07

どこで夕食を食べるか話しながら、駅前から少し逸れた通りを歩いていると小洒落た外観のお店を見つけた。店先に出されたブラックボードに書かれたメニューを見て、値段も手頃そうだったので、ここにしようということになる。
淡いオレンジの光で照らされた店内の様子の見えるガラス張りのドアを開けると、厨房からモスグリーンのエプロンを身につけた店員の女性が顔を出した。

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

頷けば店の隅の二人掛けのテーブル席に案内される。向かい合って腰掛けながら、傍らに置かれたメニューを開いた。
すぐにお冷を持ってきてくれた店員さんにお礼を言ってから店内をゆっくりと見回す。テーブル席がいくつか並び、カウンター席はない。白い板張りの壁には、古い映画のポスターやスワッグが飾られている。

「初めて来たけどいいお店だね」
「そうだな」

パスタやピザを中心としたメニューからお互いに好きなものを選ぶ。私がサーモンと貝柱のクリームパスタ。ページワンくんはマルゲリータのピザを頼んだ。
その時、テーブルに置いていた二人のスマホが同時に短く震える。画面に表示されたのはサークルのグループラインからの通知で、立て続けに「画像が送信されました」の文字が並ぶ。
開いてみれば、やはり大学近くのファミレスに行ったらしい部員たちの写真が何枚か送られている。次々に増える既読の数のうち二つは私とページワンくんだ。

「楽しそうだね」
「最初はこんなに騒々しいサークルだとは思わなかった」
「よく言われる。あ、そうだ。私たちの写真も送る?」
「やめとけよ。からかわれるだけだろ」

眉をひそめて嫌そうに首を振るページワンくんに「冗談だよ」と笑い返す。せっかくなので返信を送ったついでに、次回見る映画についても知らせておこうと思い立ち、さっき借りたばかりの映画のタイトルを送信した。部員たちから続々と「了解」といったスタンプが送られてくる中にページワンもいて思わず口元が緩む。

「その次観るやつ、なまえが選んだんだろ」
「そうだよ。前に一度観たことがあるんだけど、また観たくなって。せっかくなら皆でと思ってさ」
「どんな話なんだ」
「えっとね、過去にある出来事があって服役を終えた女性が、閉鎖的だった村の中で居場所を見つけて、少しずつ周りまで変えていく話なんだけど……最後は思わずボロボロ泣いちゃった」

照れながら話せば、ページワンくんは少し興味ありげに「へェ」と相槌を打った。本当を言えば、あまりに悲しすぎたラストシーンまで話してしまいたいけど、それは次の活動でページワンがこの映画を見てくれる時まで我慢する。
ノートには他の部員と同じく、いつも一言二言の感想しか書かれていないけど、帰りがけに「どうだった?」と聞くと返ってくるページワンくんの感想が結構好きだ。それは必ずしも私と同じことを感じていたという喜びではなくて、彼の感性の一端が彼の選んだ言葉で語られることが嬉しいのだと思う。ああ、そう思うと本当に、私はかなり彼に惚れているな、と気恥しさが込み上げる。

「なまえって映画が好きだよな。あと、よく小説も読んでる」
「そうだね、物語の類は割となんでも好きだよ。親の影響かなぁ?」
「親もよく観るのか」
「いや、そうでもないんだけど……一人っ子だからか、本も映画も惜しみなく与えられた環境ではあったなって」

そこでふと、前にページワンくんにはお姉さんがいると言っていた話を思い出した。その時は他の部員もいたからあまり詳しくは聞けなかったけど、確か私と同じ年だと言っていた気がする。

「ページワンくんのお姉さんってうちの大学?」
「いや、違う」

ページワンくんが教えてくれたのは都内の女子大の名前で、お互い一人暮らしなのでたまに急に押しかけられて困ると眉をひそめた。

「なんかいいなぁ。お姉さんと仲良いんだね」
「は?別に……あっ、いや、そういうわけじゃねェけど……」

歯切れの悪いその言い口は、仲が悪いわけではないけど素直に認めるのは癪だとでもいうような複雑さが伝わってきて、男女の姉弟ってこういうものなのかと、微笑ましさと羨ましさが混じりあう。
その時ちょうど、二人分の料理が一緒に運ばれてきた。テーブルに並んだ真っ白な陶器の皿。ページワンくんが差し出してくれたカトラリーケースからフォークとスプーンを手に取る。
いただきます、と手を合わせてから顔を上げると、大通りに面したガラスの向こう側を車の赤いライトが滲んだ流動線となって過ぎ去っていく。
駅に向かって歩く人も多いけれど、その喧騒はここまで届かない。店内に流れる有線放送の洋楽がゆったり響いているだけだ。
耳を傾けていると曲が切り替わり、それが知っている曲だったものだから「あっ」と声が漏れた。

「この曲」
「……あー、前に話題になってた映画の曲だろ」

私の呟きで曲に耳を澄ませたらしいページワンくんが納得したように頷く。様々な賞をとり、一時期あちこちでかかっていたミュージカル映画の曲の一つ。

「観た?」
「いや、観てないけど流石に知ってる」
「今これ再上映してるんだよ。もう一回劇場で観たいから行こうかなって思ってるんだよね」

パスタをフォークに巻き付け口に運ぶ。濃厚なクリームのソースが麺と絡み合って美味しい。これにして正解だったと、思わず満足気に頷いてしまう。でもページワンくんの食べているピザも生地が薄くて美味しそうなので、次に来た時はそっちにしてみるのもいいかもしれない。

「……その映画、今度一緒に行くか」
「え?」
「おれも、観てみてェし」

ページワンくんの方を見ると、すうっと視線を逸らされる。この表情を見るのが今日二度目だな、と思いながらも、今度はまるで予測できていなかったものだから、なかなか言葉が出てこない。
心の中で何度もページワンくんの言葉を反芻しては、私が都合よく解釈してるだけじゃないかと、その意味を考え直してみる。

「……一人で行きたいなら、別に」

何も答えない私に痺れを切らしたページワンくんが、ちらりとこちらを見た。その困りきった表情にハッと我に返って慌てて首を振る。

「あっ、いや、そんなことないよ!ちょっとびっくりしちゃって……是非、一緒に行きましょう」

居住まいまで正して頷けば、畏まりすぎだろ、とページワンくんが目尻を下げて安心したように笑った。
手に持ったフォークが照明の光を浴びて輝くのを眺める。今日のように成り行きで二人で食事に行ったりすることは今までも何度かあったのに、こうして予定を擦り合わせて、どこかへ一緒に行くなどというのは初めてで、自分でも思いがけなかったほどに心が浮き足立つのを感じた。










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