ガヤガヤとした人のざわめき。チェーン展開の安い居酒屋の店内には、煙草と焼き鳥の煙で満ちている。連日続く夏日のせいか、いつもより活気溢れ「生ひとつ!」と威勢のいい声が響き渡っている。
今日の約束の相手からは少し遅れるとの連絡をもらったので、先に飲み始めてしまったグラスからは半分ほどがもう減っている。
ビールしか頼んでなかったけど、料理も頼んじゃおうかなと思ってメニューに手を伸ばした時、タイミングよく仕切りが開いた。
「おつかれ、遅れて悪い」
「あっ、心操。いいよいいよ、おつかれー」
相変わらずの気怠げな瞳と綺麗な藤色の髪。仕事帰りの彼を労れば、わずかに肩を竦めて返される。席に座った心操に「ビールでいい?」と確認して店員さんを呼んだ。ついでに定番のメニューをいくつか注文する。
注文を取った店員さんが半個室の室内の仕切りをしめて戻っていくのを見送ってから、心操に向き直る。
「いやぁ、いいよね。心操はあまり顔が売れてないから、こんなお店でも気軽に飲める」
「売れてないはなんか違うだろ。あまり公表してないだけ」
少し不服そうな表情。こうしてチェーン店の居酒屋で、ただのしがないOLと飲んでいるくせに心操はれっきとしたヒーローだ。普通科の星。そうやって心操を呼んだ懐かしい日々。毎日のようにニュースで見かけるデク、ショートやダイナマイトなんかとは違って、心操はほとんどメディアでは見ない。でも、それが心操の凄さなんだって元C組みんな分かってる。
だけど、高校の同級生とはいったって、心操と同じクラスで過ごしたのはたったの一年だった。その一年の間、席がたまたま前後だっただけの私たち。
「そういえば、来る途中にアレ見たよ」
「アレ?」
「浜辺でやるサマーフェスティバルってやつ」
心操の飲み物も揃ったところで改めて軽く乾杯していると、思い出したように心操が口を開いた。ここの最寄り駅の柱に貼ってあった、少し離れた海岸で行われるサマーフェスティバル。浜辺に飲食店のブースが出たり、夜には花火も打ち上がる。
「好きでしょ、ああいうの」
「うん。花火も結構本格的らしいよ」
「ああ、花火もあるんだ。そこまで読んでなかった」
枝豆を手に取りながら心操が「へえ」と頷く。本当にちらりとポスターを見ただけで、私のことを考えてくれたんだと喜びそうになる心をたしなめる。たまたま今日、私と飲みに行く途中だったから私のことを思い出しただけ。何の約束もなければ、記憶にも留まらなかったに違いない。
「昔、C組でもやったことあるよね。花火」
「懐かしい! 心操がめちゃくちゃ花火持たされてて面白かったやつ」
「あれ、結構怖いんだからな」
文化祭が終わって間もない頃、先生に頼み込んで企画した季節外れの花火大会。寮の庭で私の家の倉庫で眠っていた大量の手持ち花火をみんなでやった。まだ心操がうちのクラスにいた頃の記憶。
「私、しばらくあの写真待ち受けにしてたよ」
「は? それは知らないんだけど」
「言ったら怒られると思って内緒にしてた」
唖然とした表情で私を見つめる心操に、したり顔で笑い返せば少しだけ睨まれた。何度かの機種変を経ても今なおスマホの奥深くに大事に保存されている写真。手元から勢いよく吹き出す火花と、その光に照らされた少し焦った顔の心操。確かに面白い光景ではあったけど、それ以上に堂々と心操にカメラを向けられることが嬉しかった。
あのとき、私があの写真を見て何を思っていたか、そしてこれからも何を思い続けるか。心操は一生、知るどころか考えることもないんだろう。
「あれ、企画したのみょうじだったよな」
「うん。花火が好きって話したときに、去年の夏に安売りしてたの買い込んだやつ、寮になったから今年は出来なかったの思い出して」
「みょうじのそういうとこに、あの頃みんな救われてたよ」
言葉の意味が分からなくて首を傾げると、心操の表情が柔らかくゆるんだ。
「好きなものを好きだって、ちゃんと臆面もなく言葉にしてくれるとこ」
ああ、とため息が漏れそうになって、何とか飲み込む。違うよ、本当に好きなものには結局、一度だって好きだという勇気もなかったんだから。
