シナモンロール-Cinnamon roll-

毎週日曜日、午前十時に学園前。それがラギー先輩との待ち合わせのお決まりのパターン。大体それからすぐに街に向かって、まずパン屋さんに行く。そこでお昼のパンをいくつか見繕って、近くの公園なんかで食べるのだ。

「はい、ナマエくん」
「わーい、ありがとうございます!」

広々とした芝生の広がる公園で、木陰のベンチに腰かけながら、ラギー先輩が半分にしてくれたシナモンロールを受け取る。
今日も前からチェックしていたパン屋さんで、新作のパンを三つトレーに乗せた。だけど、大好物のシナモンロールも食べたくて、でもこれ以上は食べきれないと葛藤していたら、そんな私の様子を見かねたラギー先輩が、笑いながら半分こにしようと言ってくれたのだ。

「ふふふ、こうやって気軽に半分こ出来るのもパンのいいとこですよね」

半分になったシナモンロールを眺めながら呟くと、隣のラギー先輩がなぜかおかしそうに笑い出す。

「ナマエくんって、パンの話をする時、ホントいい顔するッスよね」
「それは褒めてますか?しょうがないじゃないですか、好きなんだから」
「やっぱり家がパン屋だと、そんだけパン好きに育つんスかねぇ」

ベンチの背もたれに思い切り背中を預けながら、呑気に呟くラギー先輩。確かに、今まで考えたこともなかったけれど、確かにトレイ先輩なんかも実家がケーキ屋さんで、本人もよくケーキ作ってるし、そういうものなんだろうか。私のパンへの愛着は、その記憶に由来するもの。

ふと見上げた青い空を、薄い雲がゆっくりと風に流されていく。その光景に、ずっと昔の懐かしい記憶が呼び戻された。まだ幼くて、自分の感情も上手く制御出来ずボロボロと涙を流した日。

「あ、でも私がパンを作るようになりたいって思ったのには、ちゃんと理由があるんですよ」
「へえ、なんでなんスか」

手に持っていたパンをかじりながら、ラギー先輩が私の顔を覗き込む。これから昔話を話すと思うと少し照れくさくて、はにかんだように笑い返してから、ゆっくりと口を開いた。

「昔、友達と大喧嘩しちゃったことがあって、泣きながら家に帰ったんです。そしたらお父さんが、ちょうど焼きあがったばかりのパンをくれて……」

優しい父の手が私の頭を撫でてくれたこと。美味しいパンを食べたら、涙なんてすぐに止まるからなと笑った声。それらが両手に持った膝の上のシナモンロールと重なる。
ああ、そうか。すっかり忘れていたけど、あの日食べたパンもシナモンロールだったのか。いつも好んで食べていたこのパンは、あの日の記憶と繋がっていたのだ。

「そのパンを食べたら、すっごく美味しくて、そしたらまた涙が止まらなくなっちゃって。今なら、その時の感情が友達との喧嘩とか、お父さんに優しくしてもらったからだって分かるんですけど」

ガサガサとラギー先輩が次のパンの袋を開けている。だけど、決して私の話を聞き流しているわけではなくて、ちゃんと耳を傾けてくれていることも伝わってくる。
休日の公園では、散歩をする人、本を読む人、夫婦や家族連れがぽつりぽつりと思い思いの時間を過ごしている。そんな気を張らなくていい空気がなんとも居心地がいい。あたたかい風が吹き抜けて、周りの木々をザワザワと揺らす。

「その時は、美味しくて泣くこともあるんだって驚いて、いつか私も泣いちゃうくらい美味しいパンが作ってみたいって思ったんです」

言い終えて、ぱくりとシナモンロールを口に含む。ふわふわの生地と口に広がるシナモンの香り、それに絡まる砂糖の甘みに思わず頬が綻ぶ。

「ラギー先輩!このシナモンロール美味しいですね!」
「まったく、幸せそうな顔しちゃって。そういえば、好きって言う割には、ナマエくんのお店でこれ見たことないッスね」
「あー……ほら、うちって男子校じゃないですか。それにお昼時だから、ガツンとしたお惣菜パンとかの方がよく売れるんですよね」

最初の頃は、甘いパンもそれなりに置いていたのだけど、あまり売れ行きがよくなかったので、今ではあんパンとメロンパン、たまにチョココロネくらいしか置いていない。作りたいパンを売れないことは少し寂しいけれど、これも商売人としては仕方のないことだと分かっている。

「だから、シナモンロールもそうだし、ドーナツとかデニッシュとかは休みの日に自分のために作ってます」
「え、ドーナツも作るんスか」
「あ、はい、ドーナツだってパン屋の定番商品ですよ」

ラギー先輩が凄い勢いで食いついてくるから、一瞬びっくりしてたじろぐ。それからすぐに、ラギー先輩がドーナツを好きだったことを思い出した。

「よかったら、今度作りましょうか?」

私の作ったドーナツで、ラギー先輩が美味しいと笑ってくれたら幸せだ。そう思って口にすると、ラギー先輩が「いいんスか!」と嬉しそうに笑うから、もうこの時点で幸せな気持ちにしてもらってしまった。




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