私の話を黙って聞いてくれていたプリン様が、言葉に困ったように私を見つめる。何も言わなくていいと笑顔で首を振る。

「……出会ったばかりの私がクラッカー様に本当のことを話すのを嫌がったから、彼はなるべくこの話をしなくて済むようにしてくれてるの」

私の国の銘菓をお土産として選ばなかったのも、そうした心遣いの結果だと分かっている。口にはしない不器用な優しさが、私の気づけないところに他にも沢山あるのだろう。

「お城に閉じこもったまま、私は世界の多くを物語で知ってきたから、本物の世界も同じように綺麗に見えるように守ってくれている」

休日にクラッカー様と散歩に出かけるのは、色とりどりの花の咲き乱れる海の見える丘や、鳥や木々の歌う不思議な森だ。まるでおとぎ話のような景色の中で、彼の妻としての愛情を一身に受けていることは疑いようもない。

「ね、私はとっても幸せものでしょう?」

すべての結婚がそうだとは言えやしない。この世界には聞くにも耐えない悪意が存在していることは知っている。だからこれはあくまで私に語れる一部に過ぎない。
プリン様も幸せになれると断言してあげることは出来ないけど、少しでもその不安が和らいでくれたらいいと願って。

「……姉さんが話してくれたんだもの、私の秘密も教えるわ」

何か決意したように顔を上げたプリン様がおもむろに額へと手を当てた。その腕はわずかに震えている。
そうして、前髪をかき分けられた額には、大きな瞳がただじっと、試すように私を見つめている。

「……何か言ってよ。それとも気味が悪くて何も言えない?」

思わずじっとその三つ目の瞳から目を離せずにいると、痺れを切らしたようにプリン様が声を上げた。その声はわずかに震え、傷つかまいと強がる自嘲めいた響きをしている。。

「あ、ごめんなさい。ちょうど今読んでた本に三ツ目の少女がでてきたものだから、ちょっと感動しちゃって」
「……どんだけ本が好きなのよ」

私の返答に一瞬、呆気に取られたように全ての瞳を大きく見開いたプリン様が、すぐに脱力したように肩をすくめる。
机の上に置かれたままの物語。そこに登場する少女の瞳は未来を見透し、それが故に絶望の淵へと彼女を追い詰めた。

そんな少女の姿と目の前のプリン様がの姿が重なり、気がつけば無意識にその頬へと手を伸ばしてしまっていた。

「きっとその瞳には、この世界の多くのものが見えすぎてしまうんでしょうね」
「……いいえ、何も見えないのよ。何も見えるわけないのに」

吐き捨てるようにそう呟いたあと、プリン様がぽつりぽつりと語り始めたのは、幼き日々の話だった。子供の無邪気な悪意と、三つ目の化け物と彼女が自分のこと卑下する声。
決して泣いてやるものかと目尻の涙を堪え、強くならなければならなかった彼女の辿った道筋を想像し、息をするのも躊躇うほどに胸が痛んだ。

「ちょっと、なんでナマエ姉さんが泣くのよ」
「だって、そんなつらい思いをしてたなんて……」

頬を伝えて零れた涙はドレスに跡を残していく。

「……ナマエ姉さんだってつらかったじゃない」
「私は虐げられはしなかったもの。それに、あの頃の私はあれが傷だとも知らなかった」

孤独は生まれ持ってのものだった。国史に私の名前がなかろうと、お父様以外の瞳に私が映らなかろうと、それが当然のことだと思っていた。
私は厄災なのだから、そうして過ごさなければならないと思っていた。それでも、私はお父様も、お姉様も、国民もあの国も大好きだった。

だから決して不幸ではなかったし、私を生かしてくれていることに感謝すらしている。だけど今、同じようにクラッカー様が私を避けたら、それこそこの世の終わりと嘆き苦しみ運命を呪ってしまうだろう。

目の前の彼女が受けてきたのは、そんな痛みだ。

「だけど、あなたは傷ついてきたんでしょう?」
「……ナマエ姉さんは、クラッカー兄さんには勿体ないわ」

顔を隠すように俯き、手の甲で涙を拭う仕草に気づかないように目を逸らして、そっとその髪を撫でる。

「そんなことないわ。だって、こんな私を愛してくれるんだから」

厄災と呼ばれた私を、義務であろうと責任であろうと愛してくれる。私にとってだけのハッピーエンドで終わるはずだった物語に、クラッカー様は疑いようもない幸福の魔法をかけてくれた。
恵まれているのは私の方なのだ。何か報いたいと思っているけれど、私にはもう差し出すものが何もないから、どうかこの物語が少しでも長く続けばいいと祈ることしか出来ない。





きみとの世界が消えることのほうがこわい



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