心操を好きになったのはほとんど一目惚れに近かった。席が近いから毎日何かと話す機会があって、それに浮かれながら彼と恋人同士になることを夢見た。だけど、体育祭。心操の活躍を見て、本気でヒーローを目指していることを知って、私の恋が気軽な夢ではないことに気づいてしまった。
ずるずると告白する決心もつかず、かといった好きじゃなくなるなんてことも出来るはずがなく時間が過ぎて、心操がヒーロー科への編入が決まったときには正直ホッとした。これで、私は心操を諦めることが出来るんだと思った。
だけど、ヒーロー科に行った心操はただ余計に手が届かなくなっただけで、見えなくなるわけじゃなかった。食堂で、学内のイベントで、ただでさえ目立つヒーロー科の中で心操を見つけることなんてあまりにも容易かった。私の目は自然と心操を追い続けたまま、気がつけば卒業してしまっていた。
「クラスの花火大会、あのあと結局、二年でも三年でもやったんだよ」
返事に困って話題を逸らせば、心操が「ああ」と頷いた。それから少しだけ懐かしむように目を細める。
「知ってる。あの子が楽しそうに話してくれたことがある」
あの子。その言葉に一瞬反応が遅れて、慌てて同じように笑う。今もまだ私と心操がこうして頻繁に顔を合わせるきっかけとなった、私の親友。
卒業して少し経った頃、やりたいことも特に見つからないまま、とりあえず大学に進学した私に心操から連絡が来た。心当たりもなく、だけどやっぱり少し期待しながら『久しぶり』と返事を打った。その淡い期待が、私の親友との仲を取り持って欲しいという頼みだったことに打ち砕かれることも知らないで。
心操に想いを寄せながら、哀れにも気づいていなかった。私の前の席に座っていた心操がいつも教室の真ん中の席に座るあの子を見てたことも、花火大会で困ったように眉を下げる心操の視線の先にいたのがあの子だったことにも、私はこれっぽちも思い至らなかった。
だって、私が見ていたのはずっと心操の後ろ姿か横顔でしかなかったんだから。教室の前後の席、私たちの距離はどこまでもそれでしかなかった。
それでも心操に嫌われたくない私は、健気に、あるいは愚かに、三人で会う機会を何度か用意した。そして、心操があの子のことを一年生のときから好きだったこと。その上で、ヒーローという夢を優先してきたこと。それでもずっと、あの子への気持ちを忘れられないでいたことを知った。
そして、あの子も少しずつ心操に惹かれていった。三人で遊ぶ輪から、私だけがゆっくりとフェードアウトしていった。
「でも、まさか別れるなんてなぁ」
「いつの話をしてるんだよ」
面倒くさそうに顔をしかめる心操。二人が別れたことを知ったのは、就職して半年が経った頃だった。遠方での就職が決まり、少しだけ疎遠になっていたあの子からの連絡。泣きながら別れることにしたと聞かされて、私はただ「頑張ったね」としか言えなかった。
実際、二人がなんとか関係を保ち続けるために、それぞれ頑張っていたことを知っていた。
それでも、一度もヒーローを志したことのないあの子には、心操が必死になって鍛錬に時間を費やすことも誰かのために傷つくことも、完全には理解しきれなかった。心操だって、あの子が周りの学生たちと同じように本当は恋人と過ごしたい時間を我慢していることも、就職活動や職場で抱いている不安にも、寄り添いきってあげることが出来なかった。
「ヒーロー相手じゃ、どうしたって我慢させることも泣かせることも多かったんだ。仕方ないよ」
仕方ない。そう笑った心操の声は、何の未練も感じさせない納得しきった響きだった。二人が別れてしばらくしてから、久しぶりにあの子と会ったときも、新しい恋人が出来たと嬉しそうに話し、心操と付き合ったことを後悔しているわけでもなく、だけどもう大事な思い出として片付けていると清々しい顔をしていた。
「行く?」
「え」
「その日なら、空いてるけど」
何の誘いか理解出来ずにきょとんと心操を見つめて、それから徐々に海岸でのイベントのことだと理解する。こんなチープな居酒屋で飲むことすら心待ちにする私に、そんな提案を断る道なんて用意されているわけもなく「行きたい!」と逸る気持ちを抑えきれないまま声を上げる。
心操もあの子も、ちゃんと新しい道を歩き始めているのに、私だけが今も、何も諦めきれないまま、ずっと歩き出せずにいる。
△ ▼ △ ▼
車を降りると潮の香りがした。
海岸からほど近いパーキング。電車で行けばいいと言った私に、心操が「せっかくの海だし、ドライブがてら車出すよ」と言ってくれたのだった。
「心操が免許持ってるのは知ってたけどさ、思ってた以上の安心感だった」
「そりゃあ、ヒーローだから。安全運転するよ」
浜辺へ続く下り坂。その歩道を二人で並んで歩く。傾き始めた太陽が眩しくて、自然と視線が俯く。心操の履く少しよれたスニーカー。意味もなく、その歩みを数える。
「みょうじも取れば? 便利だよ」
「心操が最初に助手席乗ってドライブ付き合ってくれるなら」
「それは……いいけど……」
横目に心操を見上げる。私の動きに気づいたのか心操も私と目を合わせて、そしてゆっくりと逸らした。
「何、その間」
「いや、後部座席にはどの個性がいいか考えてた」
「ちょっと! 事故る前提でヒーロー先に配置しないでよ」
肘で心操を小突けば、押し殺したような笑いが返ってくる。それにつられて私も笑う。薄暮の空に広がり、そして吸い込まれる私たちの笑い声。
そうやって歩いていれば、辿り着く砂浜。立ち並ぶ飲食店のブースには人が集まり、流行りのポップミュージックと人々のざわめきが混ざりあっている。
「花火までまだ時間あるけど、先に酒でも買って飲む?」
「いや、心操飲めないし後でいいよ。せっかく海まで来たんだし、もう少し歩かない?」
少し意外そうな表情を浮かべた心操の顔が夕陽に染まる。額にかかる影。つい見蕩れてしまいそうになるのをなんとか堪えて、喧騒に背を向けるように歩き出す。
イベントをやっている場所から少し離れた海岸は閑散とし、寄せては返す波の音がよく聞こえた。遠くに見えるテトラポット。
海へと目を向ければ、ほとんど姿を隠した太陽が海面を燃えるようなオレンジに染めている。その上から重なるように濃淡を変える藍色。真ん中で光る星はきっと金星だろう。
「綺麗だね」
「うん」
多くは語らなくても、心操もこの景色の美しさに目を奪われているのが分かる。風が運ぶ潮の香り、波が侵食した砂浜に残された白い泡沫。刻々と変化する一瞬を、今私たちは一緒に見つめている。
だけど、こうして隣にいて、そのこと自体に胸が高鳴るのは私だけなのだ。心操はただ美しい景色に感動し、私は心操と見る美しい景色にときめいている。いや、ときめくなんて甘いものではなく、喘ぐように胸が軋む。どうしようもなく好きだと思ってしまう。
その差を思うと瞳の奥が熱くなった。夕焼けがしみる。だけど、泣くことは出来ない。心操を好きでいることで涙を流すことを、私は私に許していないから。
いっそ思いきり泣いてしまえば、この恋を諦められるかもしれないと思ったこともあるけど、そう思ったら余計に泣けなくなった。結局、諦められないと言いながら、そもそも諦めたいとさえ思っていないのだ。
「風、少し強いな」
「少しは風があった方が花火は綺麗に見えるよ。煙が流されるから」
これから二人で見る花火を、私は思い出ではなく未練にしてしまう。そうやって、いつまで心操を好きでいることを続けるのだろう。
心操を好きなまま、付き合った彼氏は今まで二人。どちらも大学で出会って一年で別れた。心操を好きなまま、誰かを好きになれることに安心したかった。
こうして心操と会い続ける限り、たぶん、これからもずっとこうなんだろうと思ってしまう。声は届くのに手は届かない。それでも諦めきれない恋を抱えて、手頃な好意で妥協する。
「心操さ、そろそろ新しい彼女とか作れば?」
「え?」
「独り身同士で花火見るのもいいけどさ、来年はお互い好きな人と見たいよね」
わざと明るく軽快に笑う。これは自分の心を傷つける代わりに、好きになってしまったことを隠しながら友達でいるための免罪符。
心操からの返事がないことを不思議に思ってその顔を見上げれば、いつになく真剣なまなざしがあった。まだ光を含みながらも確実に暗くなり始めた空。そのせいで瞳の色までがいつもより色濃く感じられる。
「俺はいつになったら、それから解放してもらえんの?」
それなりに長く付き合ってきたのに、初めて聞く心操の追い詰められたような声色。会場の方から聞こえる人の声がざわめきを増していて、そろそろ戻らなければいけない時間が来ていた。
「あの子を好きだったのは本当だし、別れたからって付き合ったことを後悔してるわけじゃない。本気で好きで、ちゃんと付き合って、その上で別々になることを決めただけ」
知ってる。二人が幸せそうにしているところを、私は誰よりも近くで見てきた。そして、私が選ばれなかったということを痛感してきた。それなのに、なんで今さら。
「だけど、その過去があったらもう、俺はこれから先ずっとみょうじを好きになる資格さえ失うの?」
何を言ったらいいか分からず俯く。砂に埋もれた貝殻の破片。乳白色の欠片をじっと見つめる。
分からない、本当に。ずっと、心操に好きだと言われることを夢見てきた。だけどそれは、あの教室の前後の席のまま心操に選ばれる夢だった。
現実で心操が選んだのはあの子で、私はずっと叶わなかった恋の延長線上で、諦めきれない未練の中を生きてきた。今の心操に好きだと言われる可能性なんて、考えたことさえなかったんだから。
「何、言ってんの? その冗談は流石にタチ悪いって」
「これを冗談にしようとするほうが最悪だろ」
なんとか唇を離れた言葉は心操によってぴしゃりと跳ね除けられる。今から何を言ったところで、もうついさっきまでの互いのすべてを知り尽くしたような気心知れた友人には戻れないと思い知らせるように。
「俺はさ、好きだよ。みょうじが」
「それ言うために、今日誘ったの」
「……そういうわけじゃない。今日はただ、本当にみょうじと行ったら楽しいだろうと思っただけ」
震える私の声に心操が目を逸らした。躊躇うような間を置いて、深く息を吸った音が耳に届く。
「ただ、そうやって突き放すような、好きでいることさえ否定するようなことを言うから、言い返したくなった」
「ほんとに、私のこと好きなの?」
まだわずかに朱に染る水平線以外は夜に呑まれた海岸沿い。もうじきに打ち上がる花火に対する人々の期待の気配。だけどもう、そんなものに構ってはいられなかった。互いの輪郭を濃くするような薄闇の中で、心操がゆっくりと頷く。
「だって、そんなの……」
「都合がいいって言いたいんだろ」
自嘲するように笑った心操の表情が痛いくらいに胸に刺さる。それだけで、心操がもう何度もその答えを導いては飲み込めずに来たことを察してしまう。これは嘘でも冗談でもない、心操の本当の気持ち。
「……いつから?」
「はっきりとは言えないけど、自覚したのは去年。俺のこと悪くいう記事にみょうじが泣きながら怒ってたとき」
ああ、と口にしたつもりの言葉が声になっていたかは自信がない。だけど、そのときのことならよく覚えていた。
品のない週刊誌に載った、批評家気取りの記者が書いた心操を批判する記事。ヒーローたるべき個性ではない、だからメディア戦略もできず人気も出ない、そのくせ不遜にもアングラなどと語られて調子に乗っている、などとつらつらと書き連ねながら、要は自分の取材を断られたことに対する逆恨みでしかなかった。
ネットでも記事に対するたいした反応はなく、元C組のみんなも「気にすんなよー」くらいの軽いメッセージを心操に送っていた程度で深く心配はしていなかった。だけど、私はそれでも悔しかった。
──心操のこと何も分かってないくせに。心操がどれだけ努力して、ヒーロー目指して、今だって自分の力を一番発揮しやすいやり方やってんのに。
──こんなの、私が全部書いてやりたい。てか、世界中の人間みんなに語って歩きたい。
──いい? 今だって、心操は、私たちの、私の星なんだよ。
仕事終わりの心操を呼び出して、ビール片手に泣きながら熱弁をふるった。そうだ、あれも確か、今日の約束をしたときと同じ駅前の居酒屋だった。
「え……あのとき?」
「正直、俺もそこまで気にしてないのに泣きじゃくって、最終的に泥酔しておぶって帰らされてさ」
口の端を釣り上げて、思い出したように肩を揺らして笑う心操。おぶって帰ってもらったことまでは記憶にないけど、気がついたら朝で、なぜか家にいたあの日ことは忘れられるはずもない。私なんかよりずっと疲れているはずの心操にそんな迷惑をかけて、翌日ひたすらに平謝りをした思い出。
「みょうじ背負って夜の街歩きながらさ、びっくりするくらい素直に、ああ、好きだなって思ってた」
心操の瞳がすうと細くなって、目尻に少しシワがよる。それがあんまりにも柔らかな表情だったから、一瞬呆気にとられて、それからつい笑ってしまった。
「ツボ、おかしくない?」
「仕方ないだろ。泣くだけ泣いて、酔っ払って人の背中で爆睡してるのが、なんか安心したんだから」
「安心?」
「俺がどれだけ酷いこと言われても俺より怒ってくれて、だけど、そのぶん俺よりずっと傷つくから、守ってかないといけないなって」
不貞腐れたように顔を背けながら少し早口に話すのは、たぶん照れ隠しだ。自分がそんなことを思われていたなんて想像もしていなくて、心がむずむずと疼く。
そのとき、夜空にパンと火花が弾けた。「あっ」と二人の声が揃うと同時に、少し離れた人混みから歓声が上がる。
「始まっちゃったね。結局何も買ってない」
「向こう、戻ろうか?」
「いや、いいよ。ここで見よ」
気遣ってくれた心操に首を振って、海の方へと身体を向けて空を仰ぐ。隣で心操もそれに倣ったのが横目に見える。立て続けに打ち上がった小ぶりの色とりどりの花々が夜空に咲いては消えていく。
張りつめていた心操との間の空気が解けて、ゆらゆらと弛んでいる。だけど、やっぱり聞いてしまった心操の気持ちがなかったことにはならないから、私はちゃんと向き合わないといけない。花火とわずかにズレる打ち上げ音、その合間。
「……そんなに前からなことにもびっくりした」
「俺だって、怖かったんだよ」
怖い、という心操らしくない言葉に心操の方へ顔を向けると、ちょうど打ち上がった大輪が明るくその顔を照らした。その横顔に思わず胸が高鳴る。
「あの子とは、俺がヒーローってことで上手くいかなかっただろ。でも、あの子は友達だった期間ってあんまりないから、別れてから寂しいってのは勿論あったけど、生活自体はそこまで変わらなかったんだ」
あの子。かつて私が一番欲しかったものを手に入れて、そして今もそれを幸せな思い出として抱えることの出来るあの子。
「でも、みょうじは違うだろ。今の関係のまま変わらないでいるって選択肢があると思ったら、それに逃げたくなった。みょうじと同じように上手くいかなかったあと、仕方なかったで済ませる自信がないから」
心操が私を見つめる。その瞳の奥に虹色の花が咲く。うるさいくらいの花火の音に負けないほどに心臓が高鳴って、まるで私たちだけが世界から分断されたみたいに、ぽつんと取り残されてしまっているような気がする。
「でも、やっぱり言えてよかったと思う。今はとにかくみょうじが好きだ」
心操の着ている半袖から覗く腕。一年生の教室で見ていた頃よりずっと逞しくなった身体。そういうとこに心操はヒーローで、あの頃とはもう違うのだということを思い知らされる。
「私も分からないよ」
心操がかつて私を選ばなかったことを許せるのか。他の誰かを本気で好きだった姿を見てきたことを忘れないまま愛していけるのか。いつかそれらが茨のような棘となって、私たちの歩く道の先に立ちはだかるのかもしれない。
それでも、私は今日までずっと心操を諦められずにきたんだ。あの子に嫉妬してしまいそうなくらいの羨ましさに耐えて、幸せそうなふたりの少し後ろで惨めさを押し殺してきた。それを今くらい自信と呼んであげてもいいんじゃないか。
「だけどさ、私の方がずっと、どうしようもないくらい心操を好きなんだよ。だから、たぶん、これからもずっと好きでいるくらい楽観的になっても、許されるんじゃないかって、気もしてる」
心操が驚いたように目を丸くして、それから相好を崩す。どちらからともなく手の甲が触れ合って、するりと指が絡んだ。タイミングよく打ち上がった花火はもうクライマックスで、今日でいちばんの大輪の花だった。
サンセットサマー
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