等間隔に吊るされた提灯が、うっかり夜の闇が黒色であることを忘れそうになるくらい赤く煌々と世界を照らし出している。広い境内には屋台がずらりと並んでいて、りんご飴、焼きそば、フランクフルト、金魚すくいといった文字があちらにもこちらにも見ることが出来た。

祭りを楽しむ人々が、浴衣を着たり、家族と手を繋ぎ合ったりしながら楽しげに行き交っていて、すれ違う度に甘ったるい匂いや香ばしい香りを残していく。祭囃子の音が遠くから聞こえたかと思えば、今度はいやに近く感じて遠近感覚を失う。

「……ここは、一体?」

その声にはっと振り返ると、怪訝そうに辺りを見回すジャミル先輩がいた。はて、さっきまで私一人だった気がするのにとか、そもそもどうして私たちがここにいるのだろう、という疑問が頭をよぎっては掴めないまま消えていく。

「お祭りですよ。ほら、もうすぐ夏が来るから」

ぐるりと鬱蒼と茂る杉に囲まれた境内の入口には大きな鳥居が建っていて、途切れることなく人が入ってくる。だけど不思議とここから出ていく人は一人も見つけられない。まだお祭りは始まったばかりなのだろうか。

そこに一組のカップルが私たちの方へと歩いてきた。邪魔になってしまうから避けようとすると、それよりも早く、そして自然にカップルが二手に分かれてしまった。私たちを挟みながら、彼らは変わらず楽しげな会話を続けている。
まるで私たちのことなど見えていないかのような二人の顔には狐のお面が被せられていて表情は分からない。よく見ると私たち以外の誰も彼もが同じ狐のお面をつけている。ああ、それもそうだ。今日はお祭りなのだから、狐のお面をつけなければならない。随分と無作法なことをしてしまった。

近くにお面の屋台はないかと探して辺りを見回す。
そのとき、随分と大きな水の音が鼓膜を撫でるように響いた。そしてすぐにそれが金魚の跳ねる音であったことに気がつく。

「活きのいい金魚がいますね」
「金魚はあんなに跳ねるのか?」

金魚すくいの屋台を指さしながら言えば、信じられないといった様子でジャミル先輩が目を見開く。祭囃子が相変わらず大きくなったり小さくなったりしながら鳴っている。

「やだなぁ、どこまでも跳ねるし、飛ぶじゃないですか」
「飛ぶ?」
「ほら」

一匹の金魚がちょうど飛び出した。その真っ赤な身体にぬらぬらとした炎が纏わせて、ふわりふわりと空へ向かって飛んでいく。私もジャミル先輩もその姿を追うように空を見上げると、境内の杉の木のてっぺん近くで、ぱぁん、と風船が割れるように弾け散った。

「あー、残念。龍にはなれなかった」
「……この世界はどうなってるんだ」
「だから、お祭りですって。ジャミル先輩は初めてですか?」
「……君は、来たことがあるのか?」

ある、と言おうとして記憶が絡まる。私の生まれ育った世界、両親、都会のビル街、走馬灯のような記憶の中にちらりちらりと異様な祭りの提灯の赤色が混ざる。警鐘のように心臓が高鳴って、向こうの世界でジャミル先輩と過した記憶まで侵食されていく。言わないといけない言葉が水に沈んでは翳って見えなくなる。
いつの間にか私の右手には狐のお面が握られていた。








幻灯窕譚


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