あの事件の後、病院や警察、それから職場への必要な手続きを終えて家に帰るなり、まず爆豪くんへお礼の電話をかけた。そこであの程度のヴィランの人質になるなんて鈍臭いと、一般人相手とは思えない理不尽なお叱りを受けたのが五日前。
おそらく中学のトークグループ経由でトークアプリに爆豪くんの連絡先が追加されたのが三日前。
そして、そのトークアプリに突如、時間と駅名だけのメッセージが送られてきたのが昨日。誤送信かと思って返信したら『俺がそんなことするわけねぇだろ。遅れずに来い』とまさかの本当に私宛のメッセージであった上に、私の都合を完全に無視した召集命令に心底びっくりした。

それでも無視するわけにはいかず、特に予定もなかったので時間通りに集合場所へと足を向ければ、キャップとマスクで簡単な変装をしているらしい爆豪くんがいた。近づいてみれば、私が声をかけるより先に「行くぞ」と歩き出されてしまって、挨拶もそこそこに彼のあとを追った。そして辿り着いたのは、大通りから少し逸れた場所にある居酒屋で、案内された個室に入ると爆豪くんがいくつかの料理を注文し、今に至る。
こんなお店に連れてこられるくらいだから、何か大事な話でもあるのかと身構えながら爆豪くんに聞いたら「ンなもん特にねぇわ」と言われてしまった。

「ご飯に誘うなら誘うで、もっと誘い方ってやつがあったと思うよ。急に何かと思うじゃん」
「いいだろ、美味いもん食わせてやってんだ」
「まあ、確かにどれも美味しいですけど」

だし巻き玉子を一つ口に入れ、その美味しさに思わず唸る。そんな私を一瞥した爆豪くんの表情が少し得意げだったから、たぶんお気に入りの店なんだろう。

「で、怪我は?」
「数針縫って抜糸はまだだけど、もう痛くはないよ。仕事は、職場めちゃくちゃで通常業務は出来ないし、今週は休んでいいって言ってもらったから週明けから普通に出勤する」

ふうん、と自分から聞いたわりに気のない返事をした爆豪くんがビールのジョッキを傾ける。中学生の頃を知っている相手が目の前でお酒を飲んでいるって、少しだけ変な感じがする。そう、ふと思ったら今日があの同窓会の日であったことを思い出した。

「そういえば今日、同窓会やってるんじゃない?」
「ンだそれ」
「中学のだよ。出欠取ってたじゃん」

既読の数はグループ内の全員の人数分ついていたので爆豪くんも一応は目にしているはずである。ハナから参加する気はなかったので場所までしっかりと思い出せないけど、今頃どこかでワイワイと騒いでいるのだろう。

「誰かに会いたいなら、同窓会行けばいいのに。爆豪くんが行ったらみんな大喜びだよ」
「ア? 別に会いたくねぇわ。あんなモブ共」

チッと舌打ちをした爆豪くんが大皿の焼き鳥に手を伸ばした。なんとなく私もつられて一本手に取る。
モブ呼ばわりされる中学の同級生たち。私も間違いなくそのモブの一人であるつもりだったのに、一体なんの間違いかテーブルを挟んで食事を共にしている。串に刺さった鶏もも肉が爆豪くんの口の中へと取り込まれていくのを見ていたら、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような思いがした。

「それなら退会しちゃいなよ。爆豪くんいなかったら、絶対あんなに同窓会の話でないよ」

あのクラスのことは嫌いだったけど、それは別にクラスメイトのことが嫌いだったわけではない。ただ、ヒーローになりたいと思う人が少しだけ苦手で、私にとってのその最たるが爆豪くんだったから、そんな彼をやたらと持て囃す雰囲気が嫌いだっただけ。

焼き鳥を咀嚼しきってレモンサワーで流し込むと、爆豪くんはどことなく複雑そうな顔をしながらこちらを見ていた。同窓会の話、あるいは中学時代の話になってから爆豪くんの口数が少しだけ減ったような気がする。

