部屋にどしりと置かれた大きなソファ。そこに腰をかけたクラッカー様が、目線で私も座るように促す。向かいのソファにゆっくりと座ると、ふわりとしたクッションに少しだけ身体が沈む。

「さあ、今度はお前のことを話せ」

その言葉にドキリと心臓が大きく脈を打つ。

「……どこまで、知ってるの?」
「クッキーと占いが有名な国の末娘で、ワケありどたけ。そこが面白いとママは気に入ったそうだが」

面白い、その言葉を頭の中で何度か反芻する。傷ついているわけではない。そのおかげでこうして国の役に立てたのなら充分だし、可哀想だと同情されるよりはずっといい。それでも、出来ることならクラッカー様には知られたくないと思ってしまう。

「それなら知らないままでいた方がいいわ」
「知らぬまま夫婦になれと」

夫婦だから知られたくないのだ、と口にしようとしたけれど、これでは堂々巡りだなと思い返して口を閉じる。何か他の言い返す言葉を探そうとするけれど、何も出てこないので、結局ここでも私の負けだ。
重い口を開いて、ぼそりぼそりと言葉を紡ぎ出す。

クラッカー様の言った通り、クッキーと占いが有名な私の国では、新しく生まれるその子供に対して、産まれる前にその子の人生を占われる。王室の三人目の娘の私に対しても例外ではなく、国一番の占い師によって、私への占術は行われた。
そしてその結果が私を厄災であると示したのだ。堕胎を進める占い師をお母様は拒絶した。何があってもこの子を産む、そして守っていくと。

「だけど、私を産んでお母様は息を引き取った」

王女の死。それによって占いの信憑性は増し、国民はやはり私を生かすことに不安を覚えた。だけどお父様は、命をかけてまでお母様が守ろうとした私を簡単には手にかけられなかった。占い師に助言を求めた結果、私は城に幽閉され、なかった者として扱われることになった。

「……以上よ」
「なるほどな」

私の話に黙って耳を傾けていたクラッカー様。その瞳に浮かぶ感情が何であるのか読み取れない。背中に嫌な汗が伝うのが分かる。こんな生い立ち、知らなかった方がいいに決まっている。こんな嫁が欲しいわけないに決まっている。拒絶されて当然だと思いながら、それでも、彼にそう思われることが怖かった。

「こんな不吉な妻でごめんなさい」
「謝る必要は無い」

ソファから立ち上がったクラッカー様が私に近づいたかと思うと、その大きな手で優しく頭を撫でる。掌の感触、そこからじんわりと伝わる体温。心臓がトクトクと鼓動を早める。どうしてこんなことをされているのか分からないと、戸惑うように彼を見上げれば、そこにはやはり意地悪そうで、だけどどこか安心するような笑み。

「おれは占いなんて信じないタチなもんでな」

その言葉に泣きたいような気持ちになる。それが喜びなのか悲しみなのかは分からない。だって、彼が一笑したその占いが私にとっても、あの国にとってもすべてなのだ。そのために私は孤独のみを知って育てられて、それでも仕方ないと自分に言い聞かせてきたのに。

だけど、こうして私の頭を撫でてくれているのは、彼なりに、私を忌み物ではないと心から思っていることを示そうとしてくれているのだと伝わってきてしまう。だからやっぱり、私のこの泣きたいような気持ちは喜びに近いのだろう。

「たったひとりで、どうやって過ごしていたんだ」
「物心つくまでは最低限の世話はメイドが、それ以降は基本ひとりで日がな本を読んで過ごしてたの」
「本が好きなのか?」
「私の話し相手は本とお父様だけだったから」

そう言って微笑めば、私を撫でていた手を止め、何か考え込むような仕草をするクラッカー様。

「……家の書斎ももう少し充実させておくか」

ぼそりと呟かれた言葉が私に向けられたものではなくて、ただの確認作業のようなひとりごと。だけど、はっきりと耳に届いたその言葉に、おもわず目を瞠る。

「どうして、そんなに私に良くしてくれるの?」
「妻だからだろう」

なんでそんなことを聞くんだ、とでもいうような表情。あまりにも単純で明快な解答に思わず呆気に取られる。
妻だから不自由なく過ごさせようと努めてくれる。妻だから、優しく接しようとしてくれる。簡単で、だけれどとても難しいことだ。だからそれは、クラッカー様の堅実な責任感なのだろう。

王女として生まれながら、厄災と呼ばれた私が、初めて国のために生きることを許されて、しかもその先がこんなに幸せな場所なんて。まるで、おとぎ話のようだ。









王子様は来ないって誰が言ったの



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