく指と指が絡んだ。いわゆる恋人繋ぎ。それがこんなにもしっくりと手に馴染むようになったのはいつからだっただろう。思い出せないことが、ふたりの過ごした時間の濃度を物語っている気がする。

「ちょうど電車降りたとこで帰るって連絡届いたから、待ってりゃくるだろと思って」
「別に家で待っててもちゃんと帰ってくるよ」

繋いだ手にぎゅっと力を込められる。不思議に思って顔を上げれば、ちょうど通り過ぎた街灯の明かりに照らされたぺーたんの頬が赤く染っているのが見えた。

「……おれも、早く会いたかったんだよ」

ぺーたんが駅に着いたときに私が会社から送ったメッセージが届いたのなら、三十分近くは待っていてくれたということになる。たった十五分の道程を一緒に帰るために。
朝も夜も同じ部屋で過ごしているのに、こうして二人の時間を大切にしてもらえているという事実が嬉しくて、愛されていると実感する。その衝動に押されるように、繋いだ手を引き寄せる。

「ねえ、コンビニ寄って帰ろー!」
「今日の夕飯は昨日の残りのカレーだろ」
「ちーがーうー!アイスが食べたいんですー」
「太るぞ」
「明日は外回りだからいいの!」

この道に建ち並ぶ家々の窓から漏れ出す光。その一つ一つが幸せの象徴のように見える。手のひらから伝わる体温が闇夜に溶けだして、私たちの幸せをきっと、そんな景色に混じるように軌跡を残していくのだろう。










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