「もしかして退会のやり方が分からない感じ? 教えようか?」
「うるせぇ、分かるわ!」

からかうように冗談めかして言ってみせれば、爆豪くんに怒鳴られる。中学時代の私たちだったら信じられないやりとりが、完全個室とはいえ騒がしい店内に吸収されていく。ごめんごめん、と肩を竦めて笑えば、爆豪くんのまなざしが少しだけ真剣みを帯びたような気がして、自然と居住まいを正してしまう。

「おまえ、本当にヒーロー目指さなかったんだな」

本当に、というのが何を指しているのかはスグに分かってしまう。忘れもしない、爆豪くんの瞳が確かに私を見つめた騒がしい教室の、あの一瞬。

「別に、なりたいと思ったこともなかったから。それに戦えるような個性じゃないし。爆豪くんが覚えてるか、分からないけど」

結露した水滴がグラスを伝って紙製のコースターに滲む。その光景をぼんやりと見つめていたら、爆豪くんは「俺の記憶力舐めんな」と呟いた。この怒られ方は二度目だな、と思ったら面白くなってしまって爆豪くんにバレないように笑いを噛み殺す。

私の個性は簡単に言えば、他人の脈拍が見える、というものだ。病院にあるピコピコと一定のリズムで波打つモニターのイメージ。爆豪くんみたいに爆発出来たり、身体の能力を向上させるわけでもないから、およそ戦闘向きではない。

「ある程度の厚さなら透視できんだろ。直接戦わなくても索敵なり人命救助なり、やり用はあんだろ」
「それ、進路相談のときに担任にも言われた」

本当によく覚えているな、と感心してしまう。
たとえば、この部屋の隣の個室。これくらいなら意識を集中すれば、部屋の中にいる全員の脈拍を見ることが出来ると思う。
そんな話を確かに中学時代、友達の誰かに話したことがある気もする。

中学生なんて自分以外の誰かの個性に興味津々な年頃で、クラスどころか学年中がお互いの個性について何だかんだ把握していた。だけど、こうして時間が経ってしまえば目立っていた一部の人の個性しか思い出せず、大半は曖昧な記憶となってしまっている。私の個性なんて、まさにその忘れられやすい代表格であるはずなのに。

だから進路面談で、普通科を希望していた私に対して担任も驚いた様子ではなかったのだ。戦うだけがヒーローじゃない、他にも大切な仕事がたくさんあるんだと、人命救助や後方での支援の話を滔々と語っていたのを思い出す。
あのとき、私はヒーローを目指したくても目指せず諦めた可哀想な生徒として見られていたのだろう。そもそもヒーローになんてなりたくないのだとは伝わらず見当違いな励ましを受け、私も私で「でも、大丈夫です」なんてよく分からない返答をしていた気がする。

「あの日さ、やっぱり私のこと、見てた?」
「……あぁ」

進路希望、騒がしい教室。対角線上の私と爆豪くんの席。このまま、あの中学時代に戻ってしまうような錯覚。だけど、あの頃の爆豪くんは決して私の方なんて向かず、私が見つめていたのはいつだって彼の後ろ姿だった。
だからこそ、あの一回だけの視線の交わりが忘れられなかった。それなのに今、爆豪くんはこんなにもまっすぐ私を見つめてくる。

「おまえがどうするのか知りたかったから」
「なんで?」
「ヒーロー目指すならこの先も会う機会はあるってことだし、目指さねぇならわざわざ危険な目にあう必要もねぇから、それはそれでいいかってそんなことを考えてた気がする」

まるでどこかの他人の感情を語るみたいに話す爆豪くん。隣の部屋から一段と大きな笑い声が響いて、それとは対象的な私たちの空気を露わにしていく。
一瞬飲み込んだ空気が喉に詰まって、言葉が出ない。だから、もう一度静かに吐き出してから改めて呼吸を整える。

「さすがに、そんなこと言われたらさ分かるっていうか……爆豪くんのことだからワザとでしょ?」

薄々と気づいてはいた。爆豪くんはたぶん、偶然助けただけの同級生と再会を懐かしんで食事に誘うような人ではない。だけど、それはあくまで私の勝手なイメージで、実際はなりゆきで「せっかく会えたしメシくらい行くか」と思うのかもしれない。だから一度食事に誘われたくらいで好意を持たれているなんて考えるのはおこがましいと言い聞かせることが出来た。

だけど、今のセリフは流石に聞き流すことはできない。これでも鈍感を装うなら、そっちの方がわざとらしい。
すう、と呼吸を整えて爆豪くんに向き直る。とくとくと脈打つ心臓が身体中に張り詰めた血液を送り込む音が、うるさいくらいに内側から響いている。

「だから先に言うけど、私、ヒーローと付き合う気はないから」

脈拍の見えるという個性のせいで、昔から少しだけ人の生死に敏感だった。だから、ヒーローっていう誰かのために危険の渦中へと飛び込んでいく人たちが尊敬以上に怖かった。
街の中で戦う彼らを目にすると、いつも胸の奥がざわついた。どうか私の前で傷つかないで欲しいと身勝手に願ってしまう。その数字がゼロになる瞬間を見せないで欲しい。私はただ、必要以上に波立たされることなく生きていきたいだけなの、と。

はっきりと口にした私の言葉に爆豪くんからの反応はなくて、もう拭いきれない気まずさから逃げるように視線が俯く。
そのときふと、鞄に入れたままだったスマホに断続的に通知が送られてきていることに気づく。あまりに届く通知が気になって目を通すと、それは中学のグループトークからだった。そして、そこに表示された同級生たちからの嘆きのメッセージ。

「え、退会したの?」
「おー」

ポンポンと増えていく「うそ」とか「やだー」の言葉たち。その一番上にあるのは爆豪くんがこのグループからの退会したことを知らせるメッセージだった。
驚いてい顔を上げても当の本人は何食わぬ顔をしていて、私もまた彼らと同じ疑問が募るばかりだ。私がさっき退会したらと言ったのを、そんなに真に受けていたんだろうか。戸惑うまま何とか口を開く。

「待って、何で今?」
「もともと、その同窓会とやらにおまえが出るか知るために残ってやってたようなもんなんだ。こうして直接会えんなら、もう必要ねぇだろ」
「……あ、会える、って」

信じられない言葉の連続に声が震える。そんなのまるで、私と再会するきっかけを探していたと言われているように感じてしまう。だって、一体いつから。偶然出会った都合の良さそうな女と思われてここにいると思っていたのに、向けられていたのはもっと純粋な好意だったと自惚れてしまいそうになる。
頭の中がグチャグチャで、傍から見ても当惑していることが伝わるであろう私を見て、爆豪くんが口の端を吊り上げるようにして笑う。

「おまえが何を決意してるかなんか知るか。勝手にフッた気になってんじゃねぇぞ。こっちはやっと始まったんだ。いいか、俺からの連絡は無視すんな。メシも行くって言ったら来い。来なきゃ職場乗り込む」
「だから、なんですぐ職場を盾に取るの……」

勝気な爆豪くんの笑み。その表情を私はずっと知っていた。彼を中心に据えた教室の片隅から、誰もいない渡り廊下の窓辺から、いつもその姿を見ていた。
だけど、ただ自信に満ちていたあの頃とは違う。そこにあるどこか優しさを含んだまなざしを見つめていたら、胸の奥がわずかに痛んだ。ヴィランに傷つけられた時とは違う、焼け付いて焦がれるような痛み。卒業と共にあの教室に置いてきたはずの脈動の再来。

私の諦めを悟ったのか、爆豪くんはもう一度だけ軽く鼻で笑って隣に置いてあったメニューを開いた。何か追加で注文する気なんだろう。だから、このおかしいな時間はまだ続くのだ。そして、これは確かに私と初恋との不本意な始まりだった。